第三話 台無しの人生

 さて、もう少し、僕がどういう話を面白いと思っているか、別の話をしてみよう。

 フランシス・セルドンという少年は、1674年、9歳の時にルイ14世のハゲをからかったせいで国王の逆鱗にふれ69年間もバスティーユ監獄の独房に幽閉されていたという逸話があります。

 セルドンは大富豪の跡取り息子であり、しかもこの話を紹介している庄司浅水によれば「紅顔の美少年」だったそうで、今風に言えば親ガチャで大当たりを引いたような前途洋々、何不自由ないセレブな人生を送るはずだったのですが、たまたま彼の通っていたクレルモン公立中学校にルイ14世が行幸したさいにその不幸が起こりました。

 クレルモン公立中学校は、ルイ14世が訪れたことをたいへん名誉に思い、学校名を「ルイ大王中学校」と呼ぶことにしたのですが、これを聞いたセルドン少年は「名前を変える必要なんかないじゃないか、もともとクレルモン(フランス語で〝やかん頭〟の意味がある)という立派な名前があるんだから」とルイ14世のはげを皮肉ったそうです。

ルイ14世時代のかつら


 それだけなら子供の他愛ない毒舌にすぎないのですが、余計なことをする奴はいるもので、セルドン少年の発言は学校に告げ口され、さらに国王にまで言いつける奴がいたらしく、ルイ14世は激怒。
 「けしからん、そんなガキは不敬罪で幽閉しろ!」ということで少年はあわれ囚人となってしまったのですが、どうも昔のことなので懲役何年というようには定められていないのか、看守たちが杜撰なのか、なんやかんやで69年間も幽閉されてしまったわけですね。ということは9歳から78歳までを独房で過ごしたことになります。なんという台無しな人生。

 *

 ところが庄司浅水御大の紹介するこのエピソードは、noteを書くにあたって少し調べてみたところかなり誇張されたもののようなのです。

 こちらのサイトによると、実際にはフランシス少年が幽閉されたのは16歳から47歳?までの31年間にすぎず、その理由もルイ14世のハゲをからかったためではなく、どうやら教皇と国王のあいだの政治的緊張についての舌禍があったからのようです。

 おまえは浅水先生とネット記事のどっちを信用するのかと言われると、心苦しいけれど浅水先生の時代の、海の向こうで起きたことに対する検証には限界があったのではないでしょうか。
 それと話のキモからして、刑期が長くなるほうに誇張されるとしても短くなるほうに誇張されるとは考えにくく、したがって浅水先生のバージョンのほうが尾鰭がついたものと考えるのが妥当なのではないか。

 よかった、69年間も幽閉された少年はいなかった、実際には31年間で済んだのだ。
 まあ、それでも充分に人生台無しという感じはしますけど。

 *

 ネットスラングに「風物死」というのがありますが、大学生の新歓コンパで一気飲みをして死ぬ新入生、なんていう毎年のニュースも(最近ようやく減った気がするが)「人生台無し感」を感じて心打たれるものがあります。

 しかしこれ、「面白い」というのとはちょっと違う。べつに他人の不幸を喜ぶとかそういう意味ではなく、なんというか、ある種のいたたまれなさ、取り返しのつかなさに震える、言ってみればある種の感動ですね。

 さて、それではまた(・ω・)ノシ



【参考文献】

庄司浅水『奇談千夜一夜』

もしサポートしていただける方がいたら、たぶん凄いやる気が出て更新の質・量が上がるかも知れません。いただいたお金は次の文章を書くために使わせていただきます!