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交縁少女AYA 第8話

綾と葉月が知り合ったのは、北澤高校に入ってからだ。

物静かに席に座って、スマホを見ているボルドーカラーでレイヤーボフヘアの少女…
姿恰好かっこうから、同類と確信した愛莉は、躊躇ちゅうちょなく声を掛けた。
綾を含めた三人が打ち解けたのは、すぐだった。


シングルマザーの手で、育てられた葉月…
小学校の放課後保育は、葉月の寂しさをまぎららわしてくれる、数少ない場所だった。
そこで、母親が仕事を終えて迎えに来るまで、友達と遊んで過ごしていたのだが…

小学3年生の時、放課後保育の男性保育士から、葉月は性的虐待を受けてしまう。
トイレの個室に連れ込まれ、下着を下ろされて…――

その後、男性保育士は、複数児童への猥褻行為で逮捕される。
葉月にも女性カウンセラーがついて、心的ケアを受けることになる。
しかしカウンセラーは、大人の都合を葉月に言い聞かせる。

このことは誰にも…、学校でも話しちゃダメ…――


大ごとになるのを恐れた関係者たちは、事件をひた隠そうとする。
マスコミに、痛くもない腹を探られるのは嫌だ――
責任の所在が問われ、自らの地位がおびやかされかねない――
放課後保育の存続が、危うくなる――
素直に聞き入れた葉月だが、心のわだかまりはこうじる一方だった。

学校の同級生は事件を知っていて、葉月を遠巻きで見るようになる。
クラスで葉月は浮く存在になり、憂鬱ゆううつつのるばかり。
事件のことは誰にも話しちゃダメだし、家に帰っても母親は夜遅くまで帰って来ない――

――どうして私に、冷たくするの?…
――私は悪いコト、何もしていないのに…
――優しくしてもらいたいダケなのにィィ…

追い詰められた葉月は、不登校になって引きこもってしまい、ついにリストカットをしてしまう…


大人たちは、信用できない…
でも、優しさだけは欲しい…――

引きこもる葉月がネットでパパ活を知ったのは、そんな時だった。

大人の関係で味わう優しさにあこがれた葉月が、パパ活に走ったのは自然な流れだったのだろう。
父親よりも年上のような男性から、優しくされるうえにお金までもらえる。
しかし男たちは、ただ単に葉月の若い身体が目当てなだけのだが…


パパ活で稼いだ金で、葉月はさらなる優しさを求めて、メンズコンセプトカフェに通うようになる。
チェキを沢山撮ってあげれば、推しメンが喜んでくれて、自分に優しくしてくれる。
その満足感で、葉月はリストカットをしなくなっていたのだが…

しかし、中年男性もメンコンの店員も、葉月のパーソナリティを全く考慮していない点で同類だ。
店員は、葉月をカネヅルとしか見ていない…


とはいえ、葉月のような動機で身体を売ってしまう少女たちが、多数存在するのは事実だ。
不本意な性被害に遭ってしまうと、性への価値観がゆがめられてしまいがちになる。

その結果、不特定多数の男性と、違和感なくセックスが出来てしまう。
そこにつけ込んで群がる男たちが、何と多いことか…

******************

「――…葉月?」
焼き肉店を出て、下北沢の街を歩く葉月に、前を歩く綾が振り向いて呼び掛ける。
「――あ?…」
もの想いから引き戻され、バツが悪そうな顔をしている葉月。


「はああァァ~、腹いっぱいだぁぁ…」
はぐらかすように葉月が、歩きながら黒の編みバンドブレスレットをしている左手で腹をさすっている。
ブレスレットは、リストカットの跡を隠すため…

怪訝けげんそうに葉月を見ている綾だが、まぁいっかと、前に向き直っている。


三人の少女たちは、夜の下北沢南口商店街を、駅の方に向かって歩いている。
高校の制服の上にジャケットやパーカーを羽織るだけの、ラフな恰好の少女たち。
美少女偏差値が高い少女たちを、家路を急ぐ男たちがチラ見しながらすれ違っている…

「ホントにいいのぉ?割り勘でぇ?」
「もぉぉ、しつけぇって!」
隣を歩く愛莉に小突かれ、綾がフラついてしまっている。

「だってさぁ、初めはあたしがオゴルって――」
「その10万、とっときナヨ!」
愛莉が綾に、大声で話している。
「そうだよォ~。綾がヤなメにって、貰ったンだからサァ」
二人から少し遅れて歩く葉月が、後ろから話し掛けている…


昨日、綾の口座には、痴漢の弁護士から50万円が振り込まれていた。
相場より上乗せしたのは、五十嵐の脅しが相当効いたのだろう。
それから10万を引いた残りを、綾が駆琉の口座に振り込んだことを、愛莉と葉月は知っている。

しかし、それについて愛莉と葉月は、敢えて綾に突っ込んでいない。
少女たちの間の、忖度そんたくなのだろうか…

「――じゃあ、そろそろ行くネ」
葉月が右手を振りながら、先に駅の方へ小走りで行く。
「バイバイィ~」
綾と愛莉が立ち止まって、右手を小さく振りながら見送っている。
葉月は、これからパパ活なのだ。


「愛莉は?」
「んん~…、まだちょっと時間あるケド…」
スマホを見ながら愛莉が、思案していると――
その時、突如、フラッシュバックが綾を襲う。

――さっき、振り切ったばっかなのにィ…

――そうだ…中学二年の5月に、あたしをレイプしかけたのは、和真だ…

――荒い息づかいの和真が、あたしの上に載ってきた…

――重い…、重い重い重ィ…、重いぃィ~…

「――ちょ、ちょっと…、綾ァ?!」
愛莉に両肩を揺さぶられて気が付くと、綾は地べたにうずくまってしまっている。
通行人たちが、道路にしゃがみ込んでいる二人を、ジロジロ見て通り過ぎている。


「――ゴ…、ゴメン…」
ゆっくり立ち上がった綾は、ミリタリージャケットと制服のスカートについたほこりを、手で払っている。

「――分かった。今日は『おぢ』と会うの、止める」
「――え?…」
「今日は、体調が悪ぃンだよ。二度も見るなンて…」
「そ…、それじゃあ愛莉が――」
「いいンよ。LINEで断るからサ」
我に返ってもボーッとしている綾の隣で、愛莉がスマホをいじっている…

******************

小田急線下北沢駅の南西側は、線路跡を利用した遊歩道が続いている。
遊歩道の一角にある芝生に、じかに座って夜空を見上げている綾と愛莉。

制服のスカートだから、少し汚れたって構わない…
たそがれている綾と愛莉を、通りすがる人々がチラチラ見ている。


「――…いて、イイ?」
「…ん?」
愛莉が、綾の方に顔を向ける。

「リョーマとは、結婚したいの?」
「――…しないよ」
「え?」
「リョーマからは、優しさが欲しいダケ…」
「………」

「オトコなんて、どいつもこいつもクソだからサ…」
右手でフェミニンセミロングの髪をかき上げながら、話す愛莉。
「多分、リョーマも――、同ンなじだろうし…」


「…じゃあ、なンで?」
「ホストってサ…、優しさのプロじゃん。優しさを売る、っつーか…」
夜空を見上げて話す愛莉を、綾がジッと見ている。

「一流の優しさをサ、そン時だけ貰えれば、あたしはイイんだ」
「………」
「結婚したら、どうせ変わるンだろうし…」
「………」
「もう、あンなメに遭うのは、ヤなんだ…」

******************

愛莉がトー横に来たきっかけは、父親からのDVだった。
母親が蹴られ殴られるのを見るのは日常で、愛莉は6歳年下の妹とアパートの部屋の隅で、おびえて蹲っているだけの毎日だった。

そして忘れもしない、12歳の誕生日の夜…
「ほぉ~っ…、もう立派なオトナの身体じゃないかぁ」
夕飯を終えて、胡坐あぐらで座る父親の前に、布団の上に直立不動の姿勢で、未成熟な少女の裸体をさらして愛莉が立っている。


「あなた、お願いだから――」
部屋の端に座る母親が、身を乗り出して懇願するが――
「おまえは黙ってろッ!!」
ちゃぶ台の上からビールの缶を、母親に向けて投げる始末。
母親は無念そうな表情で、ただ見守るしかない…

「いやあぁぁッ!!」
妹が大声で叫び、ドタドタと玄関から部屋の外へと出て行く。

「ちょっと?!――」
母親が立ち上がろうとするが、
「放っておけッ!!」
愛莉を犯すことに無我夢中な父親が、大声で制止している――


ペタペタと裸足はだしで懸命に走る妹が、アパート隣の民家に駆け込む。
泣きわめく妹に、青ざめた民家の住民は、即座に110番通報する。

パトカーが数台駆けつけ、警察官がドアを蹴破けやぶって、アパートの部屋にドドッとなだれ込むが――
すでに時遅く、布団に泣きじゃくって横たわる愛莉は、父親に処女を奪われてしまっていた…


しかし愛莉の不幸は、これで終わりではなかった。
父親が逮捕され刑務所に収監されると、今度は母親が違う男と逢瀬を重ね、愛莉と妹は放ったらかしにされてしまう。

男とイチャつくために、母親は娘二人を寒空のアパートの外で、待たせてしまう始末。
留守にしがちな母親に代わって、愛莉が幼い妹の面倒をみるしかなかった。
甘えて絡んでくる妹に、愛莉は笑顔を返してはいたが――

――あたしだって、誰かに甘えたい…
――優しくされたいシィ…、優しくされたいシィィ…

葉月だけでなく愛莉も、優しさにとても飢えているのだ。



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第9話はこちら… https://note.com/juicy_slug456/n/nf71be9844adf


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