見出し画像

浄土真宗法話「何でと思うな せっかくと思え」

講題「何でと思うな せっかくと思え」

              神奈川県 横浜市 善行寺 成田 善真 師

皆さまこんにちは。本日はようこそのお参りでございます。

先日こうゆう話を聞かせていただきました。

それは「有森裕子さん」の話です。

ご承知のとおり、有森裕子さんはバルセロナオリンピックで銀メダル

アトランタオリンピックで銅メダル。2大会連続でメダルを獲得した

マラソン界のレジェンドであります。当時監督であり

またコーチでありました、3年前に亡くなられました「小出義雄さん」との

エピソードであります。小出義雄さんはよくインタビューの前に

お酒を飲まれて、そして顔を真っ赤にして茶目っ気たっぷりに

受け答えをしていた。髭をたくわえられた本当にいいおじさんであります

その小出監督がよくおっしゃっていた言葉があるそうです。

それは「何でと思うなせっかくと思え」

これは当時現役選手でありました有森裕子さんはオリンピックの大会の

選考の前であるとか、大きな大会の前に必ず何か故障をしたり

怪我をしてしまったそうであります。

不安にかられているなかに小出監督はこのように声をいつもかけて

くださったそうであります。

それは「有森 何でと思うなせっかくと思え」

「せっかく故障したんだから、いましかできないことをしようよ」

「せっかく身体が休めと言っておるんだから、しっかり身体を休めようよ」

「人生意味のないことなんてなにもないんだよ」と

こうよくおっしゃったそうであります。

それを聞いて有森裕子さんは、アスリートとして一番してはいけないこと

つまり故障してまた怪我をしたりして調整がおくれてしまうという

焦りのなかで、心を落ち着かせてそして故障と向き合いながら

乗り越えられたというエピソードを聞かせていただきました。

小出監督は常々、「どんな状態であっても、せっかくと思いなさい」

「すべてが力になるんですよ」って、こうおっしゃったそうであります。

私たちも意識する、しないを別にして

過去にとらわれてしまったり、またしてしまったことに後悔をしたりして

また「何であんなことをしてしまったんだろう」

また「あの人さえいなければ」「こんなに頑張っているのに」と

いのちをすり減らしながら生きておるのが

私たちではないでしょうか

私の人生を振り返ったときにも、小出監督と似たような言葉に

出会ったことがあります。それはやはり同じように

してしまったことを後悔しているときに、くよくよしているときに

たまたま研修会で、先生としてお見えくださった梯實圓和上が

このような言葉をおっしゃっておりました

それは「過去の事実は変わらないが、過去の意味は変わります」

「過去の意味が変わったならば、過去の景色が変わります」って

こうおっしゃっておりました。

そのときに何か私の人生が、肯定されたような気がして

そして、情けないながらも愚かながらも、この私の人生に向き合って

そして、肩の荷が下りたという、そうゆう経験がございました。

私たちは大なり小なり、この人生のなかで失敗をしてしまったり

また恥ずかしい思いをしてしまったことが多くあると思います。

でもそのひとつひとつが決して無駄なことではなくて

むしろ私の人生を育み、育ててくださった

大切な人生であります。

過去歩んできたこの人生、決して無駄なことは何ひとつもなく

そして、すべて尊い意味を見出してくださる

そして、ときには立ち止まりながら大きな一歩を歩める教えが

私たちの「浄土真宗」というみ教えであります。

本日はようこそのお参りでございました。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?