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総合知最前線 ~さきがけ「パンデミック社会基盤」領域より~ 前編

2021年度に発足したさきがけ「パンデミックに対してレジリエントな社会・技術基盤の構築(略称:パンデミック社会基盤)」研究領域
「『総合知』で築くポストコロナ社会の技術基盤」という戦略目標のもとに発足し、去年10月にまずは1回目の公募(注)で12人の研究者が採択され、研究が始まったばかりの領域です。
この領域のテーマとなるのが「総合知」であり、それぞれの研究分野で極める「専門知」に対し、分野横断的な知のあり方を指しています。特に力を入れようとしているのが、人文社会科学分野と自然科学分野の融合ですが、このチャレンジングな課題にどのように取り組んでいくのでしょうか。
今回は、領域を取りまとめる研究総括の押谷仁おしたにひとし先生 (東北大学 大学院医学系研究科 教授)と、人文社会科学分野を専門とする3人の領域アドバイザーである香西豊子こうざいとよこ先生(佛教大学 社会学部 教授)、三浦麻子みうらあさこ先生(大阪大学 大学院人間科学研究科/感染症総合教育研究拠点 教授)、武藤香織むとうかおり先生(東京大学医科学研究所 ヒトゲノム解析センター 公共政策研究分野 教授)との対談から、「総合知」の最前線を探ります。

(注)さきがけでは1つの領域について3カ年かけて3回の公募を行います。2022年5月18日現在、2回目の公募を実施中です(募集期間:2022年4月12日~5月31日)。

それぞれの「専門知」とその背景(自己紹介)

研究総括 押谷 仁 先生
(東北大学 大学院医学系研究科 教授)

押谷
あらためましてよろしくお願いします。研究総括をしている押谷です。僕自身の専門は感染症です。
高校時代から山登りをしていて、京都大学におられた故・今西錦司いまにしきんじ先生の影響で最初は人類学に関心がありました。本当は京大の理学部に行きたかったのですが、入試に落ちてしまい、巡り巡って東北大学の医学部に入った経歴があって。感染症研究を始めたのも、そもそもフィールドワークをやりたいという理由からでした。
学生の時、当時東北大の総長だった石田名香雄いしだなかお先生(センダイウイルスを見つけたウイルス学では世界的に有名な先生)に進路を相談したら、「海外に行きたいなら感染症だろう」ということで感染症研究の世界に入りました。以来、ずっとウイルス感染症研究をやっていますが、どちらかというとフィールドワーク中心で、純粋なウイルス学というよりは疫学、公衆衛生学に近いこともしています。同時に、社会学的な観点から、小児肺炎の子供達がどうして医療機関を受診しないのか、といったような研究もしていて、自然科学だけではない研究もしています。

領域アドバイザー 香西 豊子 先生
(佛教大学 社会学部 教授)

香西
香西です。今日はよろしくお願いいたします。
もともと文化人類学とか民俗学のあたりから学問に入った人間です。
医療と社会の関係について追っていて、歴史的な事件や衝突などを手がかりに、その時に社会ではどういう合意のロジックがあったのかということについて研究しています。
ここ10年ちょっとは、突発的に起こる伝染病について、その伝染病対策に関する社会と医学の合意などについて調べています。例えば、予防接種の問題や、明治時代にできた「避病院ひびょういん」と呼ばれた隔離病院をどこに設置し、どんな場合に収容してきたか、満床になった場合どうしてきたか、などという現在の医療体制の逼迫などに通じる問題についても、その時に社会がどう反応して、医療がどう動いたかということを見ています。

領域アドバイザー 三浦 麻子 先生
(大阪大学 大学院人間科学研究科/感染症総合教育研究拠点  教授)

三浦
私が専門とするのは社会心理学で、「人」や「人がした何か」を対象にデータを取って、実証的な観点から何か言えることがないか、探究しています。世の中で何か変化があった時にその変化がどういうものなのか、その中で人間がどのように行動しているか、それがそれまでノーマルとされていたものとどう違うのかなどを考えるのは、重要なテーマの1つです。例えば東日本大震災の時には、自然災害と原発事故の複合災害による緊急事態によって世の中にどのような影響がもたらされたのかについて、ツイートの計量テキスト分析や長期にわたるパネル調査によって研究しました。今回のパンデミックも「人々の社会に大きな影響を与える要因」と捉えて、研究に取り組んでいます。

領域アドバイザー 武藤 香織 先生
(東京大学医科学研究所 ヒトゲノム解析センター 公共政策研究分野 教授)

武藤
私の専門はひとことで言えば医療社会学ですが、もう少し詳しく言うと、先端的な医療技術についてのELSI(ethical, legal and social issues: 倫理的・法的・社会的課題)について研究しています。もともと大学院に行こうと思ったきっかけは、自分が誤診された経験でした。そのあと、予防も治療もできなくて、遺伝子が主たる原因となる疾患について、その遺伝子を調べる技術をどのように使うかについて専門家だけで決めるのではなく、本人や家族にも参画してもらい、専門家と協働してルールを作るというプロセスに触れて感動してしまい、同じようなことを日本でできないかなと思い、この道に入りました。
医療技術ができる手前、つまり発想や構想の段階から、その医療技術によって将来影響を受けるかもしれない人たちを巻き込んで議論していく体制や、人を対象とした研究の倫理や規制の枠組みをどうやって作っていけばいいのかについて研究してきました。

パンデミック下で人文社会科学分野の研究者に求めるもの

押谷
このCOVID-19のパンデミックの問題に関して、人文社会科学の研究者にはいろいろな形で貢献してくれることを期待しています。この問題が起きてから僕がずっと思っていることは、自然科学が全てを解決できるとみんなが錯覚してきたけれども、結局それができていないということです。
例えば今、疫学の分野では感染症の数理モデルというのがよく取り上げられていますが、数理モデルは単純化したものであり、現実社会に適用するにはそれだけでは不十分で、そこに本来の人の心理や行動によって変わるパラメーターが必要ではないかと思っています。
単純なSIRモデル(Susceptible-Infectious-Recovered Model: 感染症の流行や動態を捉えた基本的な数理モデル)は人がみんな均一だという前提ですが、一人一人の行動は違います。モデルのそういうところには、例えばたぶん三浦先生の社会心理学の分野の知見が、今後は取り入れられるべきなんだと思います。

三浦
おっしゃる通りです。
社会心理学の分野では、例えば若者と高齢者、日本とアメリカなど、何らかの特徴で識別できるカテゴリーの間の平均値の違いに着目して議論がされることが多いですが、平均値はあくまでデータ全体を代表する値の1つであって、個々の値は幅広く分布しています。私が今回のパンデミック下でデータを取ったときも、例えばマスクを着けたり、手指消毒をしたりといった感染対策の行動をどれくらいの数の日本人が行っているのかについて大規模なデータをとると、分布の「だいたい平均あたり」に位置している人は3分の2くらいでしょうか。そういう「平均的な人たち」の分布の両端に、「説得しても対策を全くしない人たち」と、「対策をしすぎてしまう人たち」がそれぞれいるような分布をしているんですよね。そうした分布のデータをシミュレーションの中に組み込んでいくというようなことはできると思うし、人間の物理だけではなく心理とそのばらつきも考慮することはとても大事なことだと思います。

押谷
外れ値の話はこの感染症には本当は大事な話です。
いわゆる二次感染の異質性という、疫学の分野でも今回のパンデミックの最初の頃から着目されているところで、そこからクラスター対策が生まれてきています。実は、多くの人たちは誰にも感染させておらず、外れ値にいる、ごくごく一部の人たちが多くの人に感染させているというのがこの感染症の本質なんですが、この外れ値への対策が課題です。本当に行動変容をしてもらいたい人が変わっていないのが現状です。
今の政府の基本的対処方針でもターゲットを絞った対策というものが求められているかと思いますし、こういった問題をみんなでどういう風に考えていくのかを問いかけるというのが必要なのかなと思っています。

武藤
感染症に限らず、様々な政策の意思決定に数理モデルが活躍する時代になりました。ただ、感染症疫学と経済学のアプローチは、前提となる人間像が違うなど、それぞれ違うことを知りました。これまで両者の協働はなかなかできてこなかったと思いますが、私は、それを若い世代の人たちにはぜひ実現してもらいたいって考えています。

押谷
それこそ、このさきがけの中に入って一緒にやってもらいたいですよね。感染症数理モデルに取り組んでいる人と、行動経済学みたいなことをしている人が一緒に考えながら進めていくことが望ましいのだと思います。
ほかにも、武藤さんの専門分野(医療社会学)で見ると、COVID-19で社会のいろんな矛盾があぶり出されているという感じがしています。社会的弱者の問題について、世界中が見て見ぬふりをしてきたことがあからさまになってしまったように思います。
アメリカやドイツでは、食肉加工場などで働いているのはほぼ移民労働者ですが、非常に劣悪な環境で働いていて、そこでは何千人というクラスターが起きています。日本でも外国人労働者の問題とか、いわゆる夜の街で働いている人たちの問題とかが挙げられますが、どのようにアプローチしていくのかということこそ、人文社会学の専門家たちと一緒に考えないといけない問題だと思っています。

武藤
まさに、今回ウイルスのおかげで、社会経済的に孤立していたコミュニティがあらためて可視化されたんだと思います。
で、可視化されたあとにどうするかというところが今の問題です。今回は、世界的に格差の拡大軌道の中で起きたパンデミックで、しかもその軌道は続いています。今、社会経済的に脆弱な人たちの暮らしのあり方をどうするのかということに視点を当てた研究や政策が求められているのかと思います。
ただ、社会的に脆弱な人たちを対象とした研究テーマというのは、その研究分野の中で「閉じて」しまっていて、その成果を社会全体に還元して、社会全体の枠組みの中で議論するということがあまり起きておらず、そこが少し課題ですし、そこに研究者と社会をブリッジする仕掛けというのが必要かと思います。

押谷
香西先生がご専門の歴史の問題についてもいろいろ興味を持っています。僕は今回のパンデミックは、偶然起きたものではないと思っているんです。
グローバル化が進んで人の動きが活発になって、パンデミックのような問題が人類の脅威になるということは1980年代の終わりから言われていました。21世紀に入ってからも次々と自然からの警告がありました。2002~2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)にはじまって、鳥インフルエンザの問題と2009年のH1N1型パンデミックインフルエンザと続きました。けれども、みんなその警告に耳を傾けてこなかった。でも、歴史を振り返ると、感染症の大規模な流行はこういった「社会の転換期」に起きていたことがわかります。
例えば、日本では江戸時代は鎖国をしていたため非常に閉鎖系の社会で、こういった感染症に比較的強い社会でした。これが明治に入って開国し、一気に開放系になったことで、コレラ・天然痘、明治後期から大正にかけてはペストの流行などが立て続けに起こりました。明治に入ってから日本は、感染症に対して非常に脆弱な社会になりましたが、今回のパンデミックもこういう文脈で起きたことだと思うんです。
ただし、昔も同じようなことがあったという認識だけではいけなくて、歴史に学ぶべきところを考えていくべきだと思っています。

香西
そうですね。感染症の問題は人類が存在する限りは無縁にはなりえないので、その歴史をみるというのは大切だと思います。
例えば、明治になって日本に色々な感染症が入ってきて、その時なりに西洋のやり方、例えば開港検疫や隔離、交通遮蔽などを次々と取り入れるのですが、急性の伝染病が落ち着いて、明治30年くらいになった時に、今度は結核が大問題になりました。これには急激な近代化により、多くの日本人の肺が弱ったことで起きたという慢性的な要因がありました。この結核の流行を受けて、国は今の保健所に繋がる制度を敷きます。それと同時に隔離病院を解体していき、慢性的な伝染病にシフトした医療体制をとるのですが、戦後に感染症が落ち着いたように見られると、全国に敷き詰めた保健所という制度を徐々に解体していきました。
病院の数や内訳を見ても、以前は隔離を専門的に行う病院や梅毒専門の病院など、たくさんの種類の病院がありました。それが一部保健所という形で置き換わり、全国に行き渡りましたが、戦後には、総合病院という形で、隔離専門病院などが統合されていくなど、医療の制度自体がかつてのものとは変わっていっています。
では、何が変わったのか、どこで、どういう合理性の名前のもとに社会が変えていったのでしょうか。保健所でいうと、普段何をしているかわからないからという理由で統合や廃止を主張されることがあります。その考え方はその時には合理的であるかもしれません。ですが、当初の目的を見失ってしまうとどういうことが起こるのでしょうか。こういったことについては歴史を見ることでこそわかるのではないかと思います。

押谷
おっしゃる通り、感染症に対する基盤を世界中が失ってきたことが今の問題の本質かと思います。
もう一回基本に戻って何が足りなかったのか、100年間の歩みをもっと真剣に考えなくてはいけないように思います。

香西
100年の間、感染症をなんとなく押さえ込むことができたので、過去に成功したやり方をどうしても最初は踏襲しようとしてしまいます。
日本での直近のパンデミックはスペイン風邪だと言われていますが、それ以降にも感染症の流行はありました。むしろそれが大きな流行にならなかったことが今回のように、急に感染症に社会が襲われたことにも繋がっていると思います。つまり、たまたまうまくいってしまった、今まであった防疫体制で何となく押さえ込めてしまっていたことが今回のパンデミックに繋がっているところはあるかと思います。
しかし、その成功事例の時代背景や社会的な条件が、今の条件と合致しておらず、また、ウイルスや病原体の性質も違います。そんな中で、対応できる力を社会が無くしていたというのが、今回のパンデミックで明らかになったのだと思います。

「総合知」で捉える感染症と歴史 「忘れられる感染症」を切り口に

押谷
歴史に関連して、ずっと不思議に思っていることが1つあるのですが、江東区の辺りを歩くと関東大震災の慰霊碑が数百メートル毎にあります。
関東大震災は1923年ですよね。10万人以上亡くなったと言われているんですけども。その前にはスペイン風邪のパンデミックがあって、38万人亡くなっているんです。でも、日本にスペイン風邪のパンデミックの慰霊碑って少ないですよね。
そういう記憶に残らない感染症の有り様っていうのは何に規定されているんでしょうか。

香西
考えられることがいくつかあるんですけども、大正時代のスペイン風邪当時、何が警戒されていたかのかということに関して、私は最近、衛生局が作った資料を見つけたのですが、東京に感染拡大の兆しがあった段階でも衛生局は全くマークしていなかったということが書かれていました。それよりも、それまでの10年間で多くの人が亡くなっていた結核の方を警戒していたようです。このように、そもそもフォーカスされていなかったというのが理由のひとつだと思います。
もうひとつ、感染症の忘れられやすさというのは、死者が統計的にしか像を結ばないというところにおそらく理由があるのかと思います。地震災害などですと、どっと一度に死者が出て、かつ、そこのコミュニティの人たちがそれを記憶していこうとします。けれども、感染症は散発的に広がるので、亡くなった方は統計をとって初めて、合計で2万人とか、そういう形でしか見えてこないので、なかなか記憶をするのが難しくなるのかと思います。いくつか感染症の「碑」や「モニュメント」が残っているとご指摘いただきましたけれども、例えば京都府に「丹後大仏」と呼ばれる仏像が残っています。これは、その地域から集団で東京に旅行に行った人達が感染し、病原体を持ち帰って、そこで感染を広げてしまったことを記憶としてとどめようということでモニュメント化されています。つまり、何かコミュニティが関係せずに、散発的に数字だけあがるような死者というのは、記憶にとどまりにくいという特性があるのかなと思います。

押谷
なるほど。仙台市の水の森という所にも叢塚(くさむらづか)というのが残っていて、それは明治時代のコレラの碑なんですね。コレラというのは一度に多くの感染者が出て、亡くなりますので、そういう点で記憶に残りやすかったんだと思います。

武藤
ハンセン病文学を思い出しました。全国13か所の、いずれも人里を離れたところにある国立ハンセン病療養所に隔離されていた人々が手掛けた小説や詩です。ハンセン病患者は、らい予防法によって地元に戻ることも許されなかったので、外の世界に知られるようになるには時間がかかりました。療養所内では共有されていたかもしれませんが。
感染症で病状が悪化して亡くなるプロセスの中では、そこに関わる人間の数を最小限にすると思うんです。今も看取りから納棺までのプロセスでは、近親者が遠ざけられて、ご遺体を納体袋に入れたり、作業をする人を最小限にしたりすることがありますが、昔もそうだったとすると、その場面を目撃している人とか、記録に残す人がいないこともあると考えられます。

押谷
たしかに、避病院というのはだいたい町外れにあったりとかするので、遠ざけているということも関係あるのかもしれないですね。

三浦
私もみんなが体験を共有しているかどうかは大いに関係するのではないかと思います。震災や災害の場合だったら、今みなさんがおっしゃったように地域の人たちが軒並み同じような被害にあっていますが、感染症は少し様相が違います。また、モニュメントのようなものは、ものが壊れたり、明らかに地域・コミュニティの様相が変わったことを記憶にとどめたいような時に作られるようにも思います。そこに厳然として存在した何かが壊れて無くなってしまったことを残したいという思いが込められているのではないでしょうか。感染症について慰霊のモニュメントがあまりないことと、感染症がひどく拡大したことを私たちがすぐ忘れてしまうということは、ある程度繋がっているのかもしれないですね。この観点はとても面白いと思いました。

押谷
このCOVID-19に関してもそうですが、短期的な記憶すら残っておらず、みなさんが3、4か月前に起きたことを忘れてしまって、もう大丈夫だと思ってしまっているという繰り返しです。そういう問題というのを正面から考えて行かないとなかなか解決せず、だからすぐ世界中が気を緩めてしまい被害が拡大しています。それは歴史の中でも繰り返されていることですし、歴史の中で記憶に残らない感染症の問題、そういうところが大事なのかと強く感じています。

後編に続く)

対談日:2022年2月21日
(文中の所属、役職名などは対談日当時のものです)
文:国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)戦略研究推進部

CREST・さきがけ・ACT-X 研究提案募集ウェブサイト:
https://www.jst.go.jp/kisoken/boshuu/teian.html
「パンデミックに対してレジリエントな社会・技術基盤の構築」研究提案募集ウェブサイト:
https://www.jst.go.jp/kisoken/boshuu/teian/top/ryoiki/ryoiki_p09.html
提案書:上記ウェブサイトから入手可能です。
Q&A:募集要項の巻末にあります。
問い合わせ先:rp-info@jst.go.jp

また、募集に関する情報については、CREST・さきがけ・ACT-I/XのTwitterでもご紹介していますので、よろしければご覧ください。
Twitter:@JST_Kisokenkyu