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土木学会声明「今、そして未来に欠かせないインフラメンテナンス、 直面する困難を乗り越えるための処方箋」

土木学会事務局です。

本日、令和 3 年 6 月 8 日に弊会は「インフラメンテナンスに関する土木学会声明 2021~今、そして未来に欠かせないインフラメンテナンス、直面する困難を乗り越えるための処方箋~」を発表いたしました。本記事はその全文を転載したものです。(本文中のリンク・補注等は事務局にて付加しています。)
現在の弊会のインフラメンテナンスに関する取り組みについては、インフラメンテナンス総合委員会のサイトをご参照ください。

インフラメンテナンスに関する土木学会声明2021
~今、そして未来に欠かせないインフラメンテナンス、
直面する困難を乗り越えるための処方箋~

【概 要】

現在、我々が安全で豊かな生活を享受できるのは、これまでに整備されたインフラが適切に機能しているからである。2012 年の笹子トンネル天井板落下事故を契機に、各種インフラの老朽化が社会問題化したが、以降、インフラの老朽化に起因する事故や災害などを通じて、私たちは多くの教訓を得てきた。そのひとつに、インフラは整備だけでなく老朽化への対応すなわちメンテナンスを怠ると、国民の安全や豊かな暮らしが脅かされ、結果として国
益を大きく損ねるという重要な教訓がある。
近年、特に激甚化しつつある、あるいは切迫している大規模自然災害を鑑みると、防災・減災などの観点では、インフラの整備を今後も着実に進めつつ、災害をもたらす自然現象が発生した際にその機能が発揮されるよう、適切なメンテナンスを実施する必要がある。また、ストックされたインフラは、私たちのかけがえのない財産として、これからの時代のニーズにも応えるべく、確実なメンテナンスを通じて適切に供用していく必要がある。
今日においては、少子高齢化をはじめとするわが国の大きな変化を背景として、土木技術者などの担い手不足、地域格差など、国内のインフラ関連分野を取り巻く環境は大きく変化している。また、グリーン化とデジタル化は世界で急速に加速しているものの、わが国のメンテナンス分野における ICT の導入、体制や制度の整備などについては立ち遅れが顕著であり、これらの課題を整理し、解決に向けた対策を一刻も早く具現化することが喫緊の課題
である。
このような状況を踏まえ、土木学会は、インフラメンテナンスに関して直面する現状の課題を整理し、これらの課題を解決するインフラメンテナンスの変革のための7つの基本的考え方を提示し、変革に向けて今後進めるべき具体的方策を処方箋(方策)としてまとめた。

1.わが国のインフラとメンテナンスに関する現状認識(課題の整理)

わが国の膨大なインフラストックの高経年化が進行し、メンテナンスの重要性が謳われるようになって久しい。2012年の中央自動車道笹子トンネルでの天井板落下事故を契機として本格的なインフラメンテナンスの改革がスタートしたが、いまだに本質的な問題の解決には至っていないのが現状である。
ここでは、わが国のインフラとメンテナンスに関する現状を俯瞰し、具体的方策の提案に繋がる課題を整理した。

【インフラメンテナンスに関する近年の取組み状況】

●笹子トンネル事故から8年余りが経過したが、この間、このような事故を二度と起こさないという強い決意のもと、インフラメンテナンスに関する様々な取組みが、国、自治体、民間、学会等で展開されてきた。

●国では、法令の改正に基づく点検の義務化、各地方整備局等のメンテナンス会議の開催、点検データの公表、インフラメンテナンス大賞の創設、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)や官民研究開発投資拡大プログラム(PRISM)による技術開発などが進められてきた。また、NEXCO(※事務局補 NEXCO東NEXCO中NEXCO西)、首都高速阪神高速などの道路事業者では、大規模更新事業が開始されたほか、データプラットフォームの整備などが進められている。しかし、インフラメンテナンスを推進しやすい公共事業の実施体制への変革、予防保全型インフラメンテナンスへの転換に必要な予算の確保などについては必ずしも十分とは言えない。
●自治体においては、公共施設等総合管理計画やインフラごとの長寿命化計画(個別施設計画)が策定され、定期点検の実施など、計画的なインフラメンテナンスの取組みが始まった。一部の先進的な自治体では、新技術の導入や新しい調達制度の整備などの取組みが進んでいる。しかし、多くの自治体では、自治体内部の実施体制、財源の確保、技術者の確保、防災・減災事業とのバランスなどが原因で、必要なメンテナンスが確実に実施されているとは言い切れない。
●民間では、SIPやPRISMなどのスキームを活用した技術開発への参画、インフラメンテナンス国民会議の設置などの進展があった。しかし、インフラメンテナンスの産業化にまでは至っておらず、メンテナンス分野における民間分野の関心や投資が高いとは言えないのが実態である。
●土木学会では、笹子トンネル事故を受けて、社会インフラ維持管理・更新検討タスクフォースを組織して、「社会インフラ維持管理・更新の重点課題に対する土木学会の取組み戦略」を取りまとめ、様々な活動を展開してきた。具体的には、インフラ健康診断の実施と健康診断書の公表、「社会インフラメンテナンス学」(事務局補:I総論編・II工学編III部門別編)の発刊、自治体向けのインフラメンテナンスセミナーの開催などである。しかし、インフラメンテナンスに関する国民の理解を得る活動やマスコミへの発信はまだ十分ではなく、自治体に対する情報提供や技術支援についても改善の余地がある。これらの活動を展開するためのツールとしての教材開発、シンポジウムや論文集などの機会の創出も不十分である。
●このような中、国土交通省は、地方自治体も含めた所管分野のインフラの今後30年間の維持管理・更新費の推計結果を公表している。インフラに不具合が生じてから事後的に対策を行う事後保全型の維持管理・更新から、不具合が生じる前に対策を行う予防保全型の維持管理・更新に転換することにより、30年間の維持管理・更新費の合計が約3割削減できるとされており、予防保全型インフラメンテナンスへの転換が肝要であることが強調されている。
●また、2020年12月には、「防災・減災、国土強靱化のための5か年加速化対策」が閣議決定され、2025年度までの5年間で、追加的に必要となる事業規模を概ね15兆円程度を目途として、国土強靱化の取組みが重点的、集中的に進められることとなった。この中では、主要な対策の1つとして、事業規模を概ね2.7兆円程度とする「予防保全型インフラメンテナンスへの転換に向けた老朽化対策」が位置付けられ、予防保全への転換に向けた対策の加速化が期待されている。
●このように、インフラメンテナンスの着実な実施のための成果が出つつあるところと、必ずしも十分でないところの双方があるのが実状である。国などの規模の大きな管理者と比べて比較的規模の小さい自治体では、多くのインフラを抱えているにもかかわらず、体制の整備、人材と財源の確保、技術の普及などの面で課題が顕在化している。

【インフラが果たすべき役割】

●2014年の土木学会創立100周年宣言に記された通り、日本の近代土木技術は、100年以上にわたり、わが国を支える数多くのインフラの整備に貢献してきた。この間、安全、環境、経済(活力)、社会(生活)を揺るがす国難に直面したときにも、これらの克服の一助となってきた。
●特に1960~70年代の高度経済成長期においては、黒部ダム、東海道新幹線、名神高速道路など、多くのインフラが整備され、今日に至るまでわが国の繁栄を長きにわたって支え続けるとともに、災害からも国民と暮らしを守ってきた。
●現在、わが国は、70万余の道路橋、1万余の道路トンネル、1万4千を超える港湾の係留施設、延長110万kmを超える上下水道など、多くのインフラストックを擁するに至っている。
●わが国の未来を構築するための共通理念であるSociety5.0でも、あらゆる産業と経済活動においてインフラはその下支えとして位置付けられており、未来社会を具現化するために不可欠な存在であることは間違いない。
●建設の重要性については、SDGsのグローバル指標のうち、No.11(住み続けられるまちづくりを)として位置付けられている。
●2019年7月に開催された金融・世界経済に関する首脳会合(G20大阪)では、会合の成果文書として「質の高いインフラ投資に関するG20原則」が採択されており、①世界的な経済成長のためには、質の高いインフラへの投資が不可欠であること、②これからのインフラは設計・施工と維持管理を包括した整備が重要であること、③質の高さとは、完成度、高耐久だけでなく清廉性、公平性が必要であることが明記されている。
●さらに、2050年までに、温室効果ガスの排出を社会全体としてゼロにすることを目指して、今後はカーボンニュートラルへの対応が土木全体だけでなく、社会全体でも強く求められる。

【インフラメンテナンスの重要性】

●少子高齢化が進む将来のわが国でも、安全で安心な国民生活と安定した社会経済を保証するためには、インフラの機能を常に維持しておくことが不可欠であり、そのためのメンテナンスは国家の最重要課題である。
●従来、インフラの新設に重きが置かれ、予算、調達、契約といった社会の枠組みや技術開発の方向性が新設を前提としていたことで、インフラの効率的な整備に威力を発揮してきた。
●しかし、2012年12月2日に発生した笹子トンネル天井板落下事故を契機として、インフラの老朽化が社会問題化し、インフラメンテナンスの必要性が強く認識されるようになった。
●阪神・淡路大震災や東日本大震災のような地震・津波災害、令和元年東日本台風のような風水害など、大規模な自然災害の際には、被害を防止・軽減するインフラの役割が強く認識されるが、その機能を発揮させるためにはメンテナンスは不可欠である。
●わが国では少子高齢化が加速し、担い手や財源の確保など、インフラメンテナンスのみならず、あらゆる産業の根幹を揺るがしかねない将来が予見されている。

【国民の理解】

●今日では、橋やトンネルなどの土木構造物のみならず、学校、病院、集合住宅、農業施設なども含めたインフラ全般が老朽化の危機に瀕している。
●インフラメンテナンスの重要性は認識されながらも、国民からの理解が得られ難く、その結果、公的な資金導入も不十分である。
●また、海外の状況に目を向けても、以前から注目されてきた「荒廃するアメリカ」のみならず先進国でのインフラ老朽化は同様に深刻な問題となっており、例えば2018年のイタリアのモランディ橋の崩落は、一部の報道によると改修の必要性が認識されていた中での事象であった。このような事例を他山の石と捉え、わが国においても自治体をはじめとするインフラ管理者からの適時適切な情報発信とともに、インフラメンテナンスへの予算措置や人的投資の必要性について為政者および国民(利用者)全体の理解が重要となる。
●インフラメンテナンスが国力維持のために重要であること、人手不足など今後対応しなければならない課題が多くあること、特に地方部での脆弱性が顕著であることなど、社会全体への情報発信がこれまで弱かったと言わざるを得ない。
●インフラを取り巻く環境は、人手不足やインフラの経年劣化、異常気象など厳しい状況にあるが、インフラメンテナンスの最大の危機は国民の関心が薄れ、無関心になることである。
●新型コロナウィルス感染症拡大によるパンデミックの状況下にあっても、インフラは国民の生活と経済を常に支え続けるサービスの基盤として必要であり、そのためにはメンテナンスに対する国民の理解は不可欠である。

【インフラメンテナンスの技術開発・マネジメントに関する現状認識】

●GAFAに代表される急速なIT、ドローンやMaaS(MobilityasaService)といったイノベーションの潮流の中で、わが国の土木技術においてもこれらへの早急な対応が迫られている。
●インフラメンテナンスに関する技術開発は分野別に実施されてきた。土木学会においても各調査研究委員会等での優れた成果があるものの、これらが他の分野に十分浸透し、活用されているとは言い難い。
●劣化現象における多様性と個別性、漸進性現象の問題は十分に検討されてきたとはいえず、現象解明に対する不断的追求、マネジメントの観点からの成果の実務への反映には至っていない。
●メンテナンスミニマムに対する材料や構造の技術開発はこれまで多くなされてきたが、インフラシステム全体でメンテナンスを実施しやすくする開発・実践事例は少ない。
●歴史的な背景(インフラはメンテナンスフリーであるという迷信)もあり、建設分野では、設計・施工に係る市場は確立しているものの、維持管理に係る市場は未成熟である。
●ICTやIoTなどを活用した点検技術などの開発、管理者におけるデータ共有・活用の取組みなどに成果が出始めているものの、その社会実装、異分野融合を含めたより革新的な技術開発は他の技術分野ほど活発であるとは言い難い。
●しかし、わが国のインフラメンテナンスに関わる技術は世界的に卓越したものであり、途上国だけでなく海外の多くの国・地域に展開し得るものである。

【インフラメンテナンスの人材・組織および財源に関する現状認識】

●建設産業においては、他の産業以上に膨大なインフラストックのメンテナンスを賄えるだけのヒト、モノ、カネが充足困難な状況が見込まれている。
●特に都市部と比較して、地方部では人材や財源の確保、先端技術の導入がより困難であるといった地域間の格差が拡大しつつある。
●この格差については、地域間の格差だけでなく、就労人口、年齢構成、収入、休暇など、就労環境や労働条件等の面で、製造業などとの産業間格差も克服できていない。
●生活道路などの市民生活に欠かせないインフラの多くは、市町村が管理している。市町村が管理するインフラは、市民生活に強く関連するため、少数でも利用者が居れば、管理を継続せざるを得ない。
●地方の自治体職員にとって、新たな技術を導入する機会は少なく、建設からメンテナンスへ業務が転換する現代において、メンテナンスに関する情報を入手しづらい。一部の市町村では、インフラメンテナンスが先駆的に進められているが、それは特定の個人に頼ることが多く、実効的な体制を構築した組織は極めて少ない。
●多くの市町村では現在、インフラメンテナンスの重要性を認識し始めた段階で、周囲の市町村の状況を知らずに、自組織内だけで悶々として合理的な推進ができていない。
●インフラメンテナンスの高度化と実践は、インフラの多くを管理する地方自治体において特に強く望まれており、そのための情報発信や人材育成が不可欠である。

2.インフラメンテナンスの変革のための7つの基本的考え方

1)「インフラメンテナンスに対する国民の理解を」

インフラは私たちの暮らしに不可欠である。すなわち、インフラメンテナンスも必然的に不可欠と言える。国民にインフラメンテナンスの重要性をわが事として捉えてもらい、それに見合った国民からの理解と評価が得られるよう、インフラメンテナンスの社会的地位を確立・向上させる取組みを推進することが重要である。そして、国民にも積極的に働きかけ、他人事にしないことを丁寧に伝え、協働推進や理解促進に努めることが必要である。同時に、インフラの健康状態や機能維持のための方策など、メンテナンスの実態を客観的に捉え、国民に正しく伝えることの重要性が従来にも増して大きくなっており、報道や広報メディアを通じた継続的な情報発信が必要である。

2)「インフラメンテナンスを推進する体制の整備を」

将来にわたり必要なインフラの現状を直視し、必ずしも高度な技術や多人数によらなくても効率的なメンテナンスができる体制を整備すべきである。特に、市町村をはじめとする地方自治体では、技術職員数が顕著に削減されている中、技術系職員の確保に努めるとともに、的確な技術業務遂行には、技術職員の相互コミュニケーションができる環境の確保が不可欠であり、研修やOJTによる技術職員の能力育成、職員の士気と創意を高める工夫が必要である。この際、ICTやAIを活用して、DXを推進することで、効果的で効率的なインフラメンテナンスを可能とする環境を醸成していくともに、土木以外の分野や将来のインフラを担うであろう人々に関心を持ってもらう取組みも必要である。

3)「インフラメンテナンスを推進する制度の整備を」

高度経済成長期以降、インフラの整備を行いやすいように建設生産システムが構築されてきた。今後インフラの整備とメンテナンスを効率的に進めていくためには、技術だけでなく、法制度、契約、組織なども変革が必要であり、整備も含めたシステムやしくみの導入が不可欠である。インフラの整備からメンテナンスまでの情報を広く公開し、研究者や民間企業が活用していくことで、構造物の性能を見える化し、コストの最適化を図ることができる。今後、メンテナンスがより重要な社会になることから、そうした社会で必要なものを今から準備しておくバックキャストの視点が重要である。

4)「インフラメンテナンスの着実な産業化を」

様々な制約のもとでインフラを健全な状態に維持していくためには、生産性の向上だけでは十分でなく、インフラメンテナンスのプロセスを高付加価値化することが不可欠である。インフラストックを新設時と同等な機能に回復させるだけではなく、より高い耐久性・環境性能、点検や補修を行いやすい構造、DX推進への寄与、構造物のライフサイクルマネジメントに立脚したコスト低減等の観点でより優れたものに置き換えていく必要がある。メンテナンス産業を単なる直す産業から、技術者が活躍できる、また、これから社会人になる人や他分野の人にこの分野に興味を持ってもらえるような魅力的な産業に変革する必要がある。さらにメンテナンス費用が、修繕の材料費や人件費などに限らず、技術に対する対価を加えたものになり、関係する技術者のステータスを向上させるとともに、土木以外の分野も含めた新しいインフラメンテナンスを確たる産業へと発展させる必要がある。

5)「インフラメンテナンスを通じた戦略的な新陳代謝を」

時代・社会の要請や災害等の危機的な状況にも柔軟に対応し得る良質なインフラを整備し、そして適切に維持管理しつつ活用することにより、国民の安全・安心や豊かさを実現することが、インフラに携わる者、あるいは、インフラ自体に求められる不変の使命であることを認識すべきである。建設のみに依存せず、適切なメンテナンスも伴わせてインフラストックを最大限に効果的かつ長期的に使いこなし、新陳代謝が良く、生産性の高い持続可能なインフラ産業に生まれ変わるための取組みを推進することが重要である。これにより、カーボンニュートラルへの対応にもつながることが期待される。今後は、わが国の総体として人口が減少し、かつ、地域によって偏在し、高齢化が加速する中で、均衡ある国土の発展と誰一人取り残さない豊かな経済活動を持続させるために、未来社会の到来にも耐え得るインフラとなるよう、整備とメンテナンスのバランスを考慮し、統合や撤去も視野に入れた新陳代謝の良い戦略的な方策を講じていく必要がある。

6)「インフラメンテナンスによる価値創出を」

土木構造物のような公共性の高いインフラの場合には、費用として公的資金が投入されることが一般的であるが、現状の地方自治体では、公的資金の確保も困難であるのが実状である。このような状況下では、いわゆるキャッシュフローを明確にした民間投資が促進されるようなマネジメント戦略を講じることも重要である。インフラがそこに存在するからこそ、そこにメンテナンスに関わる仕事が生まれ、それを糧として人々の生活が営まれ、安全に安心して使えるインフラが利用されることで、様々な経済活動が展開される。このようなメカニズムが機能する可能性があれば、そこに投資効果が期待でき、これを地方創生あるいはまちづくりの足掛かりとなるよう、投資したくなるインフラとなるための価値を創出するための検討を進める必要がある。

7)「インフラメンテナンスの海外展開を」

インフラメンテナンス技術の海外展開は極めて重要であり、JICAとの連携などを含め、今後も積極的な活動を継続する必要がある。一方で、インフラメンテナンス技術の海外展開の方向性については、日本の技術や日本のシステムを移転するという時代から、今後は海外の現場を新たなフィールドとして、日本の技術の適用を検討する、データをとる、マネジメントを研究する、現地スタッフと共同することなどが求められる。また、国際基準の整備において主導的な役割を果たすといった方向性を志向すべき段階に至っていることを理解した上で、インフラ輸出への展開を図る必要がある。

3.インフラメンテナンスの変革に向けて今後進めるべき具体的方策

3.1国を挙げて取り組むべき方策
1)契約制度の抜本的変革

インフラメンテナンスに関わる契約制度や発注方式は、来るべき時代に向けた抜本的な変革が必要である。対症療法的に小規模の維持修繕工事を個別に発注するこれまでの方式から、合理的なアセットマネジメントの下で施設・空間の質を持続的に保つ仕組みに転換しなくてはならない。具体的には、①施設の劣化状況等が不明で仕様が事前に確定できない維持修繕工事に対する技術提案・交渉方式の積極的活用、②標準設計、標準工法を越えた、現場固有の条件をライフサイクルにわたって考慮する設計・積算体系、入札契約方式への転換、③長期性能保証、維持管理付工事発注方式、性能発注による包括民間委託、「民間事業者による提案制度」等を通した民間事業者の創意工夫の活用、④事業協同組合への委託やフレームワーク方式の活用を通じた「地域の守り手」の確保、⑤維持管理・修繕更新を含んだDBO(Design,Build,Operation)、コンセッション契約等の官民連携手法(PPP)の活用、等の方策の制度設計を国が主導して進めるべきで、地方自治体も新制度を挑戦的に導入すべきである。

2)新技術開発の促進と社会実装の推進

メンテナンスのように個別性が重視されるときには、担当技術者がそれぞれの案件にふさわしい技術を採用すべく努力すべきである。インフラメンテナンスを担う技術者は、整備量を「こなす技術者」から、個々の案件をじっくり「考える技術者」への転換が求められている。この転換を支える制度・仕組みとして、独占技術の容認も視野に開発者の発意を起点とするシーズサイドからの新技術提案制度、インフラメンテナンス国民会議などのネットワークを活用した新技術のニーズとシーズのマッチングの仕組み、技術開発者がその成果による恩恵を享受するとともに技術開発と現場適用がローリングし、継続的な技術進化を促すための制度、ベンチャー発の新技術を含め、実装を前提とする異分野との融合・共同開発による多様な先端技術が必要となる。同時に、これらの制度がその機能を発揮し、シーズサイドの新技術開発を促進するとともに、新技術提案による技術競争を可能とするための基幹的方策として、性能規定による発注制度を構築する必要がある。
新技術を市場に展開するには、失敗に寛容な考え方も、時には必要となる。国の行政機関が行う技術認証は、保守的な考えが先行するため「失敗」を許容する文化に乏しい。ベンチャー企業など幅広い業態に門戸を広げ、新しい技術の適用・展開を支援する前向きな認証制度のような仕組みの構築が望まれる。また、同時並行で、ある程度の失敗を許容するための制度設計として、保険を利用したセーフティネットのような考え方を取り入れること、新技術の認証を「有償」で行うことができれば、そこで集まった資金をさらなる新技術の開発・社会実装に循環させることもできる。

3)「インフラ総合診療医」の新規資格制度創設を含めた育成体制の確立

施設管理者や自治体等の技術者は、身近なインフラに接する第一線にあり、異常発生の際には、緊急対応や初期対応を行っている。また、地域のインフラの特徴や歴史・履歴を熟知し、専門技術者と連携することで、包括的にインフラの状態を理解して、適切な対策を立案するキーパーソンでもある。いわばインフラの総合診療医・かかりつけ医でなければならない。必要な資質を明らかにし、また、資格によってそれを裏付ける育成体制の確立が急務である。この際には、「専門医」として機能する地域の大学や研究機関等との連携を図ることをあらかじめ計画しておくとともに、国土交通省の地方整備局等、NEXCO、JRなどの当該地域でインフラを管理している規模の大きい事業者から協力を得ることも有効である。

3.2土木学会が取り組む方策
1)インフラメンテナンスのための教材開発

土木学会は、自治体職員等にとってインフラメンテナンスに関して業務遂行上必要な教材のライブラリー化を行う。ライブラリー化は、各分野のインフラメンテナンスに関する技術や体制に関して、他の分野に参考となる情報を含めて知の体系化を意識して提供する。また、自治体職員が都市部と地方部で差がなく学習できる教材として、Web公開講座「(仮称)自治体インフラメンテナンスの基礎」を開発し、運用を開始する。また、インフラメンテナンスに関わる技術者を養成する使命を有する大学等の高等教育機関のカリキュラムや教材等が、インフラメンテナンスの時代に合ったものとなっているか改めて検証し、土木学会と大学等の教員が一体となって改善に取り組む。

2)地方インフラを対象とした情報発信・共有の場の創出

土木学会インフラメンテナンス総合委員会健康診断小委員会が指摘するように、社会インフラの現状は地方の小規模な自治体ほど厳しい。その理由としてインフラメンテナンスに関わる財政力や技術力の不足が挙げられる。一方で、同委員会アクティビティ部会が2020年度にWebにより開催した全4回シリーズの「地方インフラを対象としたメンテナンス講座」では、様々な工夫により課題解決を目指す自治体職員の話題提供が目を引いた。また、これらの講座はこれまで参加に消極的だった地方の建設業関係者や自治体職員にとっても参加しやすいものであることが判明した。よって、土木学会は、地方におけるインフラメンテナンスに携わる技術者の意識と技術力の向上を目指したWebセミナーの継続的な開催について、これまでに収録した教材の活用方法も含めて検討し、実践する。また、自治体職員の情報共有・交換の場として、インフラメンテナンスシンポジウムを開催し、最新の実践事例を発信・共有する場を提供するとともに、自治体職員が主体となって地方インフラの現状と課題、対策などを考える「橋守サミット」などの特別企画枠を導入する。

3)インフラメンテナンスの優れた取組みの顕彰

土木学会には、これまで構造物の設計や施工に関する高度な技術に対し、論文集に論文を掲載したり、学会賞などを授与する仕組みはあったが、様々な工夫により地域のインフラを長持ちさせたり、市民との協働につなげるような取組みについては、評価する仕組みが存在しなかった。そこで、土木学会は、インフラメンテナンスシンポジウムを定期的に開催し、並行してインフラメンテナンスに関する論文集を編集・発刊することで、メンテナンスに関する地域の好例や新技術の導入、国際展開などに関する情報発信を行うとともに、優れた実践例に対し、賞を授与する仕組みを構築する。

4)インフラパートナー制度を活用した1億総インフラサポーター化

インフラの健康状態に常に関心が寄せられ、自らの健康を案じるように各構造物を健全な状態に保ちたい、との思いを国民に抱いてもらえるように、土木学会はインフラの健康状態に関して定期的な情報発信に努める。それは、単なる診断結果の報告に留まらず、インフラメンテナンスへの経済的・人的な投資が適切な規模であるのか、その投資の大小により我々の未来社会はどのように変わりうるのかなど、政策的な提言も含める。さらには、地域毎の違いにも目を配り、他の見本となる活動については大きく取り上げ、それを他の自治体職員と共有できる仕組み作りの役割を果たす。特に、市民協働型のインフラメンテナンス活動の促進は、インフラへの愛着や、それが健全に機能することへの共感を国民に定着させることにつながると期待される。土木学会は各支部とともに、これらの活動を進める団体とのインフラパートナーシップを通した協働に取り組み、それを自ら先導し、活動の好例を広く発信する。

【参考資料】

土木学会:社会インフラ維持管理・更新の重点課題に対する土木学会の取組み戦略、2013.7.1

国土交通省社会資本整備審議会道路分科会:道路の老朽化対策の本格実施に対する提言、2014.4.14

土木学会:インフラ・国土管理における土木とICTの融合に関する提言、2018.5.24

土木学会:インフラメンテナンス分野の新技術適用推進に関する提言、2020.4.23

土木学会:2020インフラ健康診断書、2020.6.10

土木学会:鉄道インフラの健康診断と将来のメンテナンスに向けた提言、2020.6.10

土木学会:COVID-19災禍を踏まえた社会とインフラの転換に関する声明、2020.7.14


国内有数の工学系団体である土木学会は、「土木工学の進歩および土木事業の発達ならびに土木技術者の資質向上を図り、もって学術文化の進展と社会の発展に寄与する」ことを目指し、さまざまな活動を展開しています。 http://www.jsce.or.jp/