GMP, QMSで要求される校正と真の"校正"の違い

「この機器は、校正されていますか?」
監査や査察で、よく見かけるこのやりとり、GMP省令(医薬品が対象)、QMS省令(医療機器、体外診断用医薬品が対象)で校正が要求されているため聞かれます。

この校正って言葉の定義(2019年制定)に従った校正を行う具体的な手順が未だ定まっていないというちょっと不思議な事態になっています。

※追記 無料で計量器のセミナーが毎年開催されています。来年以降を見逃さないようにメルマガ登録をおすすめ
https://www.jqa.jp/service_list/measure/topics/topics_me_382.html

製造工程(保管を含む。)に係る計器について、校正を適切に行う(当該製造業者等の責任の下、適切な認証機関等に依頼して行う場合を含む。)とともに、当該校正に関する記録の作成及び保管を要するものであること。

GMP省令 第10条(製造管理)第9号関係 

あらかじめ定めた間隔で、又は使用の前に、計量の標準 まで追跡することが可能な方法により校正又は検証がな されていること。ただし、当該標準が存在しない場合に おいては、校正又は検証の根拠について記録すること。

QMS省令 第 53 条(設備及び器具の管理)

その一般的な回答は、国家計量標準にトレーサビリティを持つ標準器と対象機器との「器差」が、許容誤差の範囲内であることを示すことです。

これで問題になることは無いですが、"校正/Calibration"の定義を調べてみると、非常に難解で、適切な解説がネット上ではみつかりませんでした。ISO/IEC 17025を所有する某試験所に、校正の定義について、確認しましたので、その内容を共有します。

ご意見を頂けると嬉しいです。


校正の定義~校正は調整することでは無い~

よく言われることですが、校正は調整することではありません。JIS Z 8103:2019 計測用語では、次のように定義されています。

校正(calibration)
指定の条件下において,第一段階で,測定標準によって提供される不確かさを伴う量の値とそれに対応する指示値との不確かさを伴う関係を確立し,第二段階で,この情報を用いて指示値から測定結果を得るための関係を確立する操作。

注記1 校正は,表明(statement),校正関数,校正線図,校正曲線又は校正表の形で表すことがある。場合によっては,不確かさを伴う,指示値の加算又は乗算の補正で構成することがある。
注記2 校正は,“自己校正(self-calibration)”と呼ばれる測定システムの調整(adjustment),又は校正の検証(verification)と混同すべきではない。
注記3 上記の定義の第一段階だけで校正と認識していることがある。

調整(adjustment)
ある与えられた測定しようとする量の値に対応して所定の指示値を示すよ
うに,測定システムに施す一連の操作。

注記1 測定システムの調整の種類は,測定システムのゼロ調整,オフセッ
ト調整,及びスパン調整(ゲイン調整ともいう。)を含む。
注記2 測定システムの調整を,調整の前提条件となる校正と混同すべきで
はない。
注記3 測定システムの調整後に,通常は再校正が行われる。

校正の第一段階と第二段階の意味が何を言ってるのかさっぱりわからないと思ったところが、今回のNoteを書いた理由です。こちらの説明は、後述しますが、とりあえず、校正と調整は、別物というのはわかりやすいです。

しかし、pH計および天秤などの機器で基準の値に「調整」することを「校正/Calibration」ボタンで行うので、実際には、調整の意味で使われることがあることは、ご存じだと思います。個人的には、調整ボタンに表現を変えた方がいいのではと思っていますが、難しい事情があるのでしょう。

JIS Z 8103:2019 計測用語とISO/IEC GUIDE99 :2007 国際計量計測用語-基本及び一般概念並びに関連用語(VIM)

JIS Z 8103:2019 計測用語は、ISO/IEC GUIDE99 :2007を元にして、2019年に日本工業標準調査会の審議を経て,経済産業大臣が改正した日本工業規格です。

ISO/IEC GUIDE99 :2007は、国際計量計測用語-基本及び一般概念並びに関連用語(VIM), International vocabulary of metrology -- Basic and general concepts and associated terms (VIM)のことで、国際的な計測用語の定義を決めたものです。

つまり、国際的な整合性を考慮しつつISO/IEC GUIDE99 :2007の用語を日本語化したものがJIS Z 8103:2019と考えます。

校正の第一段階

さて、校正の第一段階と第二段階の説明に戻ります。
第一段階は、「測定標準によって提供される不確かさを伴う量の値(1)それに対応する指示値との不確かさを伴う関係(2)を確立」することです。

下記の製品評価技術基盤機構 (NITE)の校正証明書の校正結果を基に説明すると、(1)は、標準器の「指示値」、(2)は、対象機器の指示値である「校正値」と対象機器の「拡張不確かさ」を示します。

拡張不確かさについては、こちらの産総研のセミナーに詳しく説明があります。簡単に説明すると対象機器より得られた値は、ルールに従った計算によると、不確かさの値だけ、ずれることがあるので気をつけてくださいという注意書きです。

独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)認定センターのJCSS校正証明書を改変
https://www.nite.go.jp/data/000100614.pdf 2023/9/10

従って、(1)と(2)により器差を求めることが、校正の第一段階です。

「注記3 上記の定義の第一段階だけで校正と認識していることがある。」とあるように、NITEのような ISO/IEC 17025 試験所及び校正機関の能力に関する一般要求事項 の認証を受けた機関でも、第一段階で完了し、第二段階までを実施していないというのが現状です。

(1)の値にも不確かさは、あるはずなので、その値を考慮する必要は無いのか?という疑問もあります。

校正の定義を完全に満たすことを実施していなくても、国際的に校正と認められる証明書を発行できるという現状は、まだまだ校正については、技術面で、定義に追いつく必要があるものであることを示しており興味深いです。

不確かさと校正

校正の第一段階でも不確かさを求める必要があることがわかりました。従って、国際的な定義によると、不確かさを記載していない校正証明書は、校正ではありません。

欧州薬局方では、分析を目的とする(品質試験用?)天秤には、測定の不確かさを求める必要があるという記載があります。米国薬局方(USP)のChapter 41にも、分析用天秤(USPの試験項目を実施する天秤)の場合は、10回の繰り返し計量によって、不確かさを求める必要があると記載されていますが、欧州薬局方の方は若干内容が異なり、ISO/IEC 17025基準での天秤の校正が必要なようです。詳しい方、教えて下さい。

欧州薬局方Chapter 2.1.7

「Balances for Analytical Purposes(分析を目的とする天びん)」を使用したコンプライアンスの確保
General Chapter 2.1.7「Balances for Analytical Purposes(分析を目的とする天びん)」は2021年7月に公開され、2022年1月から法的拘束力を持っています。これは、欧州の加盟国だけでなく、欧州市場に輸出する製薬会社も遵守しなければならない医薬品品質管理に関する必須の要件です。欧州薬局方には、米国のUSPと同様の法的地位が与えられています。

General Chapter 2.1.7
校正結果を校正証明書に記録する必要があり、ここに測定の不確かさを含める必要があることを記載

メトラー・トレド https://www.mt.com/jp/ja/home/library/white-papers/laboratory-weighing/ph-eur-analytical-weighing.html 2023/9/10

国内の天秤についても2023年にワーキンググループが発足しましたが、現状GxPの査察官は、校正証明書に不確かさの記載があるかについては、あまり気にしていないと思われます。

また、求めた不確かさを測定結果に、どのように反映したら良いのか、使用するユーザーに、戸惑いがあるように感じられます。

校正という言葉に、真摯なある業者は、不確かさを校正結果に記載しない場合は、校正証明書というタイトルを使いません。試験成績書などの別のタイトルを使用します。これを聞いたときに、さすがはISO/IEC 17025を有している試験所だと感心した覚えがあります。

校正証明書と許容誤差、有効期限

また、校正証明書は、合否判定を行うものでは無いため、合否判定および校正の有効期限の記載の記載もありません。許容誤差および有効期限は、使う人が決めてくださいというのが、校正の方針です。

校正の第二段階

では、校正の第二段階とは、どのようなものでしょうか?

第一段階で,測定標準によって提供される不確かさを伴う量の値とそれに対応する指示値との不確かさを伴う関係を確立し,
第二段階で,「この情報を用いて指示値から測定結果を得るための関係を確立」します。

この第二段階が意味することは、不確かさ方程式と呼ばれる方程式を導出し、対象機器のある指示値の「不確かさ」を算出できるようにすることらしいです。(諸説あり、JQA, JABなどで見解が分かれているというのが、2024年2月現在の状況です)

メトラー・トレドの天秤など、一部の機器には、不確かさ方程式が校正証明書の付属書類に掲載されています。

第二段階として、方程式の記載までを行っている項目がどの程度あるのか、ご存じの方教えていただけるとありがたいです。

検証(verification)

おまけとして、検証についても解説します。

GMP省令とQMS省令の要求事項は、少し異なります。QMS省令は、校正の代わりに検証でも良いとされています。

JIS Z 8103:2019 計測用語による検証の定義は以下の通りです。

検証(verification)
与えられたアイテムが指定された要求事項を満たしているという客観的証
拠の提示。

例1 対象とするある与えられた標準物質が,その量の値及び測定手順に対して,質量10 mgの測定試料まで均質であることの確認。
例2 測定システムが性能特性又は法的要求事項を満たしていることの確認。
例3 目標とする不確かさを満たすことができることの確認。

注記1 該当する場合は,不確かさを考慮することが望ましい。
注記2 アイテムとは,例えば,プロセス,測定手順,材料,化合物,又は測定システムのいずれであってもよい。
注記3 指定された要求事項とは,例えば,製造業者の仕様を満たしていることである。
注記4 国内の法定計量分野では,“verification”を“検定”という。
注記5 法定計量での検証(検定)は,OIML V1:2000 VIMLで定義しているように,また,適合性評価での検証は,一般に,測定システムに対する検査,及び標章付け並びに/若しくは検定証明書の発行を含む。
注記6 検証と校正とを混同すべきではない。全ての検証が妥当性確認であるとは限らない。
注記7 化学分野では,関連する事物又は活性の同一性の検証には,その事物又は活性の構造又は性質の記述が必要となる

検証は、社内校正や自社校正という呼び名で呼ばれていることに近い内容です。
「計量の標準 まで追跡する」ということから、計量の標準まで追跡できるように校正されている標準器と対象機器の値を比べる、つまり、「器差」を求め、その値が要求事項を満たしている(許容誤差の範囲内にある)ことが検証に該当すると考えることが出来ます。

JIS Z 8103:2019 計測用語による器差、真値、公称値の定義は以下の通りです。

器差
a) 指示値から真値を引いた値。
b) 標準器の公称値から真値を引いた値。

注記1 一般的に真値の代用として参照値が用いられる。
注記2 正しい値を得るには指示値又は公称値から器差を引けばよい。

真値
量の定義と整合する量の値。

注記1 測定の解釈における誤差アプローチ(error approach)では,真値が一意的で,実際には知ることのできないものと考えられている。不確かさアプローチ(uncertainty approach)では,量は本来どこまでも詳細に定義できないため,単一の真値は存在せず,量の定義と整合する複数の値からなる真値の組が存在すると考えられている。ただし,この真値の組は,原理的にも実際にも知ることはできない。それ以外の評価手法では,真値の概念は不要であるとして,測定の妥当性評価において測定結果の両立性の概念を適用している。
注記2 基礎定数という特殊な場合,その量は単一の真値をもつとみなされている。
注記3 測定対象量に付随する,定義による不確かさが,不確かさの他の成分と比べて無視できるほど小さいと考えられるときは,測定対象量は“本質的に唯一の”真値をもつと考えることができる。これは,ISO/IEC Guide 98-3:2008及び関連文書が採用している評価方法であり,この場合,“真の”という修飾語は冗長と考えられている。

公称値
測定器又は測定システムを適切に用いるための手引となる,測定器又は測定
システムを特徴づける量の丸め値又は近似値。

例1 標準抵抗器に表示された公称値としての100 Ω
例2 単一標線をもつ容量フラスコに表示された公称値としての1 000 mL
例3 塩化水素(HCl)溶液の物質量濃度の公称値としての0.1 mol/L
例4 冷凍保存のための上限温度としての−20 ℃

真値が標準器から得られると考えると、標準器と対象機器の値(指示値)との差を求めることが、「器差」に該当すると考えて良さそうです。

さて、許容誤差の考え方は、色々とノウハウがあるところですが、この話は次回以降にします。

校正のアプローチについては、ファームテクジャパン オンラインの記事に解説がありますので、参考になると思います。ループキャリブレーションがあれば、単体キャリブレーションに、そこまで意味があるのか、ちょっと疑問に思うところです。