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気球に乗って

 カリフォルニアで一番人気の観光スポットは、ディズニーランドです、とこれは簡単に予想できるでしょうが、それでは二番目は?
 二番目がナパ バレーです。おおよそ南北に60kmほどの細長いワインの産地には現在は400軒を超えるワイナリーがあり、年間200万人の観光客が訪問しています。そこではワインの試飲ができたり、ワインの製造工程の説明を受けながらぶどうの畑を歩き回ったりとそれなりに興味深いものですが、観光地としてのアトラクションの一つが熱気球ツアーです。
 さてナパ バレーの西側に広がっているのがソノマ カウンティ、ナパ バレーに続くワインの産地です。ここも観光地としてナパ バレーと同じようなパターンで客を集めるように努力を重ねてきています。昨日はその、ソノマ カウンティに行ってきました。熱気球ツアーに乗ってきたのですが、そのレポートを簡単に。

 英語では Hot Air Balloonという熱気球、YouTubeで探してみるといろいろと出てきます。そしてその中でも少なくないのが事故のことです。熱気球の原理が発見され原型が製作されたのが 1782年のフランスでした。以降改良が重ねられてきたものの、事故は現在でも起こっています。一方ではそういう危険を孕んだまま、熱気球ツアーは現在でも続けられています。

 熱気球は人類が初めて空に浮かぶという夢を実現しました。空に浮かび上がり、自由に飛び回ることができれば、という夢が実現したのはライト兄弟の飛行機ではなく、気球でした。この2つは全く異なるものだということは、気球に乗ってみて初めて実感できました。現在では誰でも飛行機に乗って空を切り裂くように飛び立ち、音速に近いスピードで目的地に到達することができます。
 ところが気球はそうではなくて、基本的には無音の世界です。もちろん気球に温かい空気を満たすために、ガス バーナーを使いますので、時折4、5秒ゴーッという爆音を立てて炎を気球の中に吹き上げますが、原理としては空中に浮かび上がるだけのもので、あとは静かに風まかせ。飛んでいく方向も、基本的には風次第ということになります。実際、僕たち二人のツアーは6月1日で申し込み、それで予定していたのですが、その数日前になって連絡があり「風が強いようだから翌日に延期したい」ということで、風と交渉するわけにはいかず、「はい、わかりました」と言うよりしょうがないのでした。
 風を引き起こすのは太陽の仕業です。夜、空気は冷えてその動きは静かに収まり、風のない夜が更けていきます。さてその夜が明けて太陽が東の空に上がると、陽光は空気を暖めていき、これによって空気が動き、風速15km以上になると気球ツアーは中止になります。だからツアーのスタートは早朝6時に現地集合、それからはすべて風任せ。これでは忙しい現代にはとても受け入れられることはないですね。受け入れられるとしたら、完全なレクリエーションとしてと言うことになります。

 そういうイベントとして、何ものにも変えがたい経験をしてきました。気球は小型で乗客は6名が入って、窮屈なくらいのスペースです。慌ただしく準備をして、離陸の準備ができたかと思うと、地面がスッと横滑りに動いたかと思いきや、大地が離れていく。自分の身体が機体に運ばれていくというジェット機ではなく、自分の身体が主体です、地球ですら音もなく自分から遠ざかるという感覚です。自分は籠の中だから落ちることはないけれど、上半身を籠の外に出すと落ちるという恐怖と隣り合わせの空中に浮かんでいる、この感覚は別格です。高層ビルに立つのは、安全が確保された状態でのことですからその構造を信頼するかどうかという問題ですが、気球に乗った自分は籠の中に留まるという意思が自分の安全を確保する、これが第一(それから籠の構造と強度を信頼するかどうか。でも本来ここを疑うならば気球に乗ることはしないはずですからね)。

最初は横倒しだったゴンドラも気球に暖かい空気が満ちて空に向かって立ち上がると、
いよいよ大空に向けて出発です。

「さぁ、これから大空へ」
そういう情景を歌った曲が1960年代の終わりにヒットしました。『Up, Up and Away』です。(歌っているのは The 5thフィフス Dimensionディメンションです。YouTube 検索するといくつも出てきますので、興味があれば探してください。)

Up, Up and Away!

 歌詞を読むとわかりますが、

  僕の気球に乗らないかい?
  僕の素敵な気球に乗ってみないかい?
  僕と君、二人で星の間に浮かび上がるんだ
  僕らは空の上、自由に飛べる
  大空へ高く、高く
  僕の気球、素敵な気球

 など、若者が甘い言葉で女性を誘いかける様子ですね。60年代に青春を過ごした僕たちには、確かにそういう時代がありました。僕たちは臆病だけど強がりを言っては淋しい空想で心を満たし、手探りで少しずつ歩みを進めていた時代です。
デジタルのデータを解析すれば未来の道を切り拓くことができるなんて、そんなに簡単なものではなくて未来はいつも手探りでした。


 手探りで先に進んでみたら、ある日突然地震におののく、ウィルスに襲われる、戦争さえ始まる。未来は予想を裏切るものだということを、僕らは経験しながら生きてきました。しかしそれでも僕らは生きていくものだということがわかっている。それが僕らの強みなんだろうと思います。
 熱気球も同じです、そうやって現実と肌で触れる経験を気球の籠の中でしっかりと掴み取ってきたのでした。

自分が乗った気球の影が映っています

 怖くなかったかって?怖くはないですよ、全然問題なし。ただし、最後の着陸の時以外という限定が付きます。
 最後は野原の草の上に着地するのですが、真下に下りるのではなく、横滑りに着地します。そのスピードは時速20キロは出ているでしょうか、それで徐々に降りていき、草の上に着地。この時、籠は慣性で横倒しになりそうになりますが、危うく体制を取り直し、籠はジャンプするように地上を離れ、それから着地2回目でまたガーンといって危うく横倒し、またジャンプして3回目か4回目で完全にストップできましたが、その時も危うく倒れそうで、この時も籠の仲間たちは「おぉ〜」「キャァ〜」と笑いながら楽しんでいました。それまで1時間以上も上空を流れるままに信頼を置いてきた熱気球です、もう万全の信頼を置いていますからね。そういう信頼こそが体験が与えてくれたものであることを学んできた熱気球ツアーでした。


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