見出し画像

三酔人経綸問答;読みやすいが深い。

著者:中江兆民

本名は中江篤介。自由民権運動の理論的指導者。兆民は、億兆の民。
1847年~1901年(54歳没)。土佐藩派遣の留学生としてフランス語を学び、フランス外交使節団の通訳。ルソーの思想を紹介。初代の衆議院議員。万年は北海道小樽へ。死因は食道がん。破天荒な人物として伝わる。『三酔人経綸問答』は1887年出版。

中江兆民

1887年頃の時代背景

日本国内は、明治維新の最中で近代化が急速に進行。政治活動が活発化し、自由民権運動が高まり。鉄道、通信、教育などが普及。経済的にも工業化が進み、絹等の輸出が始まっている。
世界は産業革命が進んでおり、英国は多くの植民地を獲得。アメリカは南北戦争が終わり、産業化と西部開拓の時代。欧州列強間の対立が深まっていく。

紳士君と豪傑君の議論

現代人の頭の中の葛藤と同じであり、現在の国際紛争終結後の施策などを見ても、最終的に南海先生がまとめた発言が生きている。

紳士君は、自由と民主主義の論理を愛し、民主主義を政治の進化のゴールと考える。哲人政治を理想とし、君主制を悪、立憲制を中途半端と断ずる。世界万国我が家であり、軍を手放し、経済、芸術をより深めることを重視する。極端な話、敵が攻めてきた場合は後世の規範となり、亡国もやむなしとの思想。
南海先生はこの意見を、純粋を極めた正当なものと評し、万国がいずれ採用するであろうものとする一方、この押しつけは思想的専制と断ずる。

豪傑君は、三国志か戦国時代の英雄のような気質。動物は本能的に勝利を目指すとし、怒りは正義の表れと考える。そもそも、戦に勝ち、後世英雄となることを肯定する。戦争では文明が進んでいる方が勝つとし、あらゆる事業は軍の政策に投ぜられるべきであり、軍備は文明のパラメータと考える。目の前にチャンス(土地は肥沃だが脆弱な大国)があるなら国力を投じて大国を目指したいと思う。

豪傑君は、加えて新しいものを好む人と古い物を守る人は相容れないと考える。ここでは、新しもの好きは紳士君の特徴を備え、本人は古い物を守る人と捉えている。この両者の衝突は、国の方向性に一貫性を失わせると考える。古い物好きは、癌であり、切除が必要と考えている点は、個人的には少し変だと思う。ただ、これは紳士君に、出兵を納得させるためのロジックにも見える。
南海先生はこの意見を、劇薬であり、卓越した鮮やかな奇説と評する。

南海先生による総括

紳士君の意見は理想であり実現されなかった思想、豪傑君の意見は偉人が稀に実現させる幻想、いずれも非現実的と考える。

進化の神は、その時、その場所にふさわしい道を歩むのであり、紆余曲折も好む。

政治の本質は、国民の意向に沿い、国民の知識に見合った制度が採用された場合に、国民は安心し、幸福を得られると考える。

国家百年の大計として奇抜や新味を求めず、平和友好を基本とし、やむを得ない場合は防衛し、浪費を避けて民衆の負担を軽くするが賢明とする。

所感

2つの代表的な理念系を闘わせる構図は、今も生きている。
情報がより正確に早く伝わる現代でも、国家間は疑心暗鬼に満ちている。
南海先生の指摘する根元的病原は健在だ。
いずれの極端な意見も国民を幸せにはしない。
大切なのは、できあがった制度ではなく、積み上げてきた歴史との整合、蓄積された思想であるとする。
自由民権の士らしい、柔軟で堅実な思想だと感じる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?