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おしろいの香り

白露を迎えた頃。

ある香料の記事で、百日紅(サルスベリ)に香りがあることを知った。
その香りはパウダリーなオーランチオール系でほんのり甘く、おしろいを感じさせるらしい。
お花から香りの抽出が難しいチュベローズの香りを再現するときに使用される香りだとか。

そして9月の百日紅は、盛夏に比べて青みが強い香りだそう。
今年は香りの旬を逃した。

おしろいの香りは、鬢付け油の香りとセットで芸舞妓さんを彷彿とさせる。

先日、上七軒で20歳の舞妓さんとお話する機会があった。

「日本舞踊が好きでこの世界に飛び込んだんどすけど、毎日しんどくて。
うっとこの置き屋に隕石が落ちて、修行をやめることになればええのに、と毎日願っとったんどす。
でも、5年たった今、やっと楽しめるようになってきたんどす。」

お酒の席で細やかな気配りを自然にこなしながら、明るく笑いながら話す。

私と年代も近く、まだたった20年しか生きていない彼女は、あどけない少女の表情を残しながらも、艶やかな衣装と美しい装飾品の全てを、着られることなく着こなしていた。

あの華やかな姿、言葉使い、立ち振る舞いが板につくまでに、彼女はどれくらい涙を流して、努力を積み上げてきたのだろう。
お酌に花街言葉に着付け、舞に楽器にお唄にお茶。

外見の華やかさに負けない、内面の美しさ。芯の強さと教養がある。

これだから、私は芸舞妓さんの虜になる。日本の宝だと信じている。

日本文化が好きな私は、10代の頃、舞妓さんに強く憧れ、その道に踏み出そうとしたことがあった。

「花街で生きるなら、京都で骨を埋めるんだな。もう二度と家には帰ってくるな。」

私が花街で芸妓さんになるため、京都で住み込み生活をしようと思っていることを父に打ち明けた時、私に決意を固めさせるため、父は敢えて厳しい言葉をかけてくれた。

その言葉で心が揺らいだ。15歳の私には、大好きな家族と一生離れる決断も、未知の世界に人生をかけるという決断をすることも出来なかった。
全ての話が無くなったとき、挑戦しなかったことが悔しくて、涙が流れたことをよく覚えている。

あれから時間が流れ、今、私は日本文化にも関わる仕事をしながら、京都で生きている。

辛いこともあるけれど、心から大好きだと言える仕事をしている。私は、自分の道で、芸舞妓さんの様にプロと言える仕事をできているだろうか。

パウダリーなおしろいの香りと芸舞妓さんは、
私にとって自分の人生に向き合う機会を与えてくれる存在だ。

私は私の道で、日々を積み重ねていく。
「必死だけど、楽しんでいるし、やりたいことも出来ているよ」
15歳の私に伝えたい。

来年の夏、百日紅の香りを嗅いだときにも、同じことを思うだろうか。

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