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花ざかりの校庭 『雨上がりの夜空に』2

ふいに高志は防御の姿勢をとる。

「蹴らないってば」

麻里は笑顔になる。

「うん、好き」

麻里は突然、激昂した。

「ふざけんなっ、この女ったらしっ!」

いきなり高志の股間を蹴りあげた。

雨上がりの夜空に、高志は悲鳴をあげていた。

通りすがりの背広服が麻里に声をかけた。

「お嬢ちゃん、そいつ痴漢か?」

麻里は首をふり、微笑んだ。

「いいえ、彼氏です」

「マジかよ?」

「はい」

「彼氏を蹴っちゃダメだろう?」

「浮気したんです」

「ほんとか?きみ」

「違いますよ、俺たちまだ、何もしてないです!」

高志が真っ青な顔で言った。

麻里はふくれた。

「キスしたじゃん!」

「唇が触れただけ」

「好きって言ったじゃん!」

「空耳だろ」

「ふざけんなっ!」

麻里はまた蹴ろうとする。

「あんまり蹴ったら死んじゃうよ」

男は喧嘩はやめるように、と言ってその場を去った。

麻里は赤くなって頷いていた。

二人は公園のベンチに腰かける。

「浅子さん綺麗だもんね」

彼女はポツリという。

「別に」

「じゃ、綺麗じゃないの?」

麻里は彼女の姿を思い出していた。

「うん、綺麗じゃない」

「ばればれの嘘。私が見ても憧れちゃうし」

「泊まっていけよ」

高志は言った。

常夜灯の光りがせつないくらい夜に滲んでいた。

麻里は高志の肩に頬を寄せる。

彼の腕が彼女の肩を包み込む。

「今夜、そのために来たんだろ」

暗闇のなか、微かに麻里は頷いていた。

麻里は目を閉じて高志の温もりを感じていた。




       ★


同時に二人愛せるなんて理解できない。

麻里は古びたキッチンに立って考える。

麻里は高志の夜食をつくっていた。

「俺、やるから」

彼は言う。

「いい、私がやるっ!」

少し邪険に言う。

「いや、俺がやる」

「しつこいっ!」

高志は一旦、麻里から逃げ出した。

「そんなに恐がらなくてもいいのに……」

「あれ、痛かったんだぞ」

「わかってるわよ」

「女にわかるわけねーだろ」

「何よ、その下品な言葉遣いは。せっかくパスタ作ってやってんのに……」

「パスタって、それ使うかな?」

生麺が鍋のなかでゆれていた。

「あっ、そうだった……かしら?」

麻里はとぼける。

「きみはパスタ、食ったことがあるのか?」

「うん、しょっちゅう……」

ふいに、義理の母のことを思い出した。

彼女は一瞬、黙り込んだ。

何かしら懐かしい思いがよみがえる。

「……ほんとよね」

麻里は箸を高志に渡した。

「ごめん、作って」

高志は鍋を覗きこんで、

「ああ、これからだとラーメンくらいしかできないけど」

「袋麺?」

「いや、これにガラスープと醤油……」

彼は麻里に冷蔵庫からいくつか出して欲しいものを説明した。

「へえ、さすがだね」

「独り暮らし長いし」

「しおんと同じ」

「倉木か?」

「うん」

「仲いいの?」

「まあね」

麻里は笑う。

「まさか、彼女は今日のこと知ってる?」

「……ううん、誰にも言ってない」

「だよな、言ってたらヤバイよな」

高志はおかしそうに笑った。


「……もし倉木が知ってたらどうする?」

「えっ?」

二人はテーブルで向かい合ってラーメンを食っていた。

「泣きながら一人できみが自室に帰る……」

「どういうこと?」

「俺がきみを誘わなかったらの話だな。それこそ惨めだぞ……」

麻里は少し泣きそうになる。

「言い過ぎた、悪かった……」

「好きな女の子いじめるのって、あなた小学生みたい」

「悪い、それよりラーメン、うまい?」

「うん」

二人はテーブルのその後、テレビをみた。

といっても、内容はさっぱりわからない。

高志の手が彼女の腰に触れた。

麻里は彼にくっついていく。

お互いの距離が密着したところで、麻里はアタマのなかが妄想で溢れそうになった。

高志が音楽の話をしていた。

途中、麻里は何度もお手洗いに行き髪をととのえる。

高志も察しているみたいだった。

そして夜は深くなっていく。


高志がシャワーから出てくる。

麻里は彼の家の居間でコーヒーを飲みながら、視覚でとらえていた。

「蹴らなきゃよかった」

「いいさ、痛かったが」

だが、彼女は行為が恐かった。

もし、その最中に彼が冷めるとどうしよう?

それこそ死刑宣告に等しい。

彼女は彼の袖をふいに掴む。

彼は察しているのだ。

「仲直りのキスな」

麻里は素直に頷く。

彼の顔が迫ってくる。

キスの音がする。

さっきまで飲んでいたコーヒーの味がした。

麻里の二度めのキスは、少し苦い。


裏口入学みたいだ。

すべては浅子のお膳立てでできたこと。

浅子は……奪えと、麻里を叱責した。

麻里はしばらく高志の腕の中で目を閉じる。

いろんなことでアタマは一杯だった。

ただ、後悔はなかった。

ふいにテーブルの下にレシートを見つけた。

浅子が渡したそれだ。


「あんなことするなよ」

「はい」

「それからヤケも起こさないように」

「わかってます」

「それから、最後にもう1つ」

「……?」

「愛してるぜ……」

彼は言い聞かせるように繰り返す。

麻里は頷く。

願わくば……、

この世界からあなたが私をおいて消えませんように。

誓いでもなく、願いでもなく。

あなたを愛することで、私は生きて行ける

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