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*フィクション* 俺は甘いコーヒーが好き、

「佐藤さんって、本当に甘いコーヒー好きですよね〜、でも社内の人間なんだからさ、自分で入れてくださいよね〜」


はいはい、分かってますよ、でもね、ボクがここにチョコチョコ顔を出すのはアナタにコーヒーを淹れて欲しいからじゃないんです。
今はたまたま席を外している、あの子に淹れて欲しいからなんですよーだ。

あの子は約一年前に入社した新人さんだ。補助的な立場でいろんな人につくから毎日大忙しだ。今日も近隣の工場へお供に連れて行かれたらしい。
 ちっ、遅かったか…。

彼女の部署にも仕事上、関わりがある。上手いことに、彼女の席の隣りは、同期の川上だ。奴から彼女の情報をそれとなく聞くことができている。
 大人しい子だよ、真面目だし。
そうだろうそうだろう。俺が一目惚れしたんだから、きっと良い子のはずさ。

彼女の席を陣取って、川上と次の試作機の話で熱くなっていた時、彼女が席に戻ってきた事に、全くオレは気が付かなかったんだ、アホだよなぁ。
彼女は気を利かせて給湯室に行き、淹れたてのコーヒーを2杯トレーに乗せて戻ってきた。
ちゃんとミルクと砂糖も横に添えて。

「川上さん、お話し中すみません。
よろしければコーヒー、いかがですか?
…もし、あの、よろしければ淹れたてなので…
あのっ、私、勝手に… すみません!」

初めて会ったオレを、誰か分からなかったらしい。
でも、社内の誰かだろうと思ったんだろう。
おっかなびっくり話しかけた彼女の声が可愛くて、振り返って顔を見た瞬間に、一目惚れしたって事だよ。


川上に用事がなくたって、違う席の奴に用事を作ってお邪魔する。彼女は手が空いていれば、

「佐藤さん、コーヒーいかがですか?
私、ちょうど飲みたいと思っていたんです。」

なんて嬉しいこと言ってくれるんだぜ。
いるかい?こんな優しい子。
オレはこの部署に来ると、お客様になれることを許された唯一の内部の人間さ。


______

「彼女、12月で辞めるってよ。結婚するって言ってた。」

川上が図面から顔を上げずに言った。
なんの感情もこもってない、冷たいような、優しいような、聞いたこともない声に聞こえた。

そっか。
そうだよな、。

良い子だもんなぁ。
最近休みがちだったのは、有休使ってたのかな。
あーなんか、どうしよう。
何にもできないうちに、大敗は避けたい…か…



「彼女にプレゼント渡したんだって?」
 川上が図面から顔を上げて俺を見た。

「おぅ、なんで知ってんだよ。って別にいいけど。
そんな大層なもんじゃないんだよ。今までコーヒー淹れてくれたお礼に何がいいか聞いたらさ、ぬいぐるみが良いって言うから、渡しただけだよ。」

「オマエがぬいぐるみ持ってレジ行く姿が見たかったぜ。」

「勿体無いから見せないぜ、オマエにはさ。」

コイツは昔から優しいんだ。オレの気持ちがよく分かってる、ありがとな。

彼女はイルカが好きだそうだ。だからシャチのぬいぐるみをプレゼントしたんだ。だってその方がもしオレの事を忘れたくなった時、ぬいぐるみを処分し易いんじゃないかと思ってさ。それでも、ずっとシャチを可愛がってくれたら、それはそれで嬉しいってことで。


もしオレに勇気があって、コーヒーが飲めない事を最初にキミ伝えていたら、今頃オレたちは何か新しいことが起こっていたのかな…

今まで飲めなかったコーヒー。
キミのお陰で、
激甘にして飲めるようになったコーヒー。

今朝はね、初めてブラックで飲んでるんだぜ。