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START発スタートアップインタビュー/株式会社アルガルバイオ


人に役立つ微細藻類 培養中
東京大学発ベンチャー 株式会社アルガルバイオ

微細藻類が備える機能性成分の効率的な産生や微細藻類の大量培養に関する技術を事業展開するために起業した、東京大学発ベンチャーの株式会社アルガルバイオ。設立から6年目を迎え、キーマンに話をうかがった。


・役に立つ微細な藻

 株式会社アルガルバイオ(千葉県柏市)は、東京大学の河野重行名誉教授による20年以上に及ぶ藻類バイオ研究の成果を基に、河野研究室で博士号を取得した竹下毅元研究員が、微細藻類から機能性成分を大量に生産し、またそれらを用いて事業展開をするために2018年3月に創業した東京大学発藻類バイオベンチャーだ。
 河野教授(当時)らは微細藻類が持つ可能性に注目し、生理機構の解明や育種、培養法の確立などによって、機能性成分を大量に生産する方法を研究してきた。有用な微細藻類は大量培養が難しく、そのことが産業としての成長を阻んでいたが、育種によって目的の物質を生産する能力に優れた株の作出や最適な培養方法を確立できれば、産業活用も進み私たちの生活に有益な効果をもたらす。アルガルバイオは、微細藻類の株から効率的に機能性成分である脂肪酸やカロテノイドなどを生産し、食品や医療、燃料などへの応用に挑んでいる。

・研究段階から起業前支援、そして出資

 河野名誉教授のアイデアを形にする研究「微細藻類の倍数化と重イオンビーム照射によるバイオ燃料増産株作出に関する新技術開発」は、2010年の国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業「CREST(クレスト)」において、研究領域「藻類・水圏微生物の機能解明と制御によるバイオエネルギー創生のための基盤技術の創出」の研究課題の1つとして採択され、注目すべき成果を挙げた。なお、CRESTとは、我が国が直面する重要な課題の克服に向けて、独創的で国際的に高い水準の基礎研究を推進し、今後の科学技術イノベーションに大きく貢献する卓越した研究成果を創出することを目的としたチーム型研究である。
 CRESTでの目標の一つは、クロレラによるバイオ燃料の生産に道筋をつけることであった。クロレラを培養する際、栄養となるチッ素やイオウが不足すると、デンプンやオイルを細胞内に貯めることがわかっていたが、そのメカニズムは未知であった。CRESTの研究では、このメカニズムの解明を目指し、全ゲノム解析によりエネルギー代謝や物質生産の経路とオイルやデンプンの生産に関わる遺伝子を明らかにした。この成果を基に、「クロレラによる複数色のカロテノイドと長鎖不飽和脂肪酸の大量生産」の研究プロジェクトとして、2015年JST大学発新産業創出プログラム(START(スタート))プロジェクト推進型 起業実証支援に応募し採択された。STARTの起業実証支援は、高い可能性を持った研究成果や技術を社会還元することを目指し、事業化のノウハウを持つ事業プロモーターと研究者をつないで、事業化に向けた研究開発の推進とベンチャー創業を支援する仕組みだ。START支援によって、クロレラ由来機能性物質の低コスト・大量生産法の研究開発という成果を基に、2018年株式会社アルガルバイオ設立。さらに2019年には、JST出資型新事業創出支援プログラム(SUCCESS)により、JSTが同社への出資を行った。
 研究段階から起業前支援、そして出資と、JST事業を活用しており、研究成果の社会還元に対しての期待は大きい。
 河野名誉教授は、「大学にいると外部の業界との交流が少ないので、START採択後の支援で、竹下氏と企業回りをしました。企業の研究室の充実した設備や、企業側が必要としている物質について起業前に調査ができ、大変勉強になりました」と語る。東京大学とアルガルバイオは2018年から、本格的な産学共同研究を通じてオープンイノベーションの加速を目指す、JSTの「産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム」(OPERA)にも参画しており、河野名誉教授はこのプログラムを通じてアルガルバイオと藻類の社会実装に向けて研究を続けている。

河野重行 東京大学名誉教授

 創業時に代表取締役社長として奔走した竹下毅(現取締役 CSO)は、河野名誉教授の指導の下、特任研究員を経てアルガルバイオを創業した。      「CRESTの枠組みで研究を続けていくうちに、大手企業から新規事業を想定した問い合わせが増えていきました。ここまで注目されているのなら、このまま研究だけで終わらせるのはもったいない、事業化してもいいのではと思いました。STARTでは、市場調査の一環で企業を回り、展示会で情報収集したりしました。東京大学は、大学発ベンチャーが多く、それに関わる先生方にアドバイスをいただける環境にありますが、研究者は起業などビジネスに関する様々な手続きなどが分からず、そこで起業を諦める人も多いのではないかなと思います。研究者は一緒に起業してくれる人を探すのが難しい。そのあたりの仕組みがあってもいいと思いました。CRESTとSTARTで、事業化への道筋となる研究や起業前の段階で多くのことを教えられ、JSTの支援を十分に活用させていただきました」

竹下毅 取締役

・起業から5年 経営基盤強化と開発へ事業ステージの進化

 大企業との受託研究や共同開発を中心に成長を重ね、創業4年目には「研究」という枠組みを超えて、開発へと事業ステージの進化を図る場面で企業価値の向上を目的に、経営の舵取り役を外部から迎えた。三井物産時代に米国で食品健康事業領域などフードテック事業を経験してきた木村周氏が2021年に代表取締役社長へ就任。創業者の竹下前社長は、基盤研究の拡充に時間を割くため取締役となり、経営幹部の役割分担を明確化させた。
 竹下取締役は、「研究とビジネス、異なる背景を持つ私と木村社長は、意見をぶつけ合いながらも尊重し合えると期待を持っています。創業時は研究からスタートしましたが、それをマネタイズするには企業でビジネス経験のある人が必要となり、商社経験者は適任だと思いました」。
 木村社長は、「現状は共同開発や受託研究、技術供与などが収入源ですが、創業当初からVC(ベンチャーキャピタル)から出資を受けているので、10年以内にはイグジットポイントを設定しなくてはならないと思います。だからIPO(株式公開)やM&A(合併・買収)も意識せざるを得ません。創業から6年目に入り国内事業は形が整ってきたので、今は海外事業も動き始めています。ベンチャーは、お金も人も時間もないので、目先のこと、2年後、3年後を見ながら今の仕事に取り組まなくてはならないので、落ち着かないですね」と笑った。
 2022年の累計資金調達額は約14億円に達し、よりビジネスに向かうための過渡期に入ってきたようだ。

三井物産から転身し2021年に迎えられた、木村周代表取締役社長

「CREST、START、SUCCESS、OPERAとアルガルバイオはJST発ベンチャーといっても過言ではないほどお世話になっています。あの会社はJSTが育てたといってもらっていいくらいです」と河野名誉教授。竹下取締役も間髪入れずに同調し一同の笑い声が響く。

・大量培養技術の確立と研究拠点の増加 さらなる成長へ

 藻類の培養はpHや温度光、培地といったそれぞれに適した条件で行う必要がある。さらに同じ藻類種でも培養条件を変えることで異なる物質の生産が可能だ。
 大量培養の技術開発の課題として、研究室の中だけでは培養量が限られてしまうことが挙げられるが、屋外の比較的大規模な培養系では、雨が降ると増殖が遅くなるばかりか、死滅してしまうこともある。ある程度の量を培養するため、当初は東京大学の屋上に150リットルの水深の浅い2枚の傾斜したガラス板を小滝で接続した、カスケード型(※)と呼ばれる培養装置を設置した。しかし、夕立が降ると実験が振り出しに戻ってしまうので、起業した翌年から温度管理ができて雨が当たらないようにとビニールハウスの温室を貸してくれる農家を探した。ところが農地は農業生産の目的でのみ使用可能なため、研究開発目的で藻の培養装置を使用することは難しいことが分かった。大学の研究室内で留まっているだけではわからないことの一つだった。
「当時はデータを取ることが目的でしたので、生産に該当しないということでした。藻類を温室で育てて出荷すれば農地のままでも利用が認められる可能性もあるとのことでしたが、当時の私たちにはハードルが高く、農地利用は法律で守られていると改めて分かりました」と竹下毅取締役は当時を振り返る。
 現在は、事務所オフィスの1階に大きめの1000リットルのチューブ式培養装置を設置している。2023年3月の毎日新聞「読む写真 藻が作るサステナブルな社会 写真特集」で色鮮やかに育つ藻の培養施設が何枚もの写真で紹介されていた。「この培養中の写真が大きく新聞に出たのはうれしかった」と河野名誉教授の顔がほころんだ。

1000リットルチューブ式培養装置


 直近では2022年に、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が公募した「カーボンリサイクル・次世代火力発電等技術開発/CO2有効利用拠点における技術開発/研究拠点におけるCO2有効利用技術開発・実証事業(基礎研究エリア)」に、関西電力と共同で取り組むプロジェクトが採択された。そして本プロジェクトの実施拠点である広島県大崎上島にアルガルバイオも研究拠点を設置。基礎的研究からさらなるステップアップだ。研究開発ベンチャーは、研究にどうしても一定の期間がかかるが、着実に成長への階段を上っている。

※海外を中心に微細藻類の大量培養に用いられる培養装置。光合成効率の最大化を目指し、太陽光の受光面積を増やしかつ水深が浅くなるように設計したもので、ポンプで循環することで増殖と攪拌を実現している。

企画構成/取材 山口泰博
国立研究開発法人科学技術振興機構
スタートアップ・技術移転推進部 産学連携プロモーショングループ


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