交縁少女AYA 第12話
週末金曜日の夕方、NPO法人マザーポートの適応支援ハウス…
広めのフローリングの部屋で、テーブルを挟んで向き合って座る綾と愛莉、そして五十嵐と和真。
何ともいえないピリピリした空気が、四人の間に漂っている。
「――本当なの?カズマ?…」
顔をしかめながら綾が、和真に尋ねている。
「君らと同じグループだった何人かからも、証言を取っている」
「あンたに聞いてないから」
五十嵐を一蹴して、和真を見つめる綾。
「――…本当だ」
俯きながら和真が、言葉を絞り出している。
ここから綾は、聞くに堪えない事実を知ることになる――
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≪オマエ、木村のコトが気になンだろ?≫
≪――ま、…まあナ≫
≪だったら今日、俺が木村に酒飲ませっから、おまえがシェアルームに――≫
≪そ、そンなに上手くいくかぁ?≫
≪ヘーキヘーキ。木村、ぜってぇツブれっから≫
≪そっか…。酒飲んだコトねぇなら…≫
≪俺がミンナの注意を、逸らすからサァ≫
≪ど…、どうすンだよ?≫
≪うるせぇのは菊池と田澤だから、おれが引きつけっから――≫
駆琉が話すのに、和真が大きく頷いている…
≪連れてって、ヤッちゃえよ――…
「――そしたら、いきなり芹澤が来て…」
顔を強張らせる愛莉が、対面に座る和真の話を聞いている。
「俺のコト、ボッコにしやがって…」
愛莉の隣に座る綾は、信じられないという表情で、呆けてしまっている。
「それで俺は、1ヶ月も入院しちゃって――…」
俯いて肩を震わせながら、和真が嗚咽を始めてしまう…
「…菊池さんを、知ってるよね?」
今日の昼間に、マザーポートの事務所を訪ねて来た彩乃のことだ。
「――ウン…」
五十嵐に問われて愛莉が答えるが、綾はボーッと呆けたままで無反応…
「彼女も、証言してくれた一人なんだが――」
腕組みをして淡々と話す五十嵐の隣で、和真が嗚咽を続けている。
「それまでも芹澤くんは、ODを隠れてやらせて、酩酊させた所でレイプしたりして、クループの娘を何人か、自分に手なずけていたらしい」
「ODはダメだったはずじゃ…」
嫌悪感を露わにしている愛莉。
「親御さんに用意してもらったマンションの自分の部屋を、グループのシェアルームにしたのは、そのためだった…」
淡々と話し続ける五十嵐。
「部屋の中なら何をやっても、外からは分からないからな」
「だって、あのシェアルームは――」
「警察の補導から避難するため――ってのは、表向きだったのさ」
絶句してしまう愛莉の隣で、相変わらず呆けている綾…
ふぅ~っと、ため息をついた五十嵐が話を続ける。
「今度はレイプを仕組んでまで、自分に手なずけるとは…と、菊池さんは嫌気がさして、『マザーポート』に来てくれたんだ」
「――俺も…」
嗚咽しながら和真が、話に加わる。
「菊池さんが病院に見舞いに来てくれて、ここを紹介されて…」
「ホント…、よく来てくれたね」
五十嵐が和真の肩を、ポンポンと優しく叩いている。
「岡崎くんは、ここでカウンセリングと就労訓練を受けて、今は居酒屋で働いているんだ」
「でも、それって…」
愛莉が、納得がいかない表情でいる。
「そうだね。まだ木村さんから、許してもらったワケではないからね…」
五十嵐からジッと見つめられても、綾は視線を逸らせて、ボーッと呆けたままでいる…
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「グループを解散した理由は、覚えてるよね?」
「あたしタチの高校入学が決まったから、って…」
五十嵐に問われて、愛莉が答えている。
「もうミンナも、いい大人だからって…。俺にも夢があるからって、駆琉が――」
そこまで話した愛莉が、何かに気付いたかのようにハッとする。
「まさか、それも…、表向き?」
「そう。芹澤くんには、薬事法違反と不同意性交の容疑で捜査が迫っていたんだ」
唖然としている愛莉の隣で、呆け続けている綾だが――
駆琉とのセックスの時に、会話した言葉が頭に浮かんでいる…
――それでなの?…
≪部屋に女の子を隠れて連れ込んで、ヤク漬けにしてるとかサァ…≫
――その娘が進んで、オレの部屋に来たンだからって…
≪オレが借りてる部屋に、その娘が自分で来たンだからサァ…≫
――だから、レイプじゃないンだよって…
≪なあァ~?綾まで、そンな眼で見ンのかぁ?≫
――あン時、あたしは謝ったけど…
≪そンな眼で見られンのが、超ウゼえンだ、俺はよォ…≫
――でも、グループの娘とエッチしたのを、カケルは否定しなかった…
≪あるコトないコト話されんのが、まじウザくって…――≫
――だから、証言されたらヤバいから、ミンナを解散させたってコト?…
「結局それは、嫌疑不十分で――」
五十嵐が話している途中で、いきなりガタンと綾が立ち上がる。
驚く愛莉と和真には構わず、綾はテーブルに置いてあった肩掛けボディバッグを、バッと鷲摑みにする。
そしてドタドタと、小走りで部屋から出て行く。
「ちょ――、ちょっと、綾ァ!」
愛莉が立ち上がって、追いかけようとするが、
「大丈夫だ!」
五十嵐が、大声で制している。
「だって、追いかけなきゃ!」
「行くトコは、ひとつだろ?」
落ち着き払っている五十嵐が、愛莉をなだめている。
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「――でも、言われてみれば…」
右手を顎に当てて考えながら、愛莉が呟いている。
「そンなウワサ、聞いたコトある…」
呟く愛莉を、隣に立つ和真がジッと見ている。
「綾がゾッコンだったから、あたしは無視してたケド…」
「彩乃ちゃんからも、アイツは止めとけって、言われてたのにィ…――」
愛莉が髪を、クシャクシャ搔きむしっている。
そんな愛莉の肩を、五十嵐が優しくポンポンとしている。
「キミが自分を、責めることはしなくていい」
五十嵐を見る愛莉の眼が、真っ赤に充血している。
「――でも、なンで…」
「うん?」
俯きながら呟く愛莉の顔を、五十嵐がのぞき込む。
「なンで、そンな酷いコトを駆琉は?…」
「愛着障害って、知ってるか?」
「…ナニ?それ…」
「自分に向けられる愛情や好意に対しての応答が、例えば怒りや無関心となって表面化する、心の障害だ」
「駆琉は、それだっていうの?」
「あくまで俺の、個人的な見立てだ」
腕組みをしてウ~ンと唸っている、愛莉と和真。
二人には、よく分かっていないようだが…
「芹澤くんには、さらに対人共依存が加わってるんじゃないかと…」
「――それって…」
怯えるような眼で、尋ねている和真。
「彼の場合、異性への性依存と支配欲となって、顕在化して――」
「ケンザイカ?」
「目に見える形で、出てしまうってことだ」
「じゃあ、そろそろ行こうか?」
「ど…、どこへ?」
和真が不安げな顔で、五十嵐に訊いている。
「木村さんが、向かったところだよ」
左手首の腕時計を見ながら、五十嵐が思案している…
「――そろそろか…」
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綾は自分の眼の前に広がる光景に、ひどく驚愕して、その場に立ちすくんでいる。
ここに着いたのは、午後7時になろうとしている時だった。
夜の街を照らし出す、無数の赤色の回転灯が鮮明に、綾の眼に映っている。
その先には、新宿歌舞伎町のホストクラブ『得夢』が入る雑居ビルが…
ビルの前には何台ものパトカーが停車しているうえ、規制線が引かれていて近づけない。
何なの、コレ…――
行く手を塞ぐ制服警察官の肩越しに、『得夢』の入口と階段が見える。
警察関係者らしい男たちが慌ただしく出入りしていて、段ボール箱を持って階段を昇り降りしている。
かなりの時間が経過してから、突然フラッシュの点滅が一斉に始まる。
誰かが出て来たようだ。
見覚えのあるホストが、両脇を二人の男性に挟まれて階段を降りている。
次は…――
リョーマ?!
どういうコト?…
さらに驚く光景が、綾の眼に映し出される。
――カ・ケ・ル?!…
駆琉が二人のスーツ姿の男性に挟まれて、階段をゆっくり降りている。
フラッと倒れそうになる綾を、誰かが抱えてくれた。
視界が錯綜していて、誰が抱えてくれているのかは分からない…
――カケルが、何をしたっていうの?
――どうして警察に、連れて行かれなきゃなンないの?…
「客の女の子に店ぐるみで、身体を売って売掛の金を払うよう迫った――」
――え?
…なに言ってンの?
「売春防止法違反だ」
ハッと気づくと、人混みの中で自分を抱えてくれているのは、五十嵐だ。
横を見ると、愛莉と和真が呆然と立ちすくんでいて、ホストたちが連行されていく様子を見ている…
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「――とうとう、パクられたかぁ…」
五十嵐が顔を向けると、美容室の制服姿で彩乃が、腕組みをして立っている。
「店の前まで規制させられちゃったからサァ、商売上がったりよぉ」
「――彩乃ちゃぁん…」
彩乃を見る愛莉の眼が、ウルウルしている。
「元気してた?」
彩乃が右手を、軽く振っている。
「和真も、元気してた?」
「ハ――、ハイ」
笑顔で会釈している和真。
「やっぱ、サスガだネ」
「なにが?」
彩乃に言われるが、どぼけている五十嵐。
「ちゃんと、知ってたジャン。今夜だって」
フッと一瞥した五十嵐が、腕の中で抱かれ呆けている綾を、優しげに見つめている。
「――ナニよぉ…」
ようやく綾が、言葉を絞り出し始める。
「――何がぁ…、どうなっているンよぉぉ…」
愛莉と和真、彩乃の三人が、沈痛な表情で佇む前で、綾の頬を涙がポロポロと、とめどなく流れ続けていた…
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