最悪をぶっ飛ばせ! -Epilog:SN4- サモンナイトU:X〈ユークロス〉 WEB限定短編連載【1】
大変お待たせ致しました。
『サモンナイトU:X〈ユークロス〉』完結後の後日談短編小説連載、その第一弾を公開させて頂きます。
※このシリーズは本編最終巻後のエピソードとなります。
『サモンナイトU:X〈ユークロス〉ー響界戦争ー』をお読みの上で楽しんで頂けますと幸いです。
それでは物語をお楽しみください。
最悪をぶっ飛ばせ! -Epilog:SN4-
「―――気づいていないとでも思っていたのかねッ!」
目の前のギアンが嘲笑い、魔力を帯びたナイフを投擲した。
狙いは私じゃない。
ルシアンが盾の裏に忍ばせていた古ぼけたランタン―――【浄火の火種】。
硝子(ガラス)が砕け散り、希望をつないでいた灯火がかき消される。
病身を押して、この決戦の場に立った者たちが、次々と倒れていく。
「リシェルっ!? ルシアンっ!?」
うずくまり、たちまち意識を失っていく幼馴染みの姉弟。
「グラッド兄ちゃん! ミントお姉ちゃんっ!!」
激しく咳きこんだ二人の口から、ドロリとした黴(かび)混じりの血塊(けっかい)があふれ出す。
【解魂病(げこんびょう)】―――幻獣界(メイトルパ)からもたらされた、ヒトだけを殺し尽くす病原体。
それを召喚した男は、さも愉快そうに嘲笑する。
「当然の報いだ! ニンゲンの分際で余計なくちばしを突っこむから、無駄死にする!」
その瞬間、抑えこんでいた負の感情の全てが、私の中で沸騰した。
◆
父さんはロクデナシだと今でも思う。
物心ついたばかりの娘に問答無用で武器の扱い方を教えるとか、人の親としておかしいとしか思えない。当時はただ、褒めてもらえるのがうれしくて頑張っていたけれど。
単純に強くなっていくのが楽しかった部分もある。でなきゃ、出て行った後も基礎訓練を続けたりしなかったと思うし。そうして得た強さがよりどころになっていたからこそ、つらいことやさみしいことにも耐えられたような気がする。結果論だけど。
『いいか、フェア。問答無用で手を出してくるようなバカは、先手必勝で痛い目にあわせてやればいい。ただし、本気でやりすぎるんじゃねえぞ』
それなりに戦えるようになった頃から、父さんは私に何度もそう言い聞かせた。
まあ当然だ。大人相手でも通用するくらいには強くなっていたんだから、同い年の子供に本気を出せば洒落(しゃれ)にならない。なら最初から鍛えなきゃいいのにって思ったりもしたけど、いざという時を考えて、あの人なりにできることをしてくれただけなんだろう。
料理の手ほどきと同様、実際、役に立つ場面は大いにあったわけだし。
(私は強い。強いから余裕がある。だから、最初から本気を出しちゃダメ)
本気を出さずに対処できるならそれでいい。それ以上は暴力になってしまうから。
相手を過剰に傷つけることは、取り返しのつかない事態を招いてしまう。
そういう教えなんだと、自分なりにかみ砕いて理解してきたつもりだった。
だけど―――それだけじゃなかったのかもしれない。
◆
叫び、踏みこみながら、横薙ぎに剣を振るう。
迎撃に放たれた投げナイフをまとめて弾き飛ばしつつ、退(さ)がるギアンを追いつめる。
召喚術を放とうとしたその腕を、籠手(こて)に仕込んだ鉤爪(かぎづめ)で斬り裂いた。
血飛沫(ちしぶき)が舞って、呻(うめ)き声があがる。
でも、それくらいじゃもう、この煮えくりかえる気持ちは抑えられない。
「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
組みつき、馬乗りになって、憎き敵の襟首を剣で地面に縫いつける。
「今すぐッ! みんなを元に戻せッ!!」
ぶつけた憎悪に対して、返ってきたのは冷笑。
「知ったことか……ッ」
拳を握って打ち下ろす。二発、三発、四発。それでもギアンは折れなかった。
幽角獣(ゆうかくじゅう)の角(つの)がもたらす治癒の輝きと共に、血塗(ちまみ)れの顔で凄絶に嘲笑(あざわら)う。
「こんな痛みなど慣れっこだ! 私を止めたいのなら、息の根ごと止めるがいい!!」
嫌という程に理解した。彼が本気だということを。
そして、こんなことをしても問題は解決しないとわかっているのに。
なのに、私は止まらない。止められない。
激しい怒りに呑まれたまま、血に濡れた鉤爪を振りかぶって絶叫する。
リュームの悲痛な呼びかけも、必死に駆け寄るセクター先生も置いてけぼりにして。
幽角獣の急所は角―――リビエルより得た知識から、致命の一撃を導き出す。
初めて抱いた殺意と共に叩(たた)きつける本気の一撃。
繰り出したその瞬間、急速に冷めていく思考と共に気づく。
(ああ、そうか……暴力がダメなのは……相手を傷つけるだけじゃなくて……)
どうしようもなく、自分のことも傷つけてしまうからなんだ。
鈍化していく体感時間の中で、私は思い知らされる。
ギアンは死ぬ。私が殺すから。
憎悪を抱き、殺意に呑まれ、暴力をふるって殺すのだ。
今さら気づいたって手遅れだ。この一撃はもう止められない。
そして、取り返しのつかない未来を引き寄せるだろう。
ギアンは死に、リシェルたちも救われず、悲しみと恨みだけが残される。
真っ暗闇だ――――――。
◆
「―――させるかあああァァァッ!!」
銀の糸が煌(きら)めいて、曇天の空がバラバラに断ち切られる。
そこから飛び出した俺は、抜き撃ちの二連射で、致命の一撃の軌道を逸(そ)らす。
憎悪の鉤爪はギアンの頬を斬り裂いて、地面を突き刺すのみにとどまった。
突然の介入に呆然とする彼女を突き飛ばして、立ち上がろうとするギアン。
その喉元に銃口を突きつけ、もう一方の手に構えた剣の切っ先で、フェアに対しても牽制する。
「どっちもそこまでだ! まだやるなら、今度はこの俺がぶっとばすッ!!」
「なっ、な、ななな……っ!?」「なんだッ、貴様はッ!?」
目を白黒させるフェアと、警戒心をむき出しにするギアン。
だけど、説明してる時間が惜しい。そもそも説明できる自信もない。
だから俺はまず、戸惑うフェアにラウスの腕輪を見せながら、目を覚ませと叱咤(しった)する。
「もう聞こえるはずだ―――みんなを助けたいなら、今すぐドブ池まで走れ!」
はっとして、自身のそれを見るフェア。
淡い碧(みどり)の輝きに導かれるように、邪魔な武器を放り出して、必死に走り出す。
◆
「よっしゃ―――あとは、母さんがなんとかしてくれるだろう」
彼女の背中を見送ってから、ライはふうっと息をつく。
「やむなきこととはいえ、色々と雑すぎやしないか?」
界(かい)の水先案内人となり、彼をここまで導いたイストが、呆れ顔でそう言う。
「色々とくっちゃべったって【復元力】のせいでパアになっちまうんだろ?」
横目でギアンに睨みを利(き)かせながら、ライはだるそうに答えた。
「それに、そういうのはあんたのほうが適任だ。頭でっかちのこいつを納得させられるのは、理屈の通った説明のできる人間じゃないと無理だろうさ」
「やれやれ。君の言葉は無茶苦茶だが、不思議と理に適(かな)っていて始末に悪い」
皮肉っぽくそう返すイストだが、口角の緩みはどうにも隠せない。
ついさっき出会ったばかりだというのに、ライはさも当然のように自分のひねくれた性分を見抜いている。異なる時間軸の存在だとわかってはいても、思い出の中の彼(ライ)の姿とダブって見えて、それがイストには懐かしくて嬉しかった。
「そういうわけだ。理解してもらえるか自信はないが、説明は私からさせてもらおう」
「あ。一応言っとくけど、ラウスブルグの連中に何かさせようとしても無駄だからな」
そっちにはそっちで抜かりなく、別の担当が向かっているのだ。
◆
ほぼ同時刻。ラウスブルグの玉座の間にて。
「つまり、貴方は……別の未来からやってきた……ギアン???」
目をぱちくりさせるエニシアに、ばつが悪そうな顔でギアンはうなずいた。
その左右を固める【将軍(レンドラー)】と【教授(ゲック)】も、あまりの超展開に二の句が継げずにいる。
「混乱するのも当然かと。が、まぎれもなき真実であると師たるこの我が保証しよう」
小さな身体に満面の威厳をこめて【深叡(しんえい)の護法竜】たるコーラルが請け合った。
すでに彼の口から、ラウスブルグと竜の子を巡る事件の顛末(てんまつ)は語られている。それはここにいるギアンにとって、やらかしてしまった記憶なわけであるが、同じ轍(てつ)を踏まぬための警告であると同時に、未だわだかまりが消しきれない弟子を思う師としての親心でもあった。
「私が心得違いを起こしたばかりに迷惑をかけてしまって……すまない……」
まるで意味のない謝罪だったかもしれない。
本来ならば、それぞれが在(あ)るべき世界にて交わされるべき言葉なのだから。
けれど、きっと交わされた想いは無駄にはならない。
異なる世界の存在であったとしても、その心根はきっと同じはずなのだから。
(彼らが歩み寄っていくためのよすがくらいにはなるはず、かと)
そしてこの不肖の弟子が、更なる一歩を踏み出していくきっかけにも。
「コーラルさまぁ、魔力の補充、終わったよーっ」
大人たちが難しい話をしている間に、せっせとラウスブルグの維持に必要な魔力を充填
していたミルリーフが、やり遂げた笑顔と共に駆け寄ってくる。
これでしばらくは、彼らが決着を急ぐ必要もなくなるだろう。
そこから生じる時間を用いて、彼らがこの先どんな未来を描いていくのか。
あとは委ねるしかなかろう―――星詠(ほしよ)みの力をもつ至竜(ドラゴン)はそうわきまえていた。
◆
黄金色(きんいろ)の雨が降る。
不浄の病を消し去るべく、母と娘が力を合わせて起こした奇跡の雨が。
「信じられん……が、認めるしかないようだな。これは」
地に膝をついたまま、ギアンは呆然と敗北を受け入れるしかなかった。
【界の狭間(はざま)】を越えてきたという彼らの言葉は、予言から現実となったのだから。
「君なら理解してくれると思っていたよ。彼と違って、良くも悪くも論理的だからね」
パニック気味に突っかかってくるリュームを雑になだめるライの姿を横目に、イストは淡々(たんたん)とそう述べる。
「まるで、知っているかのような物言いだな」
「よく知っているとも。別時間軸の個体とはいえ、短くはないつきあいをしたからね」
「…………」
はあ、とため息をついてから、ギアンは改めてイストに問う。
「しかし、この乱暴な介入に意味はあるのかね? 界の復元力とやらが実在するのならば、改変によって生じた事象はいずれ、本来あるべき姿に向かって収束してしまうだろうに」
そうなると決まっている未来を、果たして、変えることはできるのか。
「現時点では何も決まってはいないさ。在らざるべき者がもたらした情報のせいで混乱が生じているだけで、私たちが退去すれば未来の観測者は消えて、全ては不確定となる」
根拠が消えて証明不能となった情報は、ただの妄言と変わらなくなる。
そんなあやふやなものまで修正して回れるほど【復元力】は万能ではない。
向こうの世界で、ライがこの世界のフェアのことを忘れなかったのがその証拠だ。
「我々にできたのは《最悪の瞬間》を止めることだけさ。過剰な介入で【復元力】を活性化させた結果、最初からなかったことにされてしまっては本末転倒だろう」
それを恐れたからこそ、ギアンとギアン(ほんにんどうし)を引き合わせるのだけは避けたのだ。
パラドックスは最小かつ、浅いものであるほうが望ましい。
「つまり、この先の未来は我々次第だ―――と?」
「ごく当たり前にそうだろうね」
「だが、復元力は記憶の改竄(かいざん)すら行う可能性があるのだろう。だとしたら、こうして与えられた情報が無駄となり、同じ結末に向かって突っ走る可能性もあるのだぞ」
「…………」
「そうなれば結局、無意味なのではないか?」
そんなことはないさ、とイストはギアンの目を見て言い切った。
「“魂に強く刻まれた想いは、けして失われたりはしない”からね」
彼自身と、共に歩む二人の仲間がその証明だ。
情報自体が消されたとしても、それにまつわる情動は魂に刻まれている。
それが何かのきっかけとなって、選択肢は確実に増えていくはずだ。
「現に今の君からは、頑(かたく)なさが失われつつあるように見えるのだがね」
「…………」
素直には肯定できず、うつむいて歯がみするギアン。
今はそれでいい、とイストは思う。
自分だって【世界の敵】から【世界の守護者】に変われたのだ。
賢(さと)い彼ならば、きっと最良の道を見出(みいだ)してくれるだろう。
「さて―――そろそろ退去すべき頃合いのようだ」
リュームの頭をわしわし撫で回していたライが、目を合わせてうなずく。
これは寄り道だ。
【異識体(シャリマ)】によって食い荒らされた【共界線(クリプス)】の空隙を利用したあり得ざる介入。【響融者(ミコト)】が新たな秩序をもたらす決意を固めた今、全ては在るべき場所へと還(かえ)っていかねばならない。
イスト自身も【繭世界(フィルージャ)】へと帰還し、【復元力】の影響を受けることになるだろう。
(だとしても……喚(よ)ばれてよかったと心から思うよ)
胸の奥を温かく満たす想いに目を細めながら、イストは銀の糸を手繰り寄せる。
それぞれの居場所で、それぞれの歩みを続けていくために。
◆
「ふぅーん。あたしがひっくり返ってる間に、そんなことがあったんだ」
ベッドの上で半身を起こしたリシェルは、私(フェア)が剥(む)いたシルドの実をぱくつきながら、うさんくさげにそう感想を述べた。
ここは私が経営する宿屋の一室―――【解魂病】の脅威が去った今、リシェルやルシアン、グラッド兄ちゃんやミントお姉ちゃんたちには、大事をとって静養してもらっている。
とりあえず、今のところは平穏だ。
「結局、その男の子とはそれっきり話せないままで、どこかに消えちゃったんだけどね」
応じる私自身も、あれが本当に現実だったのか自信が持てずにいた。
名前すら聞けずじまいだったのだから。
確かなのは、その結果として、ギアンたちから話し合いの提案がされたという事実だ。
【解魂病】をばらまいたことへの謝罪も、きちんと書面で受けとった。
それだけで許せるわけじゃないけれど、問答無用で叩きのめしたい気持ちは、今はもうない。
「いいんじゃない? 戦わなくてすむのなら、それに越したことはないし」
理由があやふやでも、それで解決の糸口が掴めるのなら“らっきー”ってヤツでしょ? ―――ちゃっかりした親友の物言いに、私は苦笑しつつもうなずいた。
空(から)になった皿を手に、厨房へと向かう。
会談の場はラウスブルグで行われる。
エニシアも参加するとのことだから、お菓子くらいは差し入れしてあげようかと思う。
「前にやって来た時は、結局、何もご馳走(ちそう)できなかったもんね」
何がいいかな、とレシピをまとめた手帳を手に取った時。
「……何これ???」
挟まっていた一枚の紙片が、はらりと落ちた。
ぶっきらぼうな筆致でぎっしりと文字が詰まったそれは、知らないレシピ。なぜかボロボロになった飾り紐(ひも)が端っこに結ばれていて、まるで栞(しおり)のようだ。
「【約束されし口福の焼き菓子(プロミスド・フォーチュン・クッキー)】―――」
様々に趣向を凝らしたクッキーの盛り合わせらしい。
手土産にはうってつけだし、何より知らない調理技法がちょこちょこと使われていて、これはもう作ってみるっきゃないと、腕まくりをして意気ごむと。
「あ……れ?」
どうして涙が出てきたんだろう―――埃(ほこり)でも入っちゃったのかな?
「ま……いいや!」
ざぶざぶと手早く顔を洗って、タオルで水滴を拭いとってから。
料理人魂の赴くままに、私は未知なるレシピに挑んでいくのだった。
<Epilog:SN4:END>
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