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岸田政権の経済政策「新しい資本主義」とは?

 先日、若手議員を対象とした研修会で、講師としてお招きした木原誠二官房副長官より「岸田政権の経済政策」というテーマで講義を受ける機会があった。その内容が非常にわかりやすく、政策に対する私自身の理解が大きく進むことになった。そのメインメッセージは、「日本はもはや『負け組』ではない」、「現在の経済状況を着実に改善していくためには『新しい資本主義』が必要」というものであった。
 私はこの講義を聞いて、「これはぜひ、国民の皆さんにも理解していただきたい」と思った。そのため、ここではその講義の内容をかいつまんで説明したい。
 なお、録音や講義録はとっていなかったため、以下の内容はあくまでも私の理解に基づくものであり、仮に理解が不十分な点や誤りがあるとすればその責任は私自身にあることはあらかじめご容赦いただきたい。

0.あらかじめ講義のメッセージ

・日本はもはや「負け組」ではない。
・日本は「デフレ経済」=「コストカット経済」から30年振りに転換している
・そのために必要な政策が「新しい資本主義」
  三位一体の労働市場改革、投資促進パッケージ、経済の潜在成長力の向上
・最大のリスクである「人手不足」へも真剣に対応
・デフレからの脱却で財政政策も転換が必要

1.日本経済の大きな転換点

(1)必然としての「新しい資本主義」

 日本経済は過去30年間にわたってデフレの時代だった。その始まりは、1990年代初頭の規制改革の流れであり、その背景には、日本が当時海外から求められていた内外価格差の是正があった。つまり、高度経済成長を経て当時相対的に強すぎた日本経済に対して、規制改革・構造改革などで経済を解放し、海外企業の参入を推進することなどにより「強すぎる日本」を是正する動きであった。
 規制改革や構造改革は基本的に「コストカット」を進めていく経済政策であり、端的に言えば「デフレ政策」である。これは当時のグローバルな経済状況や諸外国の情勢に鑑みて必要な政策であったが、その「デフレ政策」を30年間継続してきたことによって日本経済の潜在成長力自体が低下してしまった。いや、正確に言えばアベノミクスではこの政策の転換を目指したのだが、デフレから完全には脱却できなかった。
 こうした流れを受けて岸田政権では、「新しい資本主義」を打ち出したのである。その内容は、「人への投資・未来への投資などの投資の促進」と、「グローバル化が生んだ格差や温暖化などの負の側面の是正を経済成長に結びつけること」、さらに「これらの政策を呼び水として民間投資を拡大する」ということである。
 つまり、日本経済にとって「デフレ政策」の是正は必須であり、人口減少や円安、安全保障などのグローバルな社会・経済構造の大きな転換点にあたって「新しい資本主義」も必然として導入されたものである。

(2)すでに現れ始めている成果

 岸田政権が誕生してから約2年が経過したが、「新しい資本主義」の成果はすでに現れ始めている。
 まずは「賃上げ」である。連合の集計によると、2023年の月例賃金の賃上げ率は3.58%となり、バブルの雰囲気が残っていた1993年の3.90%に次ぐ30年振りの高水準となった。特に、中小組合(組合員数300人未満)の月例賃金の引き上げ率も3.23%と30年振りの水準となったことは特筆すべきことである。

2023年の賃上げ率は30年振りの高水準となった。(新しい資本主義実現会議資料より)

 また「国内投資」も活発化している。例えば、半導体関連(熊本県のTSMC・JASM、北海道のラピダス、広島のマイクロン等で合計1.5〜2.0兆円)、蓄電池(ホンダ、GSユアサ等で4000億円規模)、化学コンビナートなどの大規模設備投資案件が具体化しつつある。さらに、2022年末で46.2兆円となった対内直接投資残高について、骨太の方針では目標100兆円の2030年以前の早期実現を目指すと明記し、さらに推進力を強めている。
 こうした中で、内閣府の9月1日の公表資料によると、GDPギャップが+0.4%へと回復したが、これはコロナ前の3年9ヶ月振りのプラス転換であった(冒頭の内閣府公表資料からの図を参照)。つまり、コロナによって大幅に拡大したGDPギャップは、足元では既に回復したということである。
 このように、岸田政権の誕生から2年で「新しい資本主義」は、しっかりと目に見える成果へと結実しているのである。

(3)日本はもはや「負け組」ではない

 さらにODAの実績(円借款も含む)は世界第3位まで上昇しているほか、日本からASEANへの投資は中国からの投資を上回っている。
 そして記憶に新しい5月のG7広島サミットでは、G7の首脳陣の他にインドのモディ首相、ブラジルのルラ大統領、韓国のユン大統領に加えて、ウクライナからゼレンスキー大統領が参加し、核兵器の廃絶に向けた取り組みを含めて経済、社会、環境、平和など、多方面で大きな成果を得ることができた。
 上記のような事実から、改めてわが国を、経済、社会、外交等の面で重要な国として捉え直す動きが拡大しており、これらに伴って日本への投資の動きも回復している。
 すなわち、日本はもはや「負け組」ではない。そしてこうした動きを着実なものとして定着させるためにも、「新しい資本主義」を多くの国民が理解し、官民一丸となって強力に推進していくことが求められている。

2.「新しい資本主義」の政策の柱

 新しい資本主義の政策の柱は、(1)三位一体の労働市場改革、(2)投資促進パッケージ、(3)スタートアップ育成・開業支援、の3つである。

(1)三位一体の労働市場改革

 「新しい資本主義」のもとでは、キャリアは会社から与えられるものではなく、一人一人が自らのキャリアを選択する時代となっていく。つまり個人が、雇用形態、年齢、性別、障がいの有無を問わず、生涯を通じて自らの働き方を選択できるような社会の実現を目指していく。
 そのためには「リ・スキリングによる能力向上支援」、「労働移動の円滑化」、「日本型『ジョブ型』雇用」の推進が必要である。これが「三位一体の労働市場改革」である。
 「リ・スキリングによる能力向上支援」とは、例えば個人への直接支援として教育訓練給付を拡充するほか、教育訓練を要件とした雇用調整助成金の拡充などがメニューとなろう。
 「労働移動の円滑化」では、例えば官民の求職・求人情報を集約・共有して転職相談体制を整備するほか、失業給付金の自己都合離職の給付要件を緩和するなどが考えられる。
 「日本型『ジョブ型』雇用」では、職務給やジョブ型人事の導入を推進するほか、人材評価方法・リ・スキリング方法・賃金制度・人材配置などの成功事例集の作成と共有などが考えられる。
 つまり「三位一体の労働市場改革」によって、構造的な賃上げを通じて、日本企業と外国企業の間に存在する賃金格差を縮小させることを目指すものである。仮に、賃金が毎年4%くらいずつ上がれば、17〜18年で所得は倍増となる。そうなれば「令和の所得倍増」も可能となるかもしれない。

日本企業は、各国に比べて賃金が低いだけでなく、職種による賃金差が小さく、スキルの高い人材が報われにくい人事制度となっている可能性。(新しい資本主義実現会議資料より)

(2)投資促進パッケージ

 わが国では今年、「GX実現に向けた基本方針」と関連2法の成立によって「成長志向型カーボンプライシング構想」等の具体化に向けた道筋が明確化された。これは、20兆円規模のGX経済移行債を活用して国が投資を行い、それを呼び水として官民で10年間合計150兆円のGX関連投資を実行していくというものである。先行して投資を行い、その財源は将来の果実によって回収するという画期的な発想の投資促進策である。
 また、重要物資の国内拠点も強化していく。具体的には、半導体の設計・製造拠点を国内の複数地域に整備するほか、蓄電池や次世代メモリ、素材・装置産業など、経済安全保障を強化する観点からも、重要物資で世界をリードする拠点を整備していく。

(3)スタートアップ育成・開業支援

 わが国では、新型コロナからの回復過程において世界の主要国と比較して経済の回復力が弱いことが度々指摘されてきた。この背景として、「労働市場の流動性が低いこと」とともに指摘されているのが「開業率の低さ」である。
 実際に、米英仏では10%、独でも7%以上となっている開業率は、日本では2021年で4.4%である。この表裏の関係となる廃業率もやはり、米英独の10%程度、仏の4%程度に比べて、日本では3.1%である。つまり日本では、廃業しない代わりに成長産業分野での開業・起業もしない国なのである。
 「新しい資本主義」では、「スタートアップ育成5ヵ年計画」、M&Aや事業再構築・廃業などの相談体制の整備、金融債務の減額等の事業再構築法制の整備、事業成長担保融資の拡大(個人保証・経営者保証の削減)など、多様な取り組みによって廃業・事業承継・開業などの経営の各種選択肢のハードルを下げ、成長分野での起業を促し、経済の潜在成長力の向上へと繋げていく。

3.最大のリスク「人手不足」への対応

 上記のような「新しい資本主義」の各政策を進めていく上で共通の課題となるのが「人手不足」である。
 岸田政権が、2023年4月にこども家庭庁を発足させるのと同時に「少子化対策・子育て支援」を政権の重要政策として位置付け直し、「こども未来戦略方針」の策定を掲げたのも「人手不足」への抜本的な対応のためである。この「少子化対策・子育て支援」の柱に「若い世代の所得の向上」を置いているのも、今後の経済の担い手である「若い世代」に安心して仕事と両立する形で結婚・出産・子育てを進めてほしいという政策の狙いがある。
 もっとも、少子化対策が成果を上げた場合でも働き手が増え始めるのは20年後以降である。そうなると少なくとも当面は海外からの高度な人材の呼び込みが不可欠となる。上記のように、グローバルなサプライチェーンの再編の動きの中で、わが国の生産拠点や研究拠点を支えるためにはヒト、モノ、カネが必要になる。今年4月に策定した「海外からの高度な人材やそれを支える資金を呼び込むためのアクションプラン」の着実な実行によって、その具体化を図っていく。
 さらに現在進めているDXの取り組みも重要である。マイナンバーカードの普及やデジタル田園都市国家構想などの取り組みは、特に人口が減少している地方でのデジタル化を進めることで、まずは行政部門の大幅な効率化・省力化を進め、さらにそれを民間の取り組みにも波及させていくことで日本全体の効率化・省力化を進めていく取り組みである。
 これらの政策に岸田政権として真剣に対応することで、人口が徐々に減少していく中でもしっかりと成長できる筋肉質な経済に変革していくことが重要である。

4.今後の財政政策について(講義を受けた考察)

 (以下は、ここまでの講義を踏まえた私自身の考察である。)
 宏池会はよく「緊縮財政派」と言われる。このため岸田政権も「緊縮財政主義」であると誤解されがちだが、これまでの当初・補正予算の組成や防衛力の抜本的強化、少子化対策・子育て支援等の政策を見ると、むしろ「必要な政策には財政的な支出を惜しまない」、つまり「財政再建の旗は掲げつつも拡張的な財政政策」をとってきたように見受けられる。しかもこれは、「経済の抜本的な変化」を捉えた「時代認識」、つまり「日本は今、大きな時代の転換点にある」という認識に基づいていると考えられる。
 すなわち、30年振りにデフレから脱却し、緩やかなインフレが継続する経済が実現すれば、財政の考え方も大きく変わることになるからである。
 具体的には、インフレによって必要な物資が値上がりするためにそのための予算も増額せざるを得ないが、それ以上に歳入、つまり税収が増えるために、増えた税収をどう使うか、それを有効に使うことが次の成長につながるという考え方を取る必要が出てくる。
 現時点ではまだ、デフレから完全に脱却し、緩やかなインフレが継続する経済、着実に賃金が上昇する経済が実現するかどうか非常に微妙な状況ではあるが、そうした経済・社会をしっかりと実現し、それに見合った経済・財政運営へと転換するためにも「新しい資本主義」が重要なのである。

5.おわりに

 講義を聞き終えた時に、明るいメッセージが残った。
 つまり、「日本はもはや負け組ではない」、「新しい資本主義」を着実に進めることで、今日よりも明日、今年よりも来年良くなることを信じる経済・社会を取り戻すことができると感じた。
 しかし、「新しい資本主義」の内容は、必ずしも国民に広く理解されているとは言い難い。それどころか、我々与党の国会議員でさえその内容を理解し、自信を持って説明することができる人は少ないだろう。それは、「新しい資本主義」が必要とされる背景である「時代の転換点」を理解することが困難であるからであろう。そして、30年間続いた「デフレの時代」から「緩やかにインフレが継続する時代」への転換を自信を持って語ることがまだ、難しいからでもある。
 このnoteが、「新しい資本主義」と、それが必要とされる「時代の転換点」についての理解の拡大に少しでもつながれば幸いである。

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