「蒼のアインツ」打ち切りに見るプロサッカーを描く事の難しさ
有料で購読している中で、最も楽しみだった漫画が終わってしまいました。。。
蒼のアインツという漫画で、私が知っている中では唯一ゴールキーパーを主人公にしているサッカー漫画です。
私はサッカーのポジションの中でキーパーが一番好きなので、物凄い期待感をもって読んでおり、事実かなり面白く感じていたので、打ち切りはショックでした。
「何でこんなに出来の良い漫画が打ち切りなんだ?話もしっかり描けているのに・・・」
そう思ったところで、私はふと自分の間違いに気づきました。
全く逆なのです。
何が言いたいかというと、「プロサッカーをしっかり描けている」からこそ、打ち切りに近づいてしまったのではないか?という事です。
サッカーファンの私が漫画オタクの妻と一緒に購読し考察していくうちに、蒼のアインツが打ち切られるべくして打ち切られた理由が見えてきました。
私:かれこれサッカーを20年近く見ている。キーパーが好き。
妻:漫画オタク。育児の合間に無料で見れる漫画を沢山読んでいる。
ネタバレをしつつ、だいぶ偉そうに書評させてもらってます。
① プロリーグ(ドイツ2部)というフォーマットの難しさ(リーグ戦とカップ戦)
蒼のアインツの舞台はドイツ2部リーグの中堅チーム"レーゲンスブルク"というチームです。
漫画の中に出てくるレーゲンスブルクの成績(2部リーグの中位程度)を見るに、日本でいうところの水戸ホーリーホックくらいなの規模かな?という印象です。
さて、このレーゲンスブルクというチームですが、リーグ戦の目標はプレーオフに入れる順位。
リーグ戦で昇格を目指しつつカップ戦を並行して戦っております。
「上手く行けば滑り込めそう」と思える現実的な目標です。
私の様なサッカーファンだと、特に何も違和感を感じる設定ではないのですが、サッカーの事は詳しく知らないけれどとりあえず読んでいる、という層にとっては全く印象が違います。
まずリーグ戦とカップ戦の価値の違いが分からないのです。
妻曰く「主人公が何に悔しがっているのか、(私の解説が無いと)全く理解できない」という事でした。
主人公はセカンドキーパーとして選ばれ、カップ戦ではスタメン、リーグ戦ではベンチという立ち位置でした。
プロの試合を日常的に見ている人であれば、この立ち位置について共感したり、応援をしたくなると思います。
しかし、読者の大半、つまりプロサッカーが日常に存在しない人たちにとっては、頭の切り替えをする事が不可能なのです。
「『試合に出れない、悔しい』って、さっきのページで試合に出てたじゃん・・・?」
という具合です。読者の大半にとってはリーグ戦でもカップ戦でも同じ「プロの試合」に見えてしまうわけです。
よって、このカップ戦という存在を通した心理描写が、有効に機能していなかったと思います。
なんだったら下手にカップ戦を描かず、「試合に出るエドガーと練習試合にしか出れない主人公」という構図でも良かったかもしれません。
② プロリーグ(ドイツ2部)というフォーマットの難しさ(プレーオフ)
そして、これもフォーマットについてですが、「1位を目指しているわけではない」という設定について、イマイチ燃える事ができないという事です。
私なんかは実際にJ2の昇格プレーオフがかかった試合などを生観戦した事もありますので、試合前の緊張感や、実際に参入が確定した時の安堵感、試合後にSNS上で盛り上がるサポーターの期待感など、全部が肌感覚で分かります。
ですが、まずプレーオフという単語自体を日常生活で聞かない為、妻には全くピンとこないわけです。
「優勝とかなら分かるけど・・・そもそもプレーオフってどういうあれなの?」「2部って、大したことないんじゃないの?」
という具合です。
言われてみれば、その場にいた事が無い人に、プレーオフの魅力を伝えるというのは結構難しい事ではあります。2部リーグについても同じです。
極端に言えば、普通の読者の中にある単語は「優勝」と「敗退」だけなのです。
③ プロリーグ(ドイツ2部)というフォーマットの難しさ(長くてダレる)
リーグ戦ともなると、どの国でも30試合以上は戦います。J2リーグだと42試合です。
30回以上あるドラマをどう描くかというのは、なかなか骨の折れる作業だと思います。
リーグ戦という設定自体がどうしても中だるみしやすく、また緊張感を生みにくい土壌になっていると思います。
事実、J2からJ1昇格するチームも、大体年に6~10試合くらいは負けています。
私みたいに常にJリーグの情報を収集している人間であれば、どの試合は捨ててもよくてどの試合を落とすのが不味いのか、肌感覚で分かります。
しかし、この「負けが許される」という状況は、中だるみの状態を生みます。
実際の話で言うと、J2リーグ戦を優勝した柏レイソル(2019)やFC東京(2011)、ガンバ大阪(2013)なども、長いリーグ戦の中である期間はぐだぐだと勝ち点を取りこぼし、試合内容も褒められたものではない・・・という状態がありました。
なんやかんやで組織力×資金力の掛け算で、最終的にタイトルを獲得できるような素晴らしいチームを構築する事に成功しましたが、必ず発生するグダグダ期を面白く描くというのは、かなりの技量が試されると思います。
④ 何の課題をクリアすればいいのか分からない(ライバル編)
「結局ごっつぁん出場じゃん」
これは妻が主人公に言い放った辛らつ極まるセリフです。
"レーゲンスブルク"はリーグ戦を戦う中で、正ゴールキーパーのエドガーを負傷で欠き、試合途中で主人公の神谷蒼が出場します。
セカンドキーパーが試合途中で出場する難しさは想像を絶します。
私も覚えている限りですが生観戦で2回、キーパーが負傷で交代したのを見たことがあります。
急に来たたったの1試合で力を発揮できず、見限られてしまったキーパーも沢山いると思います。
逆に1試合でハイパフォーマンスを見せ、出世の切符を掴んだキーパーもいます。
キーパーの負傷交代という場面は、現実のリーグ戦で起こるとかなりの緊張感が走るシーンです。
しかしながら、残念なことに漫画としてはそんなに映えないわけです。
結局主人公が、「何の課題をクリアしたらエドガーを越えられるのか」というものが明確に示されていない為、負傷交代という形にするしかなかったのだと思います。
結果、エドガーの負傷をきっかけとした交代について、「運のいいやつだな」くらいにしか思われなかったという悲しい現実がありました。
キーパーは総合的な守備能力が試されるポジションであるため、明確に「何が」と表現するのは難しいと思います。
特にプロ、しかも総合力に優れたベテランキーパーであれば尚更です。
現実のプロの世界では、実力のあるゴールキーパーが交代になるケースは「怪我」「衰え」「大型補強」以外殆どないわけです。
私は無意識にその事を分かっていたのでスラスラと読み進め、特段違和感なく楽しめましたが、そこまでサッカーに詳しくない読者からすると、熱い展開とは言い難いわけです。
妻の「ごっつぁん出場」という辛らつな言葉には驚きましたが、言われてみればたしかにそうです。
例えば以下の様に、
主人公 < エドガー
主人公 + α > エドガー
と方程式を立てた時、αに何が入るのかが読み返しても全く分かりませんでした。
プロという舞台がアクシデント以外の交代を難しくし、エドガーという存在が実力も人格も優れ過ぎていた為、何かしらのアクシデント以外に交代させる方法が考えられなかったのだと思います。
もしエドガーが「実力は最高だけど性格とコーチングが最悪」ですとか、「身体能力は高いけれどもビルドアップが下手」とかなら、主人公が実力でスタメンを奪取できる突破口があったと思います。
ただ、2部とは言えキーパー大国のドイツで、その程度のレベルの選手がスタメンでいるはずがありません。
Jリーグで最高レベルの西川選手(浦和)や東口選手(G大阪)でも、ドイツ2部でレギュラーを獲得するのは至難の業だと思います。
あの川島選手(仏1部・ストラスブール)ですら、レギュラーは確約されないと思います。
つまり、ドイツの2部リーグという舞台を設定してしまった以上、ライバルのキーパーは総合力に優れた能力と人格を持つ選手以外考えられないわけです。
これが主人公の課題を曖昧にさせてしまい、成長すべき要素を分かりにくくしてしまったのではないかと思います。
⑤ 何の課題をクリアすればいいのか分からない(試合編)
作者の中村先生があとがきに「試合のシーンを描くのは苦手」「試合があまり好きではない」と書いていました。
ストーリーの構成の話なのか描写の話なのか、どちらの事を言っているのか分かりませんでしたが、主人公の初舞台であるレーゲンスブルク対ベルリンの戦いはかなり熱い展開で、最近見たサッカー漫画の中でもベストマッチと言える内容でした。
これで苦手と言ってしまったら、漫画家志望の若者に助走をつけて殴られても仕方ないかもしれません(笑)
この試合の特に熱いシーンは、コーチに教わったボールにアタックする感覚を存分に発揮し、スーパーセーブを見せつけるところです。
これは日本のキーパーとドイツのキーパーの意識と技術の差を明確に描き、そのギャップを埋めるために日々奮闘した主人公の練習シーンをしっかり描いていたため、本当に名場面と言って良いものだったと思います。
しかし他の試合では、主人公が何の課題を持って試合に臨んでいるのか分かりませんでした。
最後の試合は打ち切りが決まっていたでしょうから仕方ないにしても、ザールブリュッケン戦では明確な課題は描かれていませんし、タウヌスシュタイン戦では味方との絶妙なコミュニケーションでループシュートを防ぐ場面があったものの、フォーカスがエメリヒに当たっています。
キーパーはチャンスを作り出す事が難しいポジションなので、エメリヒみたいなチャンスメーカーの存在はストーリー上必要不可欠だったと思います。
しかし、これはキーパーの物語なので、主人公の課題と成長も上乗せしてほしかったです。
例えば、フィードやスローを練習しまくっていて、エメリヒの才能に気付いていた主人公が絶妙なタイミングで届けるのを狙っていた、とか・・・。
エメリヒの決勝戦は主人公のスローイングが起点となっていましたが、本当に何気ないシーンとして描かれていました。
キーパーからのスローイングは奥が深いと思うので、ここはもっと深く描いてくれたら嬉しかったです。
スポーツ漫画である以上、技術課題はどんどん深く掘っていくともっと魅力的になると思います。
特にキーパーは描かれる事も少なく、ブルーオーシャンで宝の山です。(無回転シュートへの対応、バウンドシュートへの対応、フリーキックへの対応、早くて重いクロスへの対応、ビルドアップ、ハイボールの高さと守備範囲の向上、ステップの使い分け、キャッチ・パンチの判断、相手との間合いの詰め方、倒れ込むタイミング、観客からのプレッシャー・・・)
ただ、やはりドイツ2部リーグという舞台が、課題の深堀を難しくしていると思います。
何故なら、総合的にレベルが高いから。。。
高校サッカーとかなら「今度の相手はハイボール攻撃やロングスロー攻撃に特化した長身チーム!」「U-18の天才司令塔が全てを操る王様サッカーチーム!」みたいな極端なコンセプトを打ち出しやすいと思います。
しかしプロリーグ、しかもドイツともなると、相手チームが極端さを表現するのは難しいところがあったかと思います。
失敗(課題の発生)→練習(課題への準備)→試合(課題の解決)の繰り返しが成長を実感させ読者を熱くさせますし、課題を表面化させるためには極端な特技を持ったライバルが必要だと思いました。
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最後に
①②③④⑤を合わせて、「漫画でプロサッカーを描くのは至難の技だな」と思いました。
リーグというフォーマットはかなり難易度が高いです。
私はその話に関連して、「ジョジョの奇妙な冒険」の荒木飛呂彦先生が一部欠点を指摘しつつも「トーナメント制は手堅い」と説明していた事を思い出しました。(荒木飛呂彦の漫画術(集英社新書))
フォーマットが単純明快で読者は理解しやすいですし、かつ負けは許されないという緊張感がいい味を出してきます。
大武ユキ先生の「フットボールネーション」などはアマチュアチーム"東京クルセイド"が主人公のチームですが、普段やっているであろう社会人リーグの描写を殆ど切り捨てて、天皇杯のみに絞ってストーリーを記載しています。
草場道輝先生の「ファンタジスタ」や「ファンタジスタステラ」も、普段やっているリーグ戦の描写はほどほどに、東京都のサッカートーナメントやオリンピック、そしてワールドカップという、普通の人にも馴染みのあるフォーマットで物語を進行させています。
リーグ戦をメインにしたサッカー漫画だとツジトモ先生の「ジャイアントキリング」がありますが、恐ろしくクセの強いキャラクターを大量に出せるクリエイト能力が生命線になっていると思います。
こんなに個性のあるキャラクターを量産できるのは天性の能力だと思うので、なかなか難易度の高い事です。
また、主人公が監督という立場なので、より高い視座からストーリーを展開できるのも強みです。
以上の事から、プロサッカー(ドイツ2部リーグ)という舞台設定は相当不利だったのではないかと分析しました。
おおよそこんな感じで、私が最も面白いと感じていたサッカー漫画、蒼のアインツについてつらつら書かせてもらいました。
結構辛らつに書きましたが、私の評価は☆5つです。
本当に打ち切られたのが悔しい!と思える漫画でした。
できればもう一度、違う形でキーパー漫画を描いてくれたら本当に嬉しいのですが・・・。
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