麻子(小説、雅美、炎)

雅美と会って2011年の地震の時の話になった。
「あの時のこと覚えてる?あたしあんたのこと怒鳴りつけたんだよね」
「ええ、物凄い剣幕でね」
「中々居ないよね、大人になって誰かの事怒鳴りつける人って」
「でも、それが麻子さんですから」
「そっかぁ、でも、あの頃の雅美っちは原発容認派だったじゃない?」
「それは、色々分かってなかったんですよ」
「でーも、人の話聞く気が無くてさぁ」
「だって、麻子さんって話が長くて難しくて、すぐ怒り出すから面倒臭くなっちゃうんですよ」
「分かった、分かった。話は分かりやすく面白く深くあくまでも愉快にだね」
「そ-ですよ」
「でも、驚いたよねぇ、『原発今すぐ止めないと大変なことになる!』って怒鳴ってその3日後だもんね地震」
「だーかーらぁ、前にも言ったでしょ。地震はあの翌日です」
「えっ、そうだっけ?」
「そうです!あの日は『夕日が見た事もない色で、景色で観音様のようだ』って言ったら『そんなのどうでもいい、何で分からないんだ!』って物凄い剣幕で麻子さんがまた怒りだしてあの夕陽より真っ赤に燃えて見えて、そうまるで不動明王みたいで、驚いて逃げたんですもの。あの光景は忘れられません」

雅美との出会いは、その何年前になるだろう店を閉めようとしていた所に客としては入店してきて何だか話が合って山小屋に誘った。
管理的な夫に帰宅時間を決められている雅美だが、その日は話が止まらない麻子によって門限を破ることになった。
その時、雅美は(あー、捕まっちまった)と思ったんだという。

束縛を極端に嫌う麻子は友達を持たない。家族は別として誰かと一緒に何かをするということは、殆どない。
が、虚栄心を感じない、危いくらい隠しだてをしないウソのない雅美には心が許せる気がする。

その頃、以前からの知り合いが激痩せして血の気のない顔をしてやって来た。

話していると、姑が老衰で亡くなったのだという。最後に世話し面倒を見る事になったのが実の娘たちでなく、長男の嫁でもなく外嫁の彼女だった。

その家族は、由緒正しく皆誰からも後ろ指を指されるような事のない優秀な人たちだそうだ。その嫁となったが、自分はそこの感じとは違っていて何だか馴染めなかったのだという。それが、姑は彼女を求めた。

離れに寝かされた姑は、介護する人が来ていたが食事を運ぶのを彼女にして欲しがった。そして二人きりになると姑の告白が始まった。

訳もわからぬ幼い頃から弱い立場で由緒正しい家の性的犠牲になりその意味が分かる頃に口を封じられ、嫁がされた。ソレを亡くなる直前に彼女に話した(放した)そして、家族の誰にも知られることなく姑は逝った。

目の前で鬱のようになっている彼女は、人を馬鹿にしたり見下すことなどのない少し間抜けでお人好しな人で姑が彼女を求めた気持ちが麻子は分かる気がした。

家族の誰もが知らないその人の無念、悔しさ、悲しさ、寂しさ、辛かった事、自己嫌悪、憤り、でも、誰にも知られたくない事実。しかし、闇から闇へ消えていく、消される無念。

それは、共感というより同化であった。

行きたいと思っていた寺に雅美と行った。
雅美なら横に居ても良い気がした。
そこで、亡くなった彼女の話を住職にした。してしまった。
すると、「そんな余計なことは、考えんでもよろしい!」と住職は言った。彼は、由緒正しい家の人だった。
地域の活動の場に出ることや子供の応援に行くことを『下々の所に行く』と言う人だった。

『そんな余計なことは、考えんでもよろしい』
その瞬間、麻子の何かがキレ怒りが爆発した。
こんな人に話してしまった自分への怒りなのか、亡くなった彼女の悲しみが爆発した怒りなのか、それから黙したまま暇を告げた。

外に出ると雅美が「ちょー、怖かった」と言った。
「何だかヤバい感じがして隣を見たら、麻子さんの首の後ろの辺りから赤い炎みたいなのが上がっていて、ホント、チョー怖かった」と雅美は言った。
「私、霊感とか全然なくて何も感じたことない」と雅美は言うが、麻子の後ろの炎は2回見る事になるのだった。


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