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会長の犬

「今年やりましょうよぉ。誰も立候補しない年に推薦されたりするともう、地獄よ地獄。うちの小学校、PTA役員はポイント制なの。3ポイント取ったら大手を振って辞退できるの。さっさとやっちゃえば後々楽よぉ」
 お向かいの家、五年生の双子を持つ西さんはそう言って笑った。三年生の娘がいる矢崎さんも「そうそう」と相槌を打つ。
「やってみたら案外楽しいかもよ。人脈ができるし情報も入ってくるし、学校から最新式の自動小銃が支給されるし」
 グイグイくるご近所さんに「じゃあやってみようかな……」なんて答えたのが間違いだった──今更のように私は回想する。ついさっき「クソが!」と叫びながら吹き飛んだ矢崎さんの首が近くに転がっているのを眺めながら、まるで悪夢を見てるみたいなんて考えたりもする。地獄よ地獄。
 ヘルメット越しにパチンと頭を叩かれた。西さんだ。
「大丈夫よぉ金子さん! まだ挽回できるわよぉ!」
「ひいぃ」
(首みっつで1ポイント)悲鳴を上げながら私は頭の中で唱える。(3ポイントとってPTAさっさと辞めよう)
 チカッと何かが光った直後、家庭科室が吹き飛ぶ。こんな争いをしてまで学区を広げる必要があるのかしら、などと自分のような木っ端役員が思ってみても無駄なこと。どうしても意見が言いたければ役職つきか、いっそ自分がPTA会長になって……
 なんて、口が裂けても言えない。
 西さんが慣れた手つきでバズーカを構えた。轟音。飛び出していくロケット弾。
 さすが五年生の母、闘いに慣れている。すでに10ポイント以上稼ぎながら毎年役員を引き受ける戦闘狂、それが西さんだ。敵陣から火の手が上がり、彼女はガッツポーズを取る。
「前に出るわよぉ! 点数を稼いで来年こそあたしがPTA会長に──」
「なるほど」と足元から声がした。「西さんが造反者だったというわけね」
 地べたに転がっていた矢崎さんの首が、私たちを見てにやりと笑った。

【続く】

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