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アルガルベの思い出

 これは40年ほども以前に撮った写真です。場所はポルトガルの南端、アルガルベ。ドイツに住んでいた頃、年末の休暇を使ってやってきたのは、日本人にはそれほど知られていないと思われる観光地です。観光地とは言いますが、当時は(僕の記憶では)観光と言われるようなものはほとんど何もなかった。ただ、こうして海の沖を眺めたり、車で近郊に出掛けたり、ある日などはスペインのセルヴィアに出掛けたりもしました。
 この写真で皆が見ているのは大西洋の方向です。数十年の時を経た写真を見たことでこんなことを思い出しました。ある冬の日、宿泊のホテルから散策に出て海の方へ向かう下り道、海岸の近くまで延びていました。そこでこうして海を眺める機会を得たのでした。
繰り返し、繰り返し迫ってくる大西洋の波。その波の記憶が 40年という時間を超えて導いてくれたのは、あるダリの絵でした。ダリと言えば有名なのは、あのグニャリと曲がった時計の絵でしょうか。しかし僕の記憶を掠めて迫ってきたダリが描いた絵は、強烈な歴史を刻みつけたものでした。

これは 1492年のスペイン、そこで大きな帆船を導く若者コロンブスが描かれたものです。もちろんそれは写実ではなく、寓意的な絵画です。その時代、強大な国力を誇っていたスペインが(コロンブスはイタリア人でしたが)果てしのない海洋の遥か先には、支配下に置くべき新しい土地が待っているに違いないと信じて大西洋に乗り出すことを支援したスペイン王朝の財力、そして勇気と信念があったればこそ、この時代以後ヨーロッパは全地球的な視点で世界を把握し、考えることができるようになったのでした。西洋がまだ世界地図の中で西洋という位置を占めることがなかった時代、あるいは東洋という観念さえなかった時代の歴史です。アメリカ大陸には原住民が棲んでおり、その社会が存在していました。あるいは東洋という観念はなかったものの、アジアでは歴史が進行していました。

コロンブスは(おそらくは)聖母の旗を捧げもって十字架を引き、大きな波が寄せる大西洋に向かっていく。この先にはさらに開けた世界があることを信じて一路、大海原に歩を踏み入れたのでした。そのコロンブスが引く帆船に翻る大きな帆に描かれているのは血塗られた十字架。人間が辿ってきた歴史は、時代を切り拓くものと隠された悲惨な事実が並行しているようです。

僕は大西洋から自分が立っている地中海の入口に向けて繰り返し寄せる波を見ながら、このダリの絵を思い出していたのでした。そういう記憶は、しかし、もしかすると後日自分が勝手に作り出したものかもしれません。それくらいに、こうして1枚の写真と1枚の絵を並べてみると、それはいかにもしっくりとした世界を創り出しているように思えるのでした。

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