マガジンのカバー画像

コラム

14
世界情勢、戦争、人間等について考えていることを書きました。
運営しているクリエイター

記事一覧

メタバースが「普段使い」になる日:子どもたちが「前のめり」になる教育革命

今回は「エデュテイメント」についてお話します。 エデュテイメントは教育(エデュケーション)と娯楽(エンターテインメント)を融合させた造語です。「漫画に登場するキャラクターで、漢字の読み方を覚えた」「トランプやUNOで数字の概念や足し算を覚えた」という感覚は、実は誰しも経験があるのではないでしょうか。 楽しみながら学ぶエデュテイメントの形エデュテイメントで有名な例としては、桃太郎電鉄(いわゆる「桃鉄」)があげられます。桃鉄をプレイしていたら、いつの間にか日本国内の名産品、名

「間違いなく大きな節目になる」。宮藤官九郎が語った「季節のない街」のキャリアにおける重要性

宮藤官九郎が、映像作品としては2016年の『TOO YOUNG TO DIE! 若くして死ぬ』以来、脚本と監督も兼任するディズニープラス「スター」配信ドラマ「季節のない街」(8月9日より全10話一挙独占配信)は、山本周五郎の同名小説が原作だ。ドラマ化に至った理由について、同じ原作をもとにした黒澤明の映画『どですかでん』(70)を観たことがきっかけだったという宮藤は、20歳のころには原作小説も読んでおり、とりわけ思い入れのある作品だと語る。 「『どですかでん』は“ちゃんとして

各話ごと振り返る「不適切にもほどがある」の凄いポイント、最終回はルールを壊して未来を変えられるか

 名残惜しいにもほどがある!  金曜ドラマ『不適切にもほどがある!』(TBS金曜よる10時~ 脚本:宮藤官九郎)がいよいよ最終回を迎える。最終回を前にこれまでを振り返りつつ、賛否両論、話題になったこのドラマの意義を考えてみたい。 ■痛快コメディかと思いきや…  始まったときは、1986年と2024年をいき来する主人公・小川市郎(阿部サダヲ)を中心に、昭和と令和の人たちが入り乱れ、異論反論オブジェクションを巻き起こし続ける痛快コメディという印象だった。  ところが、198

『不適切にもほどがある!』の“本当に言いたいこと” 賛否両論の意見こそが物語とリンク

〈おじさんが おばさんが 昔話しちゃうのは 17歳に戻りたいから〉 〈おじさんが おばさんが 昔話しちゃうのは 17歳には戻れないから〉 物語が折り返しを過ぎた『不適切にもほどがある!』(TBS系)。第6話「昔話しちゃダメですか?」のミュージカルシーンで歌われた、一見真逆だと思われる事柄が背中合わせで共存する歌詞を聞き、どうやらこの「逆も真なり」が、本作の骨子なのではないかと思えてきた。  1986年(昭和61年)から、38年後の2024年(令和6年)の世界にタイムスリ

「不適切」なドラマをどう受け取るか。『不適切にもほどがある!』が令和の私たちに問うもの

宮藤官九郎の過去作で描かれてきた「不適切」本作の脚本を手掛けた宮藤官九郎作品の特徴としてよく挙げられるのは「軽妙でリアルな会話と笑い」「豊かなチーム感」だろうか。ドラマ脚本家として注目される前から、松尾スズキが主宰する劇団「大人計画」に所属し、一部公演の作・演出を務めてきた他、1996年からは「ウーマンリブ」と称して自身の単独公演も行い、並行して、バラエティ番組『笑う子犬の生活』(1999年~2001年 / フジテレビ系)などのテレビ番組の放送作家でもあった宮藤。 コメディ

『不適切にもほどがある!』はなぜ「平成」をスルーするのか。宮藤官九郎の「平成サブカル」への矜持

ドラマ評 後編 福田ケイスケ 編集者・ライター FRaU https://gendai.media/articles/-/126359?media=frau 『ふてほど』のうかつな描写はクドカンの確信犯か宮藤官九郎は、現在活躍している脚本家の中でも、とりわけ自身の感覚や価値観のアップデートを試みてきた作家だと思う。 特に2013年の『あまちゃん』以降の作品において、その傾向は顕著である。 たとえば、『ごめんね青春!』(2014年)や『ゆとりですがなにか』(2016年)で

クドカン脚本の誤算?『不適切にもほどがある!』はなぜ“うかつ”な描写が目立つのか

私は、宮藤官九郎の大ファンである。 最近、『不適切にもほどがある』が話題になった。 このドラマについて、二人の賢人が論じている。 最初は、編集者・ライターの福田ケイスケ氏の前編である。 FRaU https://gendai.media/articles/-/126358?imp=0 安易な二元論を避け、複雑な多様性を描いてきたクドカン宮藤官九郎脚本のドラマ『不適切にもほどがある!』(TBS系、毎週金曜10時放送中。以下『ふてほど』)が、SNSで毎回賛否両論の物議を醸して

「セックスのファストフード化が加速している」 スラヴォイ・ジジェク(哲学者)

『COURRIER』 https://courrier.jp/cj/364988/?utm_source=newspicks&utm_campaign=364988 スラヴォイ・ジジェク(75)にインタビューするのは、筆舌に尽くしがたい体験である。哲学者、精神分析家、文化理論家、政治活動家、ロンドン大学バークベック人文学研究所インターナショナル・ディレクター、そしてスロベニア共和国の元大統領候補である彼との会話では、一つのテーマから別のテーマへ次々と飛んでいく。だから、対談

たこ八郎さん

誰だったかな。 たしか、鎌田實さんだったような気がする。 取材しました。 その方の本に、たこ八郎さんの言葉がありました。 「迷惑かけて、ありがとう」 矛盾してます。 鎌田さんは、これが人間だ、互いに迷惑をかけて許し合う関係が人間らしい、と書いてました。多分。 「がんばらない」って本だったと思います。 そんな人間関係がなくなってきている。 僕は、人間くさく、人間味あふれる、人情味あふれる、そんな人間でありたい。 矛盾だらけ、問題だらけ、それでいい。 そういえば、昨日、知人のM

清志郎

清志郞のガンの再発が発表される二日前。 ふぁんくらぶ祭に行った。 清志郞の弾き語りライブ。 清志郞は、「銭形平次」を弾いた。 清志郞は、「銭形平次」について、マイナー調なのに明るい、こういう演歌が主流になってれば、日本の音楽は変わってた、と。 清志郞の歌は暗い歌詞ばっかりだが、マイナー調の曲はない。 暗い気分をぶっとばす、そんな清志郞の生き方。 誰にも言えない悲しみ。 一人で流す涙。 それを流さず、誰にも見せず、上を向いてる。 なんて強いんだろう。 信じられない。 僕は、泣き

幸福

あれは、もう、20年くらい前。 おばあちゃんが生きていたころ。 おばあちゃんの家に行ったら、畑仕事をしていた。 おばあちゃんは、ほうれん草と会話していた。 「お前は元気だね」 「お前はいじけちゃってるね。元気になれよ」 まったく知らない世界を見たと感じました。 魂が揺さぶられるように感動しました。 おばあちゃんは、こうやって、何十年も植物と会話しながら生きてきたんだ。 おばあちゃんは、植物の気持ちがわかるんだ。 なんて、美しい心だろう。 おばあちゃんは、植物自身が、枯れないよ

<世界最高の知性が指摘「いまや世界的な対立は西対東ではなく、西洋対世界である」極端なフェミニズム、道徳的なリベラリズムの強要「西洋は私たちが思っていたほど好かれていない」>

 2024年3月27日、ヤフーニュースに、上記のタイトルの記事がありました。 上記のタイトルから、次のリード文に続きます。 <フランスの人口統計学者・歴史学者・人類学者であり、世界最高の知性の一人とされるエマニュエル・トッド氏。氏いわく日本人にとって当たり前に感じられる「ロシアは悪者」「ウクライナ人は善人」というウクライナ戦争の構図は、経済的な観点からみると違うという。> 以下、本文から引用します。 <私たち西洋人が今気づいたことは、「西洋は、私たちが思っていたほど好かれ

善悪二元論について

 日本人も、世界中の人々も、テレビ、映画、新聞、雑誌、ネットの情報等の影響を受けています。  たとえば、オウム真理教について、どう思うか、質問されたとします。  恐らく、日本人のほとんどの人が、「怖い」「人殺し」「洗脳」など、悪いイメージをもちます。  それは、地下鉄サリン事件に象徴される、オウム真理教のテレビ等の情報に影響されているからだと思います。  私は、オウム真理教のドキュメンタリー映画『A』を監督した、森達也氏をインタビューしたことがあります。  森氏は、『A』

平和実現 粘り強い知性が必要

 小児科医の熊谷晋一郎氏が、読売新聞にのせたコラムを紹介します。  このコラムを読むと、戦争、外交、安全保障など、現実の複雑な問題と向き合い、それを解決に導くことの困難さ、忍耐力、知性、胆力などを感じます。  以下、熊谷氏のコラムです。 平和実現 粘り強い知性が必要  私たちは、戦争を平和の対義語としてとらえる。そして、前者をなくすことが後者の実現をもたらすと素朴に考えがちだ。しかし、戦争と平和の関係はそんなに単純なものなのだろうか。戦争の多くは、実際のところ、自分や大切