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CREST「細胞外微粒子」領域の成果インタビュー(渡邉力也先生・西増弘志先生)

SARS-CoV-2などの核酸を5分以内に検出できる、「SATORI」法の開発の成果が2021年4月19日にCommunications Biology誌に掲載されました(*1&2)。

この論文は、CREST「細胞外微粒子」領域・渡邉チームの渡邉力也先生(理化学研究所開拓研究本部、主任研究員)・西増弘志先生(東京大学先端科学技術研究センター、教授)とお二人のラボメンバー、他に2つの研究グループのメンバーが著者になっています。

渡邉先生と西増先生に、今回発表された成果の経緯や今後の展望について、お話を伺いました。

プレスレク

(プレスリリース記者会見時の写真、提供:西増先生)



着想から論文として報告するまで

――この度は論文がpublishされたとのこと、おめでとうございます。

渡邉力也先生(以下、渡邉):ありがとうございます。

――なぜ、新型コロナウイルス検出系確立の開発を行おうと思われたのですか。

渡邉:元々はCREST「細胞外微粒子」領域の研究課題でエクソソーム内包物の核酸をデジタルで検出する技術を作っていたのが出発点です。それをSARS-CoV-2の検出に応用できるのではと2020年の1月か2月ごろに西増さんと話して、それから最適化の実験を始めました。

やり始めるといろいろな技術的な問題が出てきて。例えば西増さんのところでやっていただいているガイドRNAですが、IVT(試験管内転写系)で作製するのにも一手間ありました。

デバイスの方も、歩留まりを上げるためにデバイスの製造の方からプロトコルの最適化まで行って。アッセイでいうと2,000くらい数ヶ月間で行いました。それでようやく形になりました。実は今回の報告内容は2020年8月ごろには完成させていました。

そうやってできたのも、CRESTで採択されていて、フレキシブルに動ける体制にあったというのが一番大事なポイントかなと思います。コロナ禍で制限の多い状況でしたけど、西増さんのところでもかなりしっかり実験をやってくださって、我々も理研のサポートで実験を続けられたというのもあって、このタイミングで外に発信することができました。

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――PCRベースの技術はたくさん出ていますが、一つの施設で同じ配列ばかりを増幅させ続けると偽陽性が多くなるといったことが、核酸を扱っているラボで言われていますよね。

西増弘志先生(以下、西増):最近もそういう話題が研究者の間でありました。

渡邉:このSATORI法はPCRを用いないので、そういった点は問題なかったんですけどね。でも驚くこともありましたよね。ガイドRNAとか。

西増:ガイドRNAはIVTで作製するのですが、一般的なプロトコルで作製すると1分子レベルの実験ではバックグラウンドがすごい高くて。そういった方法で得られたガイドRNAは、バルクの実験や構造解析を行う分には問題ないし、電気泳動で確認すると目的のものだけできているように見えるんです。だけど1分子解析で用いると、予想外に2本鎖RNAもできているようで、それがバックグラウンドの高さの原因と思われて。

論文を調べると確かに副産物もできるという報告があるんです。免疫の分野では結構問題になっているそうです。純度の高いものを得るためにいろいろ条件を変えたガイドRNAの調製を中川綾哉くん(東京大学大学院理学系研究科)という学生さんが行ってくれて、その日のうちに渡邉さんに渡してバックグラウンドが下がるかどうか解析してもらって、そんなことを2~3週間くらい繰り返し行って最適条件を見つけました。実はそこもキーになっています。

渡邉:郵送ではそれに要する時間がもったいないので、週に3~4回、早朝・深夜問わず東大を訪問して、(大学の入館制限があったため、入館手続きを行わずに済むよう)いつも門のところに自分が自転車で行ってサンプルを受け取っていました。

中川さんはものすごく実験してくれて、本当に有り難かったです。うちの研究室も、研究員の篠田肇さんとテクニカルスタッフの牧野麻美さんがペアになって一日50アッセイくらい、40~60日ぶっ通しで行ってもらって、最適条件を見出しました。

西増:そのおかげでロバストな実験系になりました。こういうところをうやむやにすると、後々使われる技術としては問題が出てきたりするので、きちんと行うべきだと思います。競合技術ではバルクの実験系だからかもしれないですけれど精製していないものが殆どで、実はバックグラウンドの値も含めて見ている可能性もある。論文などになってはいないけれどみんな気付いてはいることなんだろうなとは思いましたね。

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――最初に別の雑誌に論文を投稿されたとのことですが、Reviewerのコメントはいかがでしたか。ネガティブコメントはReviewer ナンバー……

西増:Reviewer #1でした(笑)。この方だけ執拗にネガティブでしたけど、他はそうでもなくて。良い技術だから早く発表すべきだとか、臨床検体で解析したほうがいいというコメントもありました。結局、最初に投稿した雑誌にはrejectされてしまって、次にCommunications Biology誌に投稿してアクセプトされました。

ダイヤモンド・プリンセス号の患者さんの検体から単離・培養した試料を用いて検証をすぐにやれたことも大きかったです。今回の共著者である野田岳志さん(京都大学ウイルス・再生医科学研究所、教授)がさきがけ「構造生命科学」領域時代の同窓生で、彼を知っていたからすぐにアクセスできたけど、そうじゃなかったら臨床の先生でウイルスを扱える人を探すところから始めなければならなくて、このスピード感の中で進められなかったと思うので。野田さんを知っていたという繋がりも大きかったですね。

――今回はCRESTの寄与が大きいとのことですが、このチームを編成されたのはどんなきっかけだったのですか。

渡邉:2013年度にさきがけ「構造生命科学」領域に採択され、さきがけ研究を行っていました。領域の中で同じさきがけ研究者の西増さんと知り合いました。お互いの研究内容を理解して、それぞれの技術や専門分野を活かして、さきがけ研究期間終了2年後にCREST「細胞外微粒子」領域に一緒にチームをつくって応募しました。このチームメンバーの中には、さきがけ「疾患代謝」領域の小松徹さん(東京大学大学院薬学系研究科、助教)もいます。

西増:僕は他にも、同じさきがけ「構造生命科学」領域で知り合った古寺哲幸さん(金沢大ナノ生命科学研究所、教授)とも共同研究を行って、ゲノム編集酵素であるCas9の動きについて高速AFMを用いて明らかにしています(*3)。さきがけは、共同研究のきっかけとなる人と人との繋がりを提供してくれるのが良かったですね。

SATORI法の命名

――今回発表した手法に「SATORI」と名付けた経緯を聞かせてください。

西増:最初はやっぱり「CONAN」だろうと。先行技術に「SHERLOCK」や「DETECTR」といった名前がつけられていたし、「CRISPR based application free RNA detection」の中のアルファベットから取ってこられる。そう考えていた頃に、プレプリントで真下知士さん(東京大学医科学研究所、教授)たちがCas3を用いた手法で「CONAN」(*4)を先に報告されていたのでやめました。あと何がありましたっけ?

渡邉:「KINDAICHI(金田一)」とかあったよね。

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西増:「KINDAICHI」とか「KOGORO(小五郎)」とか。だけど語呂も悪いし無理しても繋がらないなと思って。最近になって新たに分かったのですが、中国のグループがCas12を用いた系のまた違う当て字で「CONAN」と名付けていました。

すでに真下さんたちのCas3と中国のグループのCas12があるし、検索すれば某アニメばかり出るから、やっぱり「CONAN」にしなくて良かったなと思います。

渡邉:完全に西増さんのセンスですよ。英語名っぽい候補を出したら西増さんが「これはダメだよ」って。「やっぱり日本っぽい名前にしよう」ってね。

西増:「SATORI」は英語圏でもけっこう浸透している単語らしいんですよ。「ZEN(禅)」みたいに、日本文化の単語として。「先を見渡す」といった意味もありますし。

あとは発音ですね。「KINDAICHI」とかだと母音と子音の並びが、英単語としては発音しにくい。そういう、発音とかバックグラウンドがあって「SATORI」に決めましたね。

――いつ頃からネーミングを考え始めたのですか。

西増:論文の仕上げをしながら毎日考えていました。ネーミング、大事ですよ。「CRISPR」は良い例で、明示的ではないものの、語呂と”crisp”というサクッとしたニュアンスを考えて付けられている。発音もしやすいし、そのものもきちんと表している良い名前だと思うんです。

やっぱり名前は一度付けると残りますからね。今回間違えて「ZENIGATA(銭形)」って名付けちゃったとしたら、次に出す改良版も名前を変えるわけにはいかないので「ZENIGATA Ⅱ」になりますもんね。

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これからの研究・開発の方向性

――この「SATORI」ですが、どんな展開を考えられていますか。

渡邉:社会実装という観点からいうと、迅速に病院などに導入できるといいと思っています。やっぱり大病院だけじゃなく小さい病院にも置けるようなコンパクトなシステムで全自動のものを作って、街中の病院で先生や看護師さんが簡単に使って検査できるものを作りたいなと。

――検査結果は命に関わることなので、丁寧に扱わないといけないですよね。

西増:本当、命に関わりますからね。

渡邉:用途としても、例えばポータブルなキットにしてエンドユーザーの方が自分で検体をサンプリングして使用するというのはちょっと現実的じゃないと思うんですよね。サンプリングで絶対にエラーが出てしまうし。そういった状態をベースにして議論するのはすごく危ういと思うんですよ。だから、街中の小さい病院に設置したり、検査技師の方が常駐している検疫所や保健所に置けるようにすればいいんじゃないかなと思いますね。

――今後のCREST研究の方向性をお聞かせください。

渡邉:今回の技術はCRESTで開発を進めていた核酸検出技術を急遽、COVID-19の拡大によりSARS-CoV-2検出に適用させたものです。今回得た知見を、元々のCREST研究テーマに還流させ、エクソソーム内包物の解析に活かしたいと思います。エクソソームも疾患のマーカーなど重要な情報を持つ小胞ですので、新たな展開が得られて、また応用技術開発につながると良いなと思います。


インタビュー日:2021年4月22日
(文中の所属、役職名などはインタビュー日当時のものです)
インタビュアー:国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)戦略研究推進部

References:
1.  
JSTプレスリリース:新型コロナウイルスの超高感度・世界最速検出技術を開発
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20210419-2/index.html
2. Shinoda H. et al. Amplification-free RNA detection with CRISPR–Cas13, Communications Biology 4, 476 (2021)
https://www.nature.com/articles/s42003-021-02001-8
3.
Shibata M. et al. Real-space and real-time dynamics of CRISPR-Cas9 visualized by high-speed atomic force microscopy, Nature Communications 8 : 1430 (2017)
https://www.nature.com/articles/s41467-017-01466-8
4. Yoshimi K. et al. Rapid and accurate detection of novel coronavirus SARS-CoV-2 using CRISPR-Cas3, medRxiv (2020)
https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.06.02.20119875v1