日本インフラの体力診断(港湾)
土木学会事務局です。
土木学会では、インフラ健康診断・日本インフラの能力診断との組み合わせで、日本のインフラの「強み」「弱み」を総合的に評価する資料・データとして活用していただくよう、インフラの体力診断を行い、2021年9月22日に第一弾となるレポートを公開いたしました。
本記事は、インフラ体力診断のページに掲載したPDFレポートの内容から、港湾WGの内容をnote向けに再構成したものです。一部、脚注等省略している部分やリンク等を追記した部分がございます。詳細は「日本インフラの実力診断」のページに掲載しているPDFをご確認ください。
1.港湾の計画目標とその意味
日本の総貿易量の99.6%(重量ベース)を担う海上輸送における貿易額の約6割(図1)を占める海上コンテナ輸送に焦点をあて、主要国および主要港のインフラ体力診断を行う。
1.1 コンテナ輸送の発展
1950年代にアメリカで創出された海上コンテナ輸送は、徹底した標準化の経済的メリットにより瞬く間に世界を席巻し、図1に示す通り日本の貿易全体においても約4割をカバーするに至っている。船舶輸送は他の交通モードに比較して、顕著に「規模の経済」が発揮されやすく、1990年代以降のアジア経済の爆発的伸張の中では、その特性が遺憾なく発揮され、コンテナ船の大型化が急速に進展することとなった。今世紀における世界のコンテナ取扱量の推移を参考図1に、船舶の大型化の経緯を参考図2に示す。
2016年に開通したパナマ運河拡張も船舶大型化の一環である(図2)。
輸送効率を飛躍的に向上させる船舶の大型化の動きは、コンテナ取扱港湾に大水深化やヤード規模の大型化を要求することになった。また、投資余力を必要とする船会社の合従連衡が進み、アライアンスの再編による寄港地の絞り込みが行われている。結果として、後で示すように、日本を含めたアジア諸国の港湾においてアジアと欧州や北米等とを結ぶ国際基幹航路の寄港回数が年々減少する(図7参照)など、港湾間の競争が激化し、一部の港湾の超大型化(ハブ化)と港湾群の国際的階層化が進み、この流れに追随できない港湾は基幹航路の大型コンテナ船が寄港しなくなる「抜港」という事態が生じつつある。また、港湾運営についてもグローバル化の動きは著しく、中国の「一帯一路」戦略に見られるとおり、コンテナ港湾は今や単なる輸送インフラという機能を越えた重要な地政学的意味をもつ存在となっている。また、アジア域内の国際分業の進展に伴う域内輸送需要の増加や、2016年のパナマ運河拡張に伴うパナマックス船の配置転換等により、アジア域内航路の就航船舶についても大型化が進んでいる(参考図3)。
わが国のコンテナ港湾整備は、神戸港や横浜港に代表されるように、その初期は世界をリードするポジションにあり、その後も中枢港はもとより地方の港湾においてもコンテナ化が進展してきた。しかし、隣国の韓国・中国などに見られるような大規模な集中投資による積極的な戦略展開と比べ、需要に応じた投資を行ってきたわが国の港湾は後塵を拝している状況であり、新たな戦略が求められている状況である。
1.2現在の計画目標とその意味
国際基幹航路に対しては、その日本への寄港を維持・拡大することにより企業の立地環境を改善し、わが国産業の国際競争力の強化を通じて、雇用と所得の維持・創出を実現することを目的に、2010年8月に阪神港及び京浜港を国際コンテナ戦略港湾(以下、戦略港湾)として選定し、両港においてハード・ソフト一体となった施策を集中的に実施している。また、2019年3月には、これまでの政策目標の達成状況、個別施策の実施状況のフォローアップと見直しを行い、概ね5年以内に、戦略港湾において、欧州・北米航路をはじめ中南米・アフリカ等を含めた多方面への多頻度の直航サービスを充実させ、日本に立地する企業がグローバルに展開するサプライチェーンのマネジメントに貢献することをめざすこととしている。
この目標を実現するためには、寄港地において取り扱える貨物が多くあること(Cargo Volume)、寄港する際のコストが低廉であること(Cost)、さらには大型船が支障なく寄港できる施設が整っていること、寄港に伴う時間的ロスが少ないこと、周辺港や内陸との貨物の円滑な接続が可能であること、流通加工等付加価値を提供する機能が充実していることといった利便性が高い港であること(Convenience)の3つの要件を備えていることが求められる。また、大型船が支障なく寄港できる施設として、水深16m以深の高規格コンテナターミナルの着実な整備を進めることとされている。16m以深のコンテナ船用岸壁の規模及び配置に関しては、各港の港湾計画において、京浜港で14バース5,420m、阪神港で11バース4,400mの岸壁を配置する計画となっている(図3)。
2.計画目標の達成度
各港の港湾計画に位置づけられている水深16m以深の岸壁のうち、2021年7月時点で整備済みの岸壁は、京浜港で8バース3,090m、阪神港で7バース3,000mとなっており、現在整備中の岸壁は、京浜港で4バース1,710mとなっている(図3)。
また、施設整備以外の国際基幹航路の維持・拡大の実現に向けた取組の成果には以下のものがある。
国内からの集貨のための港湾運営会社を通じた支援により、国際フィーダー貨物量や国際フィーダー航路のサービス便数が増加
流通加工機能を有する物流施設に対する無利子貸付制度や物流施設の再編・高度化に関する補助制度を通じて、神戸港や横浜港等の大水深コンテナターミナル近傍で物流施設群の形成が進展
2020年10月からのとん税及び特別とん税の低減により、入出港コストが低減
2021年4月に横浜港南本牧ふ頭において「CONPAS」の本格運用を開始
民間事業者が遠隔操作RTGを導入する事業への補助制度を2019年度に創設し、現在までに名古屋港、清水港、横浜港、神戸港において事業を採択済み
民間事業者間の港湾物流手続の電子化を図るサイバーポートの第一次運用が開始
3.整備水準及び計画目標の国際比較
日本と比較対象とするのは、国別コンテナ取扱量(表1)が日本(6位)よりも多い中国、アメリカ合衆国、シンガポール、韓国、マレーシア、および地理的に近い台湾とする。なかでも、日本と同じく貿易立国が国の重要政策と位置付けられ、地理的にも日本に近い東アジア諸国を中心に比較を行う。各国の水深16m以深のコンテナバースを有する港湾を参考図4に示す。
ここで、以下の比較では、各国の特に主要港湾においては、当該港湾の取扱量のうち積替(トランシップ)貨物の占める割合(トランシップ率)が様々であることに注意が必要である。東アジア主要港におけるトランシップ率を参考図5に示す。なお、これらの取扱量には空コンテナを含み、国によっては国内貨物も含まれる。
①人口・GDPあたりの国別コンテナ取扱岸壁延長
各国における人口およびGDPあたりのコンテナターミナルの岸壁延長(図4)を比較すると、人口あたり・GDPあたりのどちらでみても、韓国・台湾・シンガポール・マレーシアのいずれよりもかなり小さい。
これらの国・地域は、いずれも日本よりも経済規模が小さく貿易依存度が大きいこと、また主要港のトランシップ率も大きいことを考慮しても、整備状況に差があるといえる。
特に16m以深の岸壁に着目すると、日本における16m以深岸壁の延長が全延長に占める割合が他国に比べかなり小さく、GDPあたりの延長でみると中国よりも低い水準となっている。
②主要港における岸壁整備状況
各国の主要コンテナ港湾と日本の戦略港湾におけるコンテナ取扱岸壁の水深別構成(図5)をみても、釜山港(韓国)、シンガポール港、タンジュンペラパス港(マレーシア)といったトランシップ貨物も多く扱っている港湾だけでなく、上海港(中国)やロサンゼルス・ロングビーチ(LA・LB)港(米国)のような輸出入貨物の取扱いが中心である港湾に比べても、日本の戦略港湾(京浜港、阪神港)における16m以深岸壁の割合は小さい。高雄港(台湾)は、16m以深岸壁の割合こそ日本の戦略港湾と同程度であるものの、残りの大半の岸壁も14m以上の水深となっており、14mより浅い岸壁も多い日本の戦略港湾とは状況が異なる。
各港における16m以深岸壁の整備状況を表2に整理した。釜山港21バース6,850m、シンガポール港32バース11,302m、上海港23バース7,950m、LA・LB港22バース8,970mなど、日本の戦略港湾に比べて開発のスケールが大きく異なることが地図上(図6)からも読み取れる。
③将来整備計画
表2に16m以深岸壁の整備状況と計画を示す。上海港やタンジュンペラパス港のように将来計画やその詳細が不明な港湾もあるものの、たとえば釜山港は現在8バース2,800mを整備中で、さらに17バース7,040mを計画、シンガポール港は同じく総延長26,000mを整備中、クラン港も16バース4,800mを計画中など、図6にも示す通り非常に大きなスケールの整備計画を有する港湾もある。これらの港湾で計画通りに整備が進んだ場合は、日本の港湾と整備状況にさらに大きな差がつくことも予想される。
4.インフラの質的評価:サービスレベルの評価
ここでは、コンテナターミナルの利用者(船会社、オペレータ、荷主)の立場から、以下に示す観点についてサービスレベルに関する比較を行う。
① ターミナルの運用
主要港の単位岸壁延長あたりガントリークレーン数(表3下段)を見ると、日本の戦略港湾のクレーン数は、他国に比べやや少ないものの、3)で述べた通り比較的浅い水深のターミナルが多いことを踏まえると、それほど遜色はないと考えられる。また、クレーン1基あたりの効率性(1時間あたりの1基あたり取扱本数)については、日本は最高水準にあると一般に考えられている。
一方で課題もある。ひとつは、バースごとにオペレーターが異なることなどにより、隣接するバース間でクレーンの融通が難しいことが多く、1バース(1船)あたりに活用できるクレーン数が少なくなると考えられる点である(参考図6)。
背後ヤードの利用も含め、連続する複数バースの一体利用によりオペレーションの効率性を高める必要がある。また、労働力不足や労働環境の改善、自動化技術の進歩、コロナ禍を受けたDXの推進などを背景に、コンテナターミナルの自動化・遠隔化が世界的に急拡大しているなか(表4)、日本の港湾においてもさらなる導入の検討を進めていく必要がある。
ただし、これまで世界で導入された事例のほとんどがグリーンフィールド(ターミナル新設時)での導入事例のため、日本の港湾においてブラウンフィールドでの導入(既設ターミナルの改良)を行う場合は、解決すべき課題がより多い状況にある。
②港湾の電子化
参考表1に示す通り、船舶の入出港や貨物の輸出入における行政手続きについては、日本(NACCS)を含め各国で導入が進んでいる。また、船会社・オペレーター・港運・フォワーダー・陸運・荷主等の民間事業者間の港湾物流に関連する手続きに関しても、シンガポールのTradeNet等を始めとして、カバーする範囲は多様ながら各国で導入・検討が進んでおり、日本でも2021年4月よりサイバーポートの第1次運用が開始されている。
③入出港費用
国際基幹航路に就航するコンテナ船の入出港費用について、横浜港、釜山港、上海港における試算結果(参考図7)をみると、日本の港湾における従来の入出港費用は、韓国や中国に比べて割高であった。
なお、国際戦略港湾政策の一環として、2020年10月より、欧州・北米航路に就航する外貿コンテナ貨物定期船が国際戦略港湾に入港する際のとん税・特別とん税の特例軽減措置が実施され、これが適用された場合は、参考図7に示す通り釜山港並みの入出港費用となっている。
④寄港サービス数
各港における国際基幹航路の週あたり寄港回数とその推移(図7)をみると、2010年頃までは日本の戦略港湾では減少していたのに対し、他のアジア主要港では増加または横ばいという状況であった。しかし、2010年以降は主として就航船舶の急速な大型化に起因し、アジア主要港でも軒並み寄港回数が減少または横ばい傾向にある。すなわち、寄港回数という観点からいえば放っておけば減少トレンドが避けられないなかで、日本の国際戦略港湾政策も含め、サービスレベルを維持するための、船舶大型化への対応、ターミナルオペレーションの効率化、港湾費用の低減などの国際的な政策競争が今後ますます激化することが予想される。
5.総合アセスメント
港湾貨物のなかでも海上コンテナ輸送に着目し、主として北米・欧州向け等の基幹航路に必要な水深16m以深のコンテナ岸壁を有する東アジア諸国・地域の港湾に着目し、日本の戦略港湾との比較を行った。
①大規模化が進む諸外国の港湾
コンテナ取扱量の世界的な増大に伴うコンテナ船の大型化や船社アライアンスの進展に伴い、寄港地が絞り込まれて港湾間競争がますます激しくなるなかで、東アジア諸国において、大型船の入港可能な大水深岸壁の整備が日本に比べて進んでおり、さらに将来の拡張計画においても日本を大きく上回る国々が存在している。
②多くの課題を抱える国内港湾、社会的要請への対応の必要性
諸外国の主要港湾と比較すると、日本の戦略港湾においては、大型船の着岸や積み替え利便性向上に向けたバースの柔軟な利用、近接する岸壁間でのガントリークレーンの相互利用による荷役効率の向上に資するターミナルの一体利用、自動化ターミナルの導入や港湾手続きの電子化などITを活用したターミナル運用の効率化、国内・海外からの集荷による取扱量の増加等を通じたターミナル関係費用の低減などが課題としてあげられる。加えて、最近では、カーボンニュートラルポート(CNP)の形成、セキュリティを確保した非接触型の効率的なデジタル物流システム等港湾物流のDXの推進、安定したサプライチェーンの構築のための港湾の強靭化といった施策にも取り組んでおり、これらを通じて世界に選ばれる港湾の形成をめざす必要がある。
③アジア域内物流への対応
アジア域内の中近距離航路の就航する港湾の国際比較は、主要港湾が中心となる基幹航路の国際比較と比較すると、データ入手の観点から難易度が高い。しかし、冒頭でも若干触れたように、増大するアジア域内物流への対応への視点も重要である。
アジア域内の水平分業の進展によって日本の各地域とアジア各地域間の貿易を拡大させることが地域の成長力に直結するようになり、戦略港湾以外の港湾においては、各地域の貨物需要の増加やアジア地域の港湾との直航サービス就航のニーズに対応してきた。その結果、地方のコンテナ港湾(京浜、阪神および名古屋・四日市港以外の港湾)は、日本発着のアジア域内コンテナ貨物の約1/4を取り扱い、その9割は港湾所在地都道府県の所在する地方内の貨物であるなど一定の役割を担っている。
このようななか、例えば、韓国の仁川港では、中国沿岸諸港向け航路サービスを中心に2,000~4,000TEU級船舶の就航に対応した港湾整備の充実を図るなど、地域の特性に応じた航路サービスの提供を進めている。日本においても、アジア域内物流に関しては、今後さらに輸送需要の増加が見込まれること、航路によっては就航船舶の大型化も進むと考えられること、さらには距離の近さもあいまって、よりスピーディーな物流サービスの需要への対応も期待されることから、日本の港湾においても、各港湾の地理的な特性やアジア諸港のサービスの進展を踏まえつつ、地方の港湾も含む日本の港湾システム総体として周辺諸国に劣らないインフラ規模とサービス水準の向上・提供を図る必要がある。
参考資料
a.日本港湾の近現代史
b.参考文献
1) 新版 港湾工学、港湾学術交流会編、朝倉書店、2009年
2)日本の港湾政策 ―歴史と背景―、黒田勝彦編著、成山堂、2014年
3)土木計画学ハンドブック(II編第11章:港湾計画)、土木学会土木計画学ハンドブック編集委員会編、コロナ社、 pp.555−590、2017年
4)グローバル・ロジスティクス・ネットワーク、柴崎隆一(編著)・アジア物流研究会(著)、成山堂、2019年
5)国際コンテナ戦略港湾政策「最終とりまとめフォローアップ」、国土交通省港湾局、2019年3月
6) 「みなと」のインフラ学、山縣宣彦・加藤一誠(編)、成山堂、2020年
7) 第3回国際コンテナ戦略港湾政策推進ワーキンググループ「国際コンテナ戦略港湾政策推進ワーキンググループ中間とりまとめ」、国土交通省港湾局、2021年4月