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コンピュータ少年、愛を検索する

 僕が社会人になったのは世紀の変わり目、ちょうど「2000年問題」なんてえのが騒がれていた頃で、パソコンやインターネットが急速に社会に広がりつつあるけれど、まだまだ多くの人には馴染みのない、よくわかんないメカオタクがいじくってるもの、というような珍妙なものを見るような視線も並存している時代でした。
 当時、職場ではパソコンによる事務やインターネット販売を導入したばっかりで、入社したての僕はもっぱらパソコン担当、上の人たちはみんなパソコンのことはよくわからないので安田に聞け、という状況でした。

 で、そうやって仕事していると、お客さんの一人が僕に「コンピュータ少年」というあだ名を付けてきたんですね。
 別に嫌がらせとかではなく悪意のないからかい、それから上で述べたような珍奇なものに対する視線があったんだろうけど、まあ僕も当時は白くてガリ痩せで服装とかもTシャツ1枚とかで、いかにも「コンピュータ少年」という感があったのは否めません。
 で、そのお客さん、いやおっさんでいいか。そのおっさんが「コンピュータ少年はさあ」という語り口で毎回いろいろ尋ねてくるので、仕事しつつも受け答えしていたら、そのなかで

 「コンピュータ少年は、たとえば愛について知りたい時も〝愛〟って検索するのか?」

 という、2000年前後ということを差し引いても、思ったよりこのおっさんアレだな、という質問を投げかけてきたんですね。つまり「コンピュータ少年がコンピュータに幻想を抱いている」のではなく「熟年世代が〝コンピュータ少年〟に幻想を抱いている」というか。
 それで僕も、「いや、パソコンはべつに便利な道具ってだけで、そんな生き方が変わるような大したものだとは思ってないですよ」という、今から思えば多少ムキになったような受け答えをした。するとおっさんは

 「フーン、意外と醒めてるんだなコンピュータ少年は

 という、あくまでコンピュータ少年呼ばわりはやめない構えを見せつつも、一応は納得したそぶりではあった(念のために言っておくと別にこのおっさんが嫌いなわけではありません。まあそこらへんにいる「善良でちょっと雑な人」なんでしょう)。

 *

 ところがあれから四半世紀が経ち、世間を見渡すにたしかに僕たちは「愛について知るときもまず愛について検索する」んですね。デートの「べからず集」とか「モテる人の特徴」、ファッションやメイクの方法、告白の仕方や浮気の見破り方、別れ話の切り出し方、だけじゃなく相手を捜すときでさえ知人の紹介だとかお見合い、声をかけてよさげなスポットに出入りするとかではなく、マッチングアプリやSNSなどのサービスを使う。
 してみると僕たちは全員、おっさんのいう「コンピュータ少年」「コンピュータ少女」になってしまったとも言える。

Cyberlink PowerDirectorにて生成


 しかし、今のこの世相を見て、おっさんは僕たちを「コンピュータ少年」「コンピュータ少女」呼ばわりするだろうか、と考えるとむしろ呼ばわらないと思うんですね。

 逆にそれが当たり前のことになってしまったので、おっさんのほうが世の中に取り残された少数派(マイノリティー)になってしまった。スラヴォイ・ジジェクは「成功したイデオロギーはもはやイデオロギーと見做されない。成功したイデオロギーは社会の成員にとって当然の、意識すらされない大気のようなものになる」という意味のことを言っているけれど、「われわれの生活のはしばしにネットが浸透するのは当たり前」というのはもはや、この「成功したイデオロギー」みたいなもんになっているので、逆にアーミッシュのような、ネットを拒否する社会のほうが特殊で異端なものに見えるわけです。先日、実家のwi-hiがちょっと止まって、猫のエサやり器だとかトイレだとかが「機能しなくなって」えらい困ったらしい。ネットがなければネコを飼うことも出来ないんだニャア。

 したがって、社会批評家として見た場合のおっさんの凡庸さ(繰り返して言うけれどべつに嫌いなわけじゃないです)は、「表層的に奇異である時には奇異と唱えたものの、表層的に常識となった(社会全体が奇異になった)時にはむしろ常識と捉えてしまった」という、社会を論じつつも社会に内在する視点から一歩も抜け出ていないところにある。
 ……まあ後半は想像で、いまでも「ネットをする人たちは珍奇だ」と言い続けている可能性はありますが。ひょっこり現れて「ようコンピュータ少年! まだコンピュータを触っているのか? そろそろ本物の愛を知ったか?」などと言われたらこれはもう尊敬しますけど。

 そうなんです。僕たちはそういう奇妙な時代に生きている、みんな「コンピュータ少年」「コンピュータ少女」になってしまったんです。

 こういうツイートを以前にしたけれど、やれやれ、この引用一つ見つけるにも、蔵書をさばくっているよりも過去ツイートを「検索」したほうがぱっと見つかってしまうんだなこれが。
 とりあえず今日はそんな感じです。それではまた(・ω・)ノシ



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