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Beyondコロナの日本創生と土木のビッグピクチャー 第3章 ありたい未来を実現するために②

本記事は、2021年度土木学会会長特別委員会が2022年6月に公表した『Beyondコロナの日本創生と土木のビッグピクチャー~人々のWell-beingと持続可能な社会に向けて~』をnote向けに再構成して掲載したものです。提言の全文は、以下note記事よりPDFで入手いただけます。


第3節 土木のビッグピクチャーを実現する制度   

(1) 長期計画の制度化

① インフラ長期計画の法制度化

欧米諸国では、コロナ前から、20年30年先の姿を描き、質の高い基幹インフラ整備が経済成長を促し、雇用を創出するために不可欠な存在であるとして、既存インフラの再構築、新規成長インフラへの積極投資を進めています。

アメリカではインフラ投資雇用法に基づく1兆2000億ドル(約136兆円)の投資を決定し、イギリスでは、2050年の姿を目標に今後5年間でインフラに6000億ポンド(約80兆円)を投資する「国家インフラ戦略」を発表しました。カナダでも2050年までの道筋となる国家インフラアセスメントを発表し、オーストラリアは、2036年を目標とするオーストラリアインフラ計画を発表しています。また、アジアに目を向ければ、中国では2035年を目標とし、ICTに関わる新型インフラだけでなく、高速鉄道網や高速道路網、世界的な港湾・空港の整備等従来インフラにも具体的な整備目標を持って注力しています。

日本にも投資規模を明記したインフラの国家長期計画が必要です。それが、地域の持続性、地域の将来に対する安定感を高め民間投資に繋がります。また同時に、地域社会の安全を守り非常時の対応を担い、「あたりまえ」の維持に不可欠な産業としての建設業の技術力や継続性を支えます。インフラ整備には時間を要するため、事態が深刻になる前に必要なインフラ整備・保全を計画的・効率的・事前的・先行的に実施するためのインフラ長期計画の法制度化が肝要です。

② 地域の長期計画の法制度化

先進国のなかには、地域単位の長期計画の法制度を国が整備し、そのもとで地方政府が責任をもって計画立案し、空間整備と地域のインフラ整備を進める国々があります。

今後、我が国でも都道府県や市町村等の各地域が、きめ細かく、また継続的に「ありたい未来の姿」に向けて取り組むためには、事業ごとの計画制度を超えた分野横断的で実効性の高い地域長期計画の制度化を進めるべきではないでしょうか。統一的な枠組みのもと、地域が選択の幅を広げ独自の発展を目指すことで、市民と未来の姿を共有し,その目標に向けて安定的に取り組むことが可能になると考えます。

③ 長期計画における計画プロセスの法制度化

長期計画を策定する際には、目標とする社会の姿と、それを支える将来のインフラの絵姿を国民とともに描くプロセスを組み込み、それを国民と共有することが重要です。そのためには、国や地方自治体がアカウンタビリティを高め、国民に向けてアウトリーチを積極的に展開することが肝要です。長期計画の策定によって、基幹インフラの重要性や地域プロジェクトの必要性への国民の理解が深まり、行政への信頼を高めることが理想といえるでしょう。欧米各国が過去に市民参画を強化した対象が長期計画であったことにも留意が必要です。

今後、国民や地域住民の参加を明記した計画検討プロセスを適切に設計することを長期計画策定の条件に加えることが考えられます。 

(2) 事業の決定手法の見直し

近年、インフラ事業の採択・決定に費用便益分析が用いられるようになり、効率的なインフラ整備に対して一定の役割を果たしています。元々は、複数のインフラ事業のプライオリティの判断材料の一つとして費用便益分析が導入されましたが、現行制度では、B/Cが1.0を上回るかどうかだけで事業実施の決定を行うこととなっています。これは公共投資の本質ではありません。

私たちの生活経済社会における「あたりまえ」を支える事業、また安全、医療、雇用、教育、福祉等、ひとりひとりの国民にとっての安心で快適な暮らしを支える事業であれば、B/C<1.0であっても、公共投資として推進する必要があります。

ありたい姿を実現するためには、現状を受けた未来予測に基づく課題解決型のアプローチのみならず、こうありたい「未来像」を実現するためのバックキャスティングによるアプローチが重要となります。この意味でもインフラの長期計画の策定,それによる国民意識の向上が必要になります。ありたい姿を実現するためインフラの計画・評価手法を見直すことが必要です。 

図3.11 土木のビッグピクチャーにおけるインフラ事業の考え方

(3) 公的負担の制度化

① 巨大災害を想定した事前復興対策のための財源の確保

東海・東南海地震、首都直下地震、日本海溝・千島海港周辺地震等、甚大な被害をもたらすであろう巨大災害が切迫しています。阪神淡路大震災や東日本大震災では、被災地の直接被害のみならず、復旧・復興に必要な輸送のためインフラの回復に時間を要し、経済被害が長引いた経緯があります。

現在、東日本大震災後に策定された国土強靭化基本計画に基づき、国土強靭化施策が推進されていますが、とりわけ復旧・復興時に重要となるインフラに対しては、重点的に強靭化を進めることが重要で、単に直接被害額を抑えるだけでなく、インフラの早期復旧により経済被害の総額を抑える大きな効果、いわゆる“レジリエンスカーブ”改善効果が期待されます。

このように、東日本大震災等で得た多くの貴重な知見や教訓を踏まえ、事前復興を含む国土強靭化のための予算を別途確保し、着実に事前復興対策を行うことが重要です。そのため、国土強靱化基本計画では、目標、事業量を明記した5か年加速化対策を策定しています。5か年加速化対策の期間の後も、継続的・安定的な形で、事業規模を明示しつつ中長期的かつ明確な見通しに基づいた対策を、恒久的な制度のもとで、取組みを進めていくことが必要です。 

『国難』をもたらす巨大災害対策についての技術検討報告書(2018年6月、土木学会)に加筆
図3.12 事前復興対策による“レジリエンスカーブ”改善のイメージ

② 地域公共交通サービスのための公的負担制度

日本の公共交通は、交通事業として独立採算とすることを原則としてきました。しかし、人口減少・少子高齢化に伴い、地域公共交通は利用者の減少、経営状況の悪化、サービスレベルの低下という負のスパイラルが生じ、コロナ禍で一気にその悪い状況が加速化されてしまいました。この結果、地域に不可欠な公共交通サービスの存続が危ぶまれる危機的な状況になっています。また、地域公共交通を支えるために、自治体が赤字補填するケースが多くみられますが、そのような事後的な補助では、赤字削減が目的となり必要なサービス水準が維持できず、未来に対する計画的投資も困難な状況です。

このような状況に対して、移動の公平性の確保という観点から、公的セクターが必要なサービス水準を定め、自らインフラを整備・保有し、必要な運営費を税金等で負担したうえで、交通事業者に委託する仕組みづくりが必要となります。欧米諸国では、このような公共主導の上下分離・運行委託等の制度が一般化しています。運行事業者は地方自治体との契約によって必要額を受け取ってサービス提供を行うため、補助金や採算性という概念は一般的ではありません。

我が国では、整備段階の上下分離の制度は一定程度整備されてきましたが、今後、地方部を中心に、きめ細かな公共交通サービスを展開するためには、財源と一体となった公共交通の整備・保有・運行委託等の制度設計を進める必要があります。

 ③ インフラ空間の多様な活用を促進する公的負担制度

道路、河川、公園等のインフラ空間を活用した多様な活動により、地域創生に取り組む事例が増えつつあります。このような公共資産をより有効的かつ多様に活用するため、民間事業者のノウハウを活用して公民連携で進めることが期待されています。ところが、本来公的セクターが考えるべきインフラ空間の活用方法まで民間事業者に委ね、民間事業者の採算性確保の範囲でインフラ空間の質が決まってしまうという事例が散見されます。また、インフラ空間の使い手である市民や利用者の意見が十分に反映されていないケースもみられます。

このため、インフラ空間を活用した地域創生の考え方を公的セクターが定め、必要な運営費を税金等で負担したうえで、民間事業者の創意工夫を活かすことができる事業スキームの構築が求められます。この際、公的セクター、市民、民間事業者が協働する新たな公共体/エリアプラットフォームの組織化も重要となります。

(4) 共生促進に向けた国民参加

① 共生促進のために国民参加を制度化する意義

国や地域の長期計画を実行に移し、その目的を十分に達成するために、地域における共同の取組みが一層重要になっています。本提言ではそれを包括的に「共生」と称して改めて重視すべき価値としています。「共生」には災害時の「共助」、脱炭素に向けた「協働」、地域活性化のための「共創」イノベーション、他地域の課題を理解する「共感」など、「ありたい未来」に向かう多様な連帯の取組みが含まれると考えています。重要なことは、共生を活発化するための枠組みや仕組みを制度として意識的に構築することです。

 ② インフラに広く関わる国民参加の制度

インフラの長期計画,構想段階以降の事業計画段階、整備段階、運用段階の各段階において、積極的な情報公開や様々なメディアでの意見募集、多様な対話機会の提供などを行い、国民、市民、地域住民などが継続的に関わることのできる機会を設けることで、「共生」を強化可能な、一貫性のある仕組みをつくることが考えられます。これらと共同体活動への啓発や教育現場での国土・インフラへの理解促進を進めることによって、インフラの重要性への国民理解が深まり、供用後に至る共生の取組みが、地域防災力の向上やインフラ維持管理への参加などで一層進展し、インフラの機能を強固にすることが期待されます。


第3章 ありたい未来を実現するために①

第4章 土木の裾野の拡大と土木技術者の役割


7/21に、本提言のシンポジウムをハイブリッド形式で開催いたします。zoomウェビナーでの開催ですが、YouTubeでもライブ配信します。


国内有数の工学系団体である土木学会は、「土木工学の進歩および土木事業の発達ならびに土木技術者の資質向上を図り、もって学術文化の進展と社会の発展に寄与する」ことを目指し、さまざまな活動を展開しています。 http://www.jsce.or.jp/