バウルを探して<完全版>のいいところたち

 愛しい本というのがある。この『バウルを探して』(川内有緒・文 中川彰・写真 三輪舎)という本は間違いなくその愛しい本のひとつ。

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 この本、文章の内容も最高なのだけど、今回は、「本としての」いいところにフォーカスして、紹介します。

 縁があって、この本を編集した中岡さんという方と、生活綴方書店で出会った。そしてその本屋の店番をすることがその日に決まった。という日に買った本。著者の川内有緒さんも実は話したことがある。『空をゆく巨人』という本が大好きで、そのことをTwitterで書いた。そしたら、なんと有緒さんから声をかけていただいたのだ。

 別の機会でイベントで会ったり、お酒を飲みながらお話をしたこともある。

 で、今回の本である。これは、以前に2回書籍化されている原稿を、さらにもう1回、全く違う形で本にしたもの。

 「バウル」というのは、バングラデシュやインドにいるという、“神秘的な吟遊詩人”である。と、少なくともそういう体で旅は始まる。

 以下、いいところ。

①コデックス装である

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 この、背表紙の部分が丸裸のやつ。思わずいい感じの小道具入れに立てかけちゃったね。これが、コデックス。別に僕は商業的な出版や印刷のことについては全然知らない。だけどとにかくこの「コデックス装」は好きで好きで、まず第一にホメちゃうぐらい好きである。開くと、へたっと平面になるのがいいよね。

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 で何がすごいって、その背表紙の部分で、こんなにもたくましく遊んでいるのである。これ印刷の時にどうやって指示するんだろう、とか色々考える。ここにおそらくベンガル文字で何か書いてある。「バウル」だろうか。発想が安直なのでそれぐらいしか思いつかないけど、多分「バウル」。違ったら恥ずかしいけど、堂々と言っとく。バウル。この文字と文様の、ガタついた適度な怪しさが、神秘的だけどなんだか雑多な「バウル」の雰囲気にぴったり。装幀を手掛けたのは、インドにゆかりのある矢萩多聞さん(https://tamon.in/profile/)。最高っす。

②とじ糸

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 とじ糸がいい本、ってのもなかなかないと思うんだけど(いや、知らないだけで多分実はたくさんあると思うが)この本は綴じ糸に、何色か使われていて、しかもその組み合わせが毎回違う。

 恐ろしい。

 読者を楽しませようという気がムンムンしてくる。一応ひろく流通して売られる本だから、部数も多いと思うんだけど、この遊びようである。「だって、これ面白いしかっこいいじゃないか」という以外の理由がいらない文句なしの素敵さ。

③中川彰さんの写真

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 この旅行記では、有緒さんと中川さん(と他にもたくさんの方が関わるのだが)二人で旅をしている。そのうち、カメラマンである中川さんが撮った写真が、まず前半で楽しめる。僕はこの構成に、なんかわからんが面食らった。

 写真がまたいいんだ。

 ほんとにいい。

 で、これを先にずーーーっと見せてくれて、100ページ以上。見開きで1枚もあり、今数えたら、59枚の写真が載っている。まずこれに目を通すと、まだ見ぬバングラデシュへの妄想が始まる。準備体操なんて言葉じゃきかない。いきなりトライアスロンを完走するような勢いで、川内有緒さんの文章までの助走をつけさせられる。

 そのまま、有緒さんの、等身大の、バウルを探す旅が始まる。

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 その随所で、あ、これってさっきみた写真の人かな、というようなシーンがあったりする。で、一通り読む。

 読み終わり、もう一度写真を振り返ると、なんだか、今度は思い出のアルバムみたいに読めるのである。

 もちろん他の本でもこういう構成のものってあるんだけど、この本では、それぞれの完成度が非常に高い。

 一個の分厚い体験が詰まっている。

 これよ、って感じた。

 紙の本と電子書籍の違い、なんて議論が、「剪定バサミとパソコンの違い」くらい、全くナンセンスな議論に思えてくるような、ドッと押し寄せる質感である。それぞれでできることが全く違うんや…と。

 で、改めて何を思うか。

 いくつかあるんだけど、ひとつ。

 今までは、商業的に、決まった形の中で作られる本、というのをまぁ、本だ、と思ってたけど、で、まぁもちろんこの本だって、そこまで逸脱してるわけじゃないんだけど、でも、こういう「個人の気持ち」のような領域を、でも、体裁の整った、ちゃんとひろく流通できる本という形で、出せるんだな、ということである。

 この本を編集した中岡さんは「おそくて、よい本」ということをおっしゃる。

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三輪舎公式HPより)

 その通りのものを作っておられるな、と思う。丁寧に付き合わないとわからないことを本当に考え抜いて形にすると、一例として、こういうことになる、っていう感じがします。

 そして、今日は、今までの『バウル』本を3冊並べて読み比べてみたんですが、本のあり方によって文章の受け取り方は全く違うということを、ありありと示していますね。

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 どれも全然違う印象で読めます。

 これ、やっぱり、大事なことだよ、と思う。

 ちょっと飛躍するけど、人生の物事を簡単にデフォルメしちゃいかんな、と思う。たとえば、「同じ商品ならどこで買ったって同じ」とかね。そういう生活の態度に関する考察にも繋がってる。

 「自分とものとの出会い方」が、そのまま「もの」である、ということを強く思います。で、それを突き詰めると、ひとつの実践として、こういう本になるんだろうと思います。

 この<完全版>は、いやあ、実に、<完全版>の名を冠するのにふさわしい、素晴らしい体験を届けてくれる本でした。

 ムッチャ褒めちゃった。

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(そういえば、この写真は、この本を出した三輪舎も入居する、横浜・妙蓮寺のコワーキングスペース「本屋の二階 まちのしごとば」で撮っています。ここも、静謐で集中できて、尋常じゃないくらい素敵な場所です。登録会員でも、ドロップインでも、誰でも利用可能。ご興味ある方はぜひ、今日できたばかりみたいですが、FBInstagramもフォローしてみてください。)

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