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神の社会実験・最終章

その後、僕やバイロンが心配していたような事は一切起こらなかった。僕が追跡されることもなかったし、浜辺に一対の蝙蝠の翼が見つかった、なんて言う報告もなかった。プルーは一切僕に連絡をしてこなかったし、彼女を見かける事もなかった。

「女性の中には、悩みを相談しても、実際に助言が欲しいなんて思っていない人もいるからね。黙って聞いてあげた事で、本当に満足したのかも知れないよ。」

そんな風に宇宙人である大将に慰められたのは、ちょっと面白かったけど、伊逹に一世紀近く地球に暮らしている訳ではないだろうから、案外的を得ているのかも知れないな。そうだと良いなと思いながらも、そのうちすっかり忘れて普段の生活に戻っていた。

それから半年後の、ある夕暮れ。バイロンのバスケットボールチームの遠征でたまたま通りがかった街で、プルーを見かけた。商店街で開催されているささやかな音楽フェスのステージでは、丁度ギターの前奏が終わり、プルーが歌いだすところだった。ノリ良くリズムに合わせて先を進んでいくバイロンを呼び止めて、一緒に歌を聴いた。ちょっぴりレゲエチックなその曲をギターで演奏しているのは、なんと大将の店の出前の男性だった。その歌は、正にボブ・マーリーの名曲「リデンプション・ソング」や「ノー・ウーマン、ノー・クライ」の様な、苦しく切ないながらも優しさに溢れ、前向きに未来に臨む人々の心を歌った物だった。沈みゆく太陽の赤い残光に彩られたその曲は、じんわりと心を温めてくれた。成程、これがボブ・マーリーの魂ってやつか、と直ぐに納得できる素晴らしい歌だった。観客の手拍子に応援されながら、しっとりと披露し終えた二人に盛大に拍手を送り、バイロンと帰ろうとすると、ステージから降りてきたプルーが飛んできた。

「ちょっと!水臭いじゃないの!」と僕らを呼び止めると、またステージの方に少し戻って、出前の男性も引っ張ってきた。僕が「お久しぶりです、素晴らしい演奏でした」と軽く頭を下げると、彼は恐縮してぺこぺことお辞儀を繰り返した。そんな彼を軽く叩くと、プルーは僕らに満面の笑みを浮かべた。初めて見るその表情は、いつぞやの天使たちの様に美しかった。

「私、やっと伯母のためにできる事を見つけたの。ほら、歴史は繰り返すって言うでしょ?だから、この島の住人が、昔の苦労を忘れて醜い争いを起こさないように、伯母の様な人達の事を歌うの。作詞はパパにお願いして、作曲はシンヤ。素敵でしょ?」

「うん。心に響いた。ボブ・マーリーの尊い魂が宿っていたよ。」

どうやら、シンヤと言うのは出前の男性の名前らしい。彼は、僕の言葉に物凄く喜んで、無言で瞳を潤ませていた。こうして改めてみると、彼もなかなか男前だった。

「そうでしょう!それでね、この歌詞と楽譜を、伯母に送っていい事になったの!本当は私が歌った物を録音して送りたかったのだけど、それは流石に無理みたい。でも、伯母のいる施設の人が、音楽家を呼んで、伯母のために披露してくれるそうよ。夢みたいでしょ!」

そう言って彼女は、子供の様にはしゃぎ回り、順番に僕らの首っ玉にかじりついてきた。良かったね、と軽く叩いた背中からは、蝙蝠の翼が消えていた。

「これから、鰻の大将の所で打ち上げなの。あなた達も来て!」

そうプルーは誘ってくれたけど、バイロンも僕もなんとなく遠慮しておいた。彼女はさほど気にする様子もなく肩をすくめ、「アルバムが出たら、取材してよね!」とだけ要求して、ちょっとホッとした表情のシンヤさんを引っ張って、ステージの方へ戻っていった。

「愛だねぇ」とにこやかに見送るバイロンに頷き、僕は完全に海に消え去ろうとしている太陽を見送った。あの海の向こうにある島国も、少しは改善されたのだろうか。

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