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研究成果を外へ届ける。さきがけ「量子情報処理」領域の研究者インタビュー

CREST・さきがけ・ACT-Xでは、研究者の所属機関が成果等についてプレス発表する際、社会に発信する意義があるとJSTが判断した場合は、JSTとの共同発表という形をとることによって、文部科学省記者クラブでのプレス発表も行うことができます。

今回は、2019年度にさきがけ「革新的な量子情報処理技術基盤の創出(量子情報処理)」領域に採択されてから、その成果をこまめにプレス発表されてきた大阪市立大学(現在は大学の統合により大阪公立大学)の杉﨑研司先生に、研究者としてのメリットも交えながら、プレスリリースに対する考え方や活用のしかたについてお話を伺いました。



指導教官の先生の勧め

――まずはさきがけで行っている研究内容について教えてください。

杉﨑研司先生(以下、杉﨑):さきがけ「量子情報処理」領域の第1期生として採択されました。バックグラウンドは化学で、いわゆる量子化学計算と呼ばれるものを量子コンピュータでなんとか効率的に実行するための理論づくりを主にやっています。

量子化学計算は、大雑把に言いますと、原子分子がどんな性質を持っているか、あるいはどんな反応性を示すかといったことを、実験をせずとも予測したり、あるいは実験だけではわからないことを明らかにしたりすることを目指しておこなうものです。

ですが、計算結果があまり実験結果と一致しなかったり、計算による予測が外れるというような場合もあります。その原因は、いろんな近似を導入したこと、あるいはモデル化をしてしまっているというようなことにあります。近似やモデル化をなんとか取り払った計算をしたいけれども、それは計算コストがかかりすぎるので、量子コンピュータを使って、一般的なコンピュータやスーパーコンピュータではできないような計算をするための理論的な枠組みを作りたいと、ここ最近は研究を進めています。

――ありがとうございます。以前、量子コンピュータでおこなう計算のアルゴリズム関係の研究成果を出した時は必ずプレスリリースをすることにしているとお聞きしましたが。

杉﨑:そうですね。正確には、その中でも私がファーストオーサーで出したものは全部プレスリリースをしているという感じです。

――まずその心意気がすごいと思います。そうやってプレスリリースをやっていこうと思われたのはどうしてですか?

杉﨑:初めてプレスリリースをしたのは、量子コンピュータと量子化学計算という枠組みで初めて書いた2016年の論文です。一番の理由は、その論文の責任著者で私が学生のときの指導教官だった先生に勧めていただいたというのがあります。

その先生がちょうど、定年退官後の特任教授の立場から、大学内で研究支援をする部署に異動されたんです。そこで研究成果を出すこと、研究成果を外部に発信することを支援する立場になられたこともあって、重要な論文に関してはプレスリリースをしようというような流れに。

そのあと大学としてもプレスリリースすることをかなり推すようになりまして、2年くらい前に大学がこういうパンフレットを作りました。

※統合により大阪公立大学となった現在も、広報ガイドを作成し、大学として広報活動の促進に取り組んでいる。

たとえば研究成果が出たときに、プレスリリースしたかったらどういう手順を踏むか、あるいは大学のホームページに掲載したいときにどういう手続きをしたら良いかといったことをまとめてくださったものです。

――学内の研究者の方が、研究成果をより積極的に発信できるようになるように、方法や手順がまとめられている感じですか?

杉﨑:そうですね。私自身はこのガイドが出る前からなるべくプレスリリースをするようにはなっていて、最近はプレスする前提でやっている感じです。

――指導教官だった先生の勧めで始めて、それが続いているという。

杉﨑:最初のきっかけはそうなんですけれども、実際やってみると、プレスリリースすることのメリットがすごく大きいというのを感じました。


書いた論文を見つけてもらえる確率を上げる

――プレスリリースすることのメリット、詳しく聞きたいです。

杉﨑:プレスリリースするとなったら、もちろんプレス原稿を書かないといけないという、その手間は増えますよね。ですけど、その手間以上に得るものはあると思っています。

ファーストオーサーのものに関してはなるべくプレスリリースするし、あとは量子コンピュータ関係の論文だったらオープンアクセスにするということは心がけています。結局、論文を書いたとしても読んでもらえないと意味がないですから。その、書いた論文を見つけてもらえる確率が、プレスリリースすることで大幅に上がるなというのが実感としてあります。

――見つけてもらえる確率、ですか。

杉﨑:これ、「Publons」というサイトの、自分の論文のサマリーを表示するページです。何年にどの雑誌にどのタイトルの論文が出ているとか、それが何回引用されたかといったデータが、Web of Scienceのデータをベースにして出されているんです。

たとえば、この中の「ALTMETRIC(オルトメトリクス)」というのを見ます。オルトメトリクスは学術論文の影響を測る指標で、簡単に言いますと、SNSやブログやニュースサイトなどにどのくらい掲載されたかに基づいて出されている数字です。他にも、同じ雑誌に掲載された中でどのくらいの反響があったかとか、さらに同時期に出た論文の中だったらどのくらいかとか、そういうデータも出たりするんです。

私の場合、比較的最近プレスリリースした論文のオルトメトリクスの数を見ると、ばらつきはありますが60~90ぐらいです。オルトメトリクスが5以下のものは、プレスリリースしていない論文なんですよ。

――すごい。そんなに違いがあるんですね。オルトメトリクスが高くなると論文のビュー数自体も増えるものですか?

杉﨑:やっぱりオルトメトリクスが高い方が、ビュー数も多めになる感じがします。ですので、プレスリリースをすることによって、論文をどのくらい見つけてもらえるかというのがかなり違ってきます。

――でも、たとえば個人でTwitterを使ったりして論文を宣伝することもできますよね。もちろんニュースに取り上げてもらえるのはプレスリリースをするからだとは思うのですが、論文を見つけてもらうという目的だけだったらTwitterだけでクリアできたりしないんですか?

杉﨑:Twitterだけだとやっぱり論文のビュー数は伸びないですね。国内だったらある程度広まるんですけど、海外まで届けようと思うと、海外向けのプレスリリースをしないとやっぱり全然だめです。

――なるほど。さらにひと手間かけて海外向けのプレスリリースをすることで、ぐっと広まるんですね。

杉﨑:どうしてもTwitterなどの場合、見る人は国内の方が多いですよね。そもそも海外は活動の時間帯が違うということもありますけれども、それを考慮して時間を選んで発信したとしても限界はあると思います。

海外向けのプレスリリースは、大学の海外プレスリリース担当の方からEurekAlert!といったような海外のニュースサイトに送ってもらうんですけれど、そこで取り上げてもらえたり、サイトのSNSで紹介してもらえたりする効果は大きいです。

――ここまで過去の論文のアクセス状況を一覧で把握できて、どうやって広まったか分析までできてしまうと、どうすればもっと読んでもらえるかとか、そういうモチベーションにも繋がりそうです。

杉﨑:そうですね。Publonには「arXiv」からの引用数などが含まれないのと、Web of Scienceがベースなのでもしそのリストから漏れると反映されないというのはありますけれども、どのくらい見てもらえているとか引用されているというのがわかるのは、モチベーションにはなりますよね。


正確さを担保しながら、いかにわかりやすく書くか

――プレスリリースをするための手間以上に、論文を格段に見つけてもらいやすくなるというメリットがあるということですけれど、そうは言っても論文とは違う文章や図を用意したりするのは大変なことですよね。

杉﨑:最近は論文に載せていない漫画のような絵が説明に使われていたりするプレスリリースも見かけるようになりましたよね。私も頭の中に作りたい絵が浮かぶことはあるので、直感的に伝わるように本当はもっと工夫したいんですけれど、いかんせん作る能力がない(笑)。

文章にしても、やっぱり論文とは別の能力がいるなというのは、プレスリリースの原稿を書いていてすごく感じるようになりました。やっぱり論文の場合はその分野の専門家が読むので、正確性と簡潔さ、あとはどれだけ信頼性のあるデータを出すかとか、先行研究と比べて何が新しいのかとか、そういうことに気を配ります。

ですがプレスリリースの場合って、新聞記者さんとか、雑誌・テレビの関係者の方とか、あるいは研究分野外の人、あるいはそもそも研究に携わっていない人が読む場合もありますよね。

なので、やっぱり正確さを担保しながら、いかにわかりやすく書くかというのが求められるなというのをすごく感じました。

――正確に、わかりやすく。すごく気を遣わなければならない作業ですね。

杉﨑:私の場合はわりと数式を出して理解してきた人なので、ひとつひとつ式変形を書いてもらったほうがわかりやすいんですけど、むしろ数式を出さずに言葉で説明しないといけない場合がありますよね。そういうのは論文を書くのとはまったく別の能力なので、もちろん大変なことではありますね。

あと、特に私の分野に関して思っていることとして、今、量子コンピュータって何というか誤解されている部分がかなり多い気がしています。

――そうなんですか?

杉﨑:「量子コンピュータを使えば必ず計算が速くなります」というような、いわゆる誇大広告のような認識が世の中にはあるじゃないですか。量子化学計算の分野でも、量子コンピュータを使えば必ず計算が速くなると思ってらっしゃる方はけっこういらっしゃるように思うんです。

――ああ、なるほど。

杉﨑:「量子コンピュータを使えば量子化学計算が速くなります」と書くのは楽なんです。そういった言い回しは使われがちなんですけど、私の場合は「計算速度が速くなる」という書き方をしていないんです。あくまで「計算量のスケーリングが良くなる」と言うようにしています。

実際に計算が速くなるかどうかは、最終的にはコンピュータのハードウェア・ソフトウェアのチューニングの勝負になってしまうので、あくまでこの研究でわかったのは計算量のスケーリングが良くなることだというのを、すごく気をつけて書いているつもりです。

――そのお話、すごく納得できます。杉﨑先生のプレスリリースの文章はいつも、それこそ誇大広告みたいな表現もないですし、逆にかみ砕こうとしすぎたりその後の可能性をアピールしようとしすぎて、成果の中核が不明確になるようなこともなくて、ちょうど良い誠実さを感じるんです。

杉﨑:ありがとうございます。プレスリリースは、たとえば他の大学で量子コンピュータに関わっている学生さんとかも読むわけじゃないですか。論文を読む前に、日本語で書かれているプレスリリースに目を通すことで一旦感覚を掴んでから、論文を読んで詳細を埋めて理解していくという方もいらっしゃると思うんですよ。

そうしたときに、かみ砕こうとしすぎてあまり正しくないことを言ってしまうと誇大広告に繋がることは間違いなくて。だからその点は、最近は特に気をつけています。

――そうだったんですね。プレスリリースをはじめ、“ちょうど良く”わかりやすく伝える経験を積めるような場は大事かもしれないですね。

杉﨑:それはすごく重要だと思います。極端なことを言えば、この研究分野で誰かがノーベル賞を受賞したら、一般の方が聞きに来たりするような講演会に出ることになるかもしれないじゃないですか。そういうことに対応できるような準備のようなことは、やっぱりしておく必要はあると思います。

そういった場で何が面白いかを伝えられないと、そもそも新しい研究者がその分野に入ってこないですよね。パッと見て面白そうだと感じてもらえないと。

極端な例かもしれないですけれど、研究を紹介するようなテレビ番組もそうです。僕が高校生の頃はNHK教育テレビで「サイエンスアイ」という番組をやっていて、受験勉強の休憩がてらよく観ていたんですけど、実はその番組である週に取り上げられた分野が、私が大学に入って選んだ研究室の分野なんです。

――えっ、そうなんですか!

杉﨑:それこそ高校生が見て面白いと思うように、何が難しくて何が新しいかを説明してくれる番組があると、やっぱりそういうものがきっかけで研究の世界に入ってくる人はいるわけですよ、自分自身がそうなので。だからそういう、説明する努力というのは、おそらくどんな分野でも必要なんだと思います。


プレスリリースを使って研究の世界の外にまで還元する

――もちろんご自身のご経験があるからこそだとは思いますが、研究成果を届けることやその質がどうあるかということに対して、どのような人にどのような影響があるか、そこまで深く想像されていたのだということに驚愕しています。

杉﨑:そもそも、私の場合だと特任の教員なので、プロジェクト予算とか大学の予算で雇用されていて、その他に研究費をいただいていると考えたときに、私が研究に携わるためのお金って、元を辿れば税金だったり学生さんが払った授業料だったりするわけですよね。

そう考えると、やっぱり研究は結果を出さないといけないですし、その結果も同じ研究分野の中や研究者という枠組みの中で収めるだけではなくて、その外にいる一般の方への発信とか還元ということに対しても努力はするべきだと私自身は思っています。もちろん、それが研究者の義務だとまで言ってしまうのは厳しいかもしれないですけど。

――研究成果を外に出す場というよりむしろ、研究の世界の外側まで還元する手段として、プレスリリースがあるということですか。

杉﨑:自主的にできることとして何があるか考えたときに、プレスリリースってやっぱり重要なツールだと思っています。自分自身のメリットとして、自分の研究成果を示せるというのと、わかりやすい説明をするような能力を養えるというのもあるんですけど、社会に還元したいという気持ちのほうが、それ以上にあるかもしれないです。


新しく研究分野に参入する方のための教科書

――杉﨑先生は2020年に「量子コンピュータによる量子化学計算入門 (KS化学専門書)」を出版されていますが、お話を伺っていると、培ってこられた説明の能力と姿勢とも決して無関係ではないもののような気がしてきます。どのような経緯でご出版されることになったんですか?

杉﨑:きっかけとしては、理論化学会の会誌に若手の先生が講義内容をテキストにしたものが公開されていたのを見つけたことです。たとえば「Hartree-Fock法の解説」といったようないろいろなトピックスがあって、それぞれ20ページくらいですかね。

やっぱりこういうのがあると良い、これの量子計算版が欲しいと思って。でも待っていても誰も作ってくれませんし、そもそも日本語でそういう解説が書けそうなくらいこの分野の初期から参入している人って誰がいるだろうかと考えると……自分で書くしかないなと。

――自主的に書き始めたということですか?

杉﨑:そうです。でも書いてみるとすごく勉強になりました。それまで理屈の部分を完全には理解していなかった部分も、書くために改めて勉強したので。

もうすでに書き直したいと思う部分も出てきているんですけど(笑)、それでもひととおり書いたことが勉強になりましたね。

――書くことに学びがあるというのは、先ほどのプレスリリースのお話にも通ずるものを感じます。しかも、書かれたものをオンラインで公開していたんですよね。

杉﨑:はい。公開後に、講談社の編集の方からちょっとお話したいとメールが来まして、単刀直入に「うちで出版しませんか」と言っていただきました。

――「見てもらえるようにしよう」という行動で、本当に見つけてもらえた、と。

杉﨑:私が量子コンピュータを使った量子化学計算の分野に入ったときは、そもそも本格的に取り組んでいる研究グループが世界に数ヶ所しかなくて、勉強しようにもレビュー論文も教科書もなかったんですよ。

その唯一の研究グループのところに滞在して勉強させていただく機会があったんですけれども、当時の量子情報のいちばん有名な本を渡されて、とにかく最初はこれを読みなさい、大学院生をひとりつけるからわからないところは質問しなさい、と言われて。でもそれだけでは量子コンピュータで何ができるようになるのか、正直まったくわからない状況でした。だから、分野に参入してから最初の論文を出すまでに、ものすごく時間がかかったんです。

――じゃあ、まだほとんど誰の足跡もついていないようなところから新しい分野を切り開いた感じだったんですね。

杉﨑:そういう経験もあって自分がめちゃめちゃ苦労したので、その苦労を次の世代になるべく味わわせたくないと言いますか。

それで、学部で研究室に入ったばかりの方とか、この分野に参入したいという方に読んでもらいたいと思って書いたんです。ですので、学部の卒業論文の引用に使ってもらえれば良いかなと、実はそういう思いもあります。

――ありがとうございました。研究成果をプレスリリースするにあたり、どのようなことを考えて、どのようなことに気を遣っているのか、その経験がない研究者の方などにもお伝えできればと思ってお願いしたインタビューでしたが、自分の仕事を届けることとそのための能力や姿勢が、今いる研究者だけでなく、将来の研究者を引き寄せることにもきっと繋がるのだということを実感させられました。杉﨑先生もおっしゃっていたように、どんな研究者も同じようなスタンスで取り組むべきというわけでは決してありませんが、自分のいる場所よりも少し外まで自分の仕事を届けたいと思っている研究者の方や、そんな取組みをサポートできるような方に、この声を届けられたらと思います。



インタビュー日:2021年12月10日
インタビュアー:国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)戦略研究推進部

杉﨑先生のさきがけ研究に関するプレスリリース

2020年9月17日
「スピン汚染」を効率的に取り除く新規量子アルゴリズムの開発に成功!
https://www.osaka-cu.ac.jp/ja/news/2020/200917-2
(大阪市立大学単独)

2020年12月24日
量子化学計算の常識を覆す新手法
スピン状態間のエネルギー差を直接求めることができる新規量子アルゴリズムの開発に成功

https://www.jst.go.jp/pr/announce/20201224/index.html

2021年3月17日
原子・分子のイオン化エネルギーを量子コンピューターで直接計算する手法を開発 ~化学研究に役に立つ量子アルゴリズム~
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20210317/index.html

2021年9月2日
量子化学計算のための汎用量子アルゴリズム
量子コンピューターで原子・分子の任意のエネルギー差を直接計算できる新規量子アルゴリズムを開発

https://www.jst.go.jp/pr/announce/20210902/index.html

2021年11月12日
高精度量子化学計算の新手法!量子コンピュータで原子・分子の全エネルギーを計算する新しい手法を提案!
https://www.osaka-cu.ac.jp/ja/news/2021/211112-1
(大阪市立大学単独)

2022年7月25日
量子コンピューター上での量子化学計算の効率向上へ  ~分子の波動関数を生成するASP法の実用化に大きな一歩~
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20220725-2/index.html