運命の恋、お届けします。5
「もしもし?どこ?」
「西口の方です!山下さんどちらですか?」
「反対方面出ちゃったかも」
「あ、じゃあ僕がそっち行きますね」
「えー、ごめんね。ありがと」
電話はその言葉を最後に切れた。
本当はヨドバシカメラには西口から行かないと結構遠いけれど、山下さんと少しでも長く話したかったから、僕が東口まで移動することにした。
歩くこと約3分、山下さんはご丁寧に中央の改札口まで来てくれていた。
柱によっかかり、スマホをいじっている。
「おはようございます」
「あ、おはよー」
僕が声をかけると、山下さんは顔を上げ、笑顔を見せた。
初めての私服山下さん。白のニットに黒のスキニーパンツというシンプルな出で立ちは、同じく白シャツに黒のスキニーを履いている僕とほぼ同じような格好だった。
「行きましょっか」
「はーい」
僕はそのまま、来た道を引き返すように、横浜駅の西口をめざした。
「ありがとうございます、横浜にしてくれて」
「いいえ。一昨日はこっち来てもらったしね」
一昨日の金曜日、飲み会の途中でカメラを買いに行く約束した僕らは、お互い週末の予定が入っていなかったこともあり、その2日後となる日曜日の今日、早速出かけることにした。
僕としては、一昨日会ったばかりの山下さんにまた会えるとあって、間に挟まれた土曜日さえも、オセロのように幸せ気分となったものだ。
「一昨日、私また変なことしなかった?」
山下さんが心配そうに問う。
「変なこと…はしてないと思います」
僕は、一昨日の山下さんを思い出しながらそう答える。軽いスキンシップはあったけれど、あれは「変なこと」のうちに入るのだろうか。
「良かった。あ、でも飯野くんのタバコ奪ったりしてたよね」
「あれはまぁ、大丈夫ですよ」
「酔っ払うとテンション上がるんだよね。引かないでね?」
ええ、もちろん。
「引きませんよ」
「まぁあそこで今日の約束も取り付けられたしね」
山下さんが悪戯っぽく笑う。
どうやら、また僕をからかいに来ているらしい。
「ちなみに、今日の予算はいくらぐらいで考えてる?」
「うーん、10万ぐらいですかね」
「やっぱそんなもんだよねー」
「買うならそれなりのもの買いたいですし」
「わかる」
などと話しながら、僕らは駅構内を出た。
西口からはもう、ヨドバシカメラが見えるぐらいの近さだった。
日曜日の横浜はやはり人で賑わっていて、中でも若者が多い。高校生ぐらいのカップルも見受けられた。
僕らもギリギリ若者の範囲だと思うが、ああいう学生を見ると、二度と戻らない青春を想起させて、どうしても羨ましくなった。
「見て、高校生カップル。横浜でデートなんて、オシャレだよね」
山下さんも同じところに目をつけていたらしい。
そういえば、傍から見れば僕らもカップルに見えるのだろうか。
「私が高校生のときなんか、地元のジャスコで遊んでたよ」
「いや、流石にもうイオンになってましたよね?」
「バレた?ババア感出そうと思って、嘘ついちゃった」
やっぱり山下さんは面白い。言葉の選び方とか、話し方にユーモアを感じる。
僕は、彼女のそんなところも好きだ。
「僕らもまだまだ若者ですよ」
「飯野くんはまだだけど、私はホラ、もうアラサーだからさ。アラサー独身女」
そうか、山下さんはアラサーか。
学年で言うと2つ上で、僕はまだ誕生日が来ていないため、年齢差は現在3つ。
僕もあと1年と少しでアラサーになるらしい。全く信じられないが。
「でもね、多分、私が中学の頃とか、ギリギリジャスコのとこもあったよ。田舎だったし」
山下さんがジャスコ話を蒸し返す。
ジャスコという響きを一時的に気に入っているのだろうと思うと、なんだか可愛かった。
「あれ、山下さんって東京じゃなかったでしたっけ?」
「東京だけど西の方だから。ド田舎よ」
「僕も、東京の端っこ住んでました」
「言うて23区内でしょ?一緒にしてもらっちゃ困る」
「いやいやほんとに、三両編成の電車乗ってましたもん」
くだらない会話をしているうちに、僕らはヨドバシカメラの入口までたどり着いていた。
早速中に入る。お馴染みの音楽が耳に届いた。
「えーっと、カメラは…3階か」
「ですね」
毎度のことながら、こういう家電量販店のフロアガイドはめちゃくちゃ見づらいと思う。
フロアごとに売っている製品群の幅が広すぎるし、フロアガイドとは関係ないが、入口が何個もあったり、エスカレーターが何個もあったりして、途中で自分がどこにいるのか分からなくなる。
今回も例外でなく、3階に上がった僕らは、早速途方に暮れることとなった。
「えっと、右かな?左かな?」
戸惑う山下さんを、今すぐにでもカメラで撮ってしまいたい。
そうだ、カメラを買って、2人でどこかへ出かけて、彼女の姿をフィルムに収めよう。
僕の脳内では、早くもそんな妄想が膨らんでいた。
「とりあえずテキトーに歩こっか」
「そうしましょ」
山下さんの提案に乗っかった僕は、彼女の後ろを歩き始めた。
ほどなくして、カメラ売り場に到達。
コーナーには無数のカメラが黒黒と並んでおり、その見た目にはやや圧倒された。
「うわ、めっちゃ種類あるじゃん」
山下さんも顔をしかめる。
この中から1つ選んで買え、は初心者の僕らにとっては、ハードルが高すぎた。
「何を基準に、どう選べばいいんですかね…」
「それな。わからん」
「とりあえず店員さん呼びます?」
「うん。声かけてきてもらって良い?」
「わかりました」
山下さんは、店員さんに話しかけたりするのが苦手らしい。
めちゃくちゃコミュニケーション能力高そうだし、実際に高いけど、変なところで人見知りするところも、可愛いし面白い。
…なんか僕、山下さん全肯定モード入ってるな。
いずれにせよ、僕は山下さんの指示を受けて、そのへんにいる店員さんに声をかける。
小太りの店員さんは、10月中旬だと言うのに、額に大汗をかきながらカメラ売場までやってきた。
「どういった用途でお考えですか?」
小太り店員の声は甲高く、風貌も相まってどこかコミカルであった。
ふと山下さんの方を見ると、ちょっとニヤついている。悪い人だ。
「風景写真撮りたいかなって感じですね」
山下さんは口元を手で抑えて笑いを堪えているため、僕がコミカル店員の相手をすることに。
「それでしたら、こちらなんかどうでしょう?こちらのカメラは…となっておりまして、〜が、〜で…」
コミカル店員のデモンストレーションは、僕らの頭には全く入ってこなかった。
大汗をかきながら熱弁を振るう様子がひたすらに面白く、内容が印象に残らない。加えて、普通に説明が下手であることも起因していると思う。
山下さんは必死に笑いを堪えている、というか少し決壊している気もするが、どうにか後ろを向いてバレないよう努めていた。
こっちから声をかけたのに、全く話を聞かず後ろを向いているという失礼な状況が生まれているわけだが、こればかりは仕方ない。
「すみません、ありがとうございました。もう少し検討しますね」
「はい!また何かあればお声がけください!」
堪らず僕がデモンストレーションを強制終了させ、コミカル店員は満足そうに去っていった。
彼は昇進できなさそうだなぁ…。
「…行った?」
山下さんが振り返る。
「行きました」
「あぁ、死ぬかと思った」
彼女の目には涙が溜まっている。
禁断の笑いと戦い続けた証である。
「笑わないでくださいよ」
「ごめんごめん。てか、飯野くんよく無表情キープできたね、すごい」
「職業柄かもしれません」
経験上、訳の分からないことを言う人の相手をすることは慣れている。
「さすが人事」
「ありがとうございます」
そこまで言い合って、僕らは今日の目的に対して、何一つ進捗がないことに気づいた。
「待って、何買えば良いの結局」
「わかんないですね」
「…今日は買うのやめよっか」
彼女の鶴の一声で、購入は諦めることにした。
後日、カメラを持っている友だちに話を聞いて、ちゃんと候補をリストアップしてからリベンジするということで話をつけた。
「とはいえまだ11時か〜。集まって30分も経ってないし、どうする?」
山下さんから、またボールが投げられる。
解散を切り出すことが最悪手であることだけは分かるが、どう答えようか。
「うーん、どうしましょっか…」
「あ、じゃあ飯野くんの服でも見る?」
僕が答えに窮していると、山下さんがそう提案してきた。僕の服?山下さんの服ではなく?
「飯野くんってさ、いっつも同じような服着てるじゃん。私も見ての通りあんまオシャレな方ではないけど、ちょっとは気遣った方が良いよ」
「あぁ…」
白シャツに黒のズボンが一番無難だと思っていたが、どうやらそればかりでもダメらしい。女性の見る目は厳しい。
「素材は悪くないんだから、オシャレしたら絶対かっこよくなる。お姉ちゃんが選んであげるから、行こ?」
山下さんはそう言うと、僕にニコッと笑いかけた。
お、お姉ちゃん…。
嗚呼、山下さんの弟になりたい。
今、この瞬間に限っては、彼氏になりたい気持ちよりも、遥かにそっちが上回った。
………
「飯野くんってどういう系統の服が好きなの?」
横浜駅に戻り、高島屋で洋服を見ることになった僕ら。
先ほどから山下さんに質問攻めされている。
「いやもう、ずっとこれなんで…」
僕は着ているシャツを摘み、そう答える。
「セットアップとかどう?」
「せっとあっぷ?」
「え、知らない?」
「すみません、存じ上げません」
なんかSiriの返答みたいになってしまった。
「まじか」
山下さんは前髪を左手でかき上げ、小指で額をポリポリとやる。
「あの、ホラ、菅田くんがよく着てるやつ」
そう言うと、スマホを操作し、1枚の写真を見せてきた。
画面上の菅田将暉くんは、上下で同じ色味の服を身にまとっている。
「こんな感じで、なんていうかな、上と下おんなじようなので合わせるのをセットアップって言うんだって。流行ってるらしいよ」
多分、山下さんも本当はファッションに疎いのだろう。
それを僕のために、服選びに付き合ってくれる優しさも、彼女の魅力の1つだ。
「飯野くんにも絶対似合うと思う。セットアップ見に行こうよ」
「了解です。行きましょ」
正直言って、僕に菅田くんが着ている服など着こなせるはずもないが、山下さんがそう言うなら話は別だ。
妙に一生懸命な彼女もなんだか可笑しくて、僕は、いつまでもこの時間が続けば良いのにと願っていた。
「てか、飯野くんってちょっと菅田くんに似てるよね」
「いや似てるかぁ」
しかし次の山下さんの言葉はあまりに的外れであったため、思わずタメ口でツッコんでしまった。
「うそ、似てるよ?」
「似てませんって。菅田くんと菅田くんのファンに謝ってください」
そもそも何を「くん」づけしているんだ僕は。
「そうかなー。菅田くんに負けず劣らず可愛い顔してると思うけど、それはブラコンすぎ?」
「はい、ブラコンすぎです」
「そっかそっか」
山下さんは何故か満足そうな表情になって、高島屋のフロアガイドを読み始めた。
今日はとことん、山下さんがお姉ちゃん、僕が弟の設定でいくらしい。
メンズの洋服が売っているのは7階らしく、エレベーターでそこまで向かうことに。
ハイブランドが立ち並ぶフロアの雰囲気にやや萎縮しながらも、山下さんがウインドウショッピングするのをトコトコとついて行った。
「これなんかどう?」
やがて山下さんがある店舗のマネキンにかけられてある服に目をつけ、指さしたのはグレーの色をした、ややカッチリめのそれ。
なるほど、これがセットアップか。上下が一緒に売られていて、全く同じデザインになっている。
「あ、もう山下さんの好みで選んでもらって大丈夫です」
ファッションに関して、僕が自分の意思を介入させることはないため、山下さんが好きなものを選んでくれたら良いと思っていた。
「え、ほんとに良いの?自分が着るんだよ?」
「全然大丈夫です」
「嬉しいなぁ」
山下さんは上機嫌になって、「ならもうちょっと見るね」なんて言って、他の店も探し始めた。
フロアをぐるっと一周したのち、結局、最初の店に戻ってきて、
「やっぱこれが良いよ」
と、例のグレーのセットアップを持ってきて、僕の体に当てた。
「うん、似合ってる」
満足気に頷く山下さん。
「良かったらご試着されますか?」
「あ、はい。ぜひ、彼に」
そんな僕らの様子を見た店員さんに声をかけられ、山下さんの返答とともに、僕は言われるがまま試着室へ。
今回は、ヨドバシのコミカル店員と違って、爽やかなお兄さん店員だった。
さて、山下さんに選んでもらったそれは、上はジャケットで、色味も落ち着いたグレーであるため、スーツのように見える。
普段こういったカッチリとした服は着慣れていないため、どうしても着られている感が出てしまう。
似合っているとも思えないし、僕は非常に恥ずかしい思いをしながら試着室のカーテンを開いた。
「…お待たせしました」
山下さんの顔をちらっと見る。
ご期待に添えずすみませんの意を込めて。
「やば」
何故か固まる山下さん。そんなに似合っていなかったか。
「お似合いですね」
愛想笑いする店員さんにも何故か申し訳なくなった。
「飯野くん、これ買いな!」
しかし山下さんは有無を言わせぬ勢いで僕に迫る。
「え、買うんですか?」
「当たり前じゃん。めっちゃくちゃ良いよ。別人みたい」
「ほんとですか?」
「ほんとほんと。ファッションって大事だね」
「では、あちらでお会計いたしますので」
おい、店員さん。僕はまだ一言も買うとは言っていないぞ。
しかし、山下さんはどうやら相当気に入ってくれているらしく、だとすれば買わないという選択肢はないのだけれど。
「じゃあ、これ買いますね」
僕がそう言うと、山下さんは「やったやった」と両手で小さく拍手して、「お金持ってる?買ってあげようか?」と続けた。
「大丈夫ですよ。元々カメラ買いに来たんですもん」
「あぁ、そっか」
「買ってあげようか?」って、山下さんは僕をどこまで弟だと思っているんだ。いや、弟を通り越して息子だと思っているのかもしれない。
いずれにせよ僕は購入を決意し、試着室で再び着替えて、さっきまで着ていたそれをレジまで運んだ。
ブランド物なだけあってそれなりに値は張ったが、普段あまりお金を使わない僕にとっては、取るに足らない出費だった。
「ありがとうございます、素敵な服選んでいただいて」
店を出てすぐ、彼女に感謝を述べた。
こういう機会でもないと、僕はまず自分で服を買うことなどありえない。
「いえいえこちらこそ。私好みの服選んでるから当たり前なんだけど、めっちゃ似合ってたし、かっこよかったよ、ほんとに」
山下さんが満足気な表情で僕を見る。そして、「やっぱ、素材が良いと磨けば光るね。こういうのめっちゃ楽しいわ」としみじみ語った。
僕は、彼女との関係性をもっと深めて、これからもこうやって、山下さんの好みに染まっていく自分を想像していた。
そしてそれは、僕にとって、限りなく理想の状態と言えた。なにより、楽だし。
「ほんとはもっと色々見て、似合いそうなもの色々選びたいけど、お腹すいたね」
あてもなく高島屋のエスカレーターを降りている現在、時刻はちょうどお昼どきになっていた。
山下さんがお腹に手を当てて、空腹をアピールする。
『飯野をプロデュース』(山下さん命名)はまた後日行なうとして、僕らはひとまず腹ごしらえすることに。
カレーが食べたいと山下さんが言うので、西口付近にあるインドカレー屋さんへ入り、昼食を済ませた。
多少混雑していたこともあって、1時間くらいは潰れたと思う。
「美味しかったね」
「美味しかったですね」
そんな小学生でも言える感想を言い合いながら店を出た頃には13時過ぎ。
流石にもう解散かな…。これ以上、もうやることも無いし。
僕は名残惜しさを感じながらも、山下さんはまた僕と当たり前のように遊んでくれそうだったため、僕らのこれからに少し期待をかけてみようと思った。
「どうする?もう帰っても良いけど、暇なんだよね」
と山下さん。暇なのは僕もそうだが。
「せっかく横浜まで来たし…」
チラチラ僕の方を見る。何か言え、誘え。そういうことなのだろうか。
「海、見たいな」
またしても僕が答えに窮しているうちに、山下さんが正解を提示してきた。つくづく僕は情けない男である。
「海ですか?」
「うん。みなとみらいの方まで歩いたら、海あるよね?」
「ありますね」
「だよね、そこまで行こ」
山下さんはそう言うと、言葉を切って、近くのコンビニを指さす。
「海見ながら、昼からだけど、やっちゃいますか」
お得意の悪戯っぽい笑みを浮かべながら缶を開けるその仕草が、僕の大切な日曜日を、鮮やかに奪い去っていった。
to be continued…
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