司法試験予備試験平成30年刑法

以下の事例に基づき,甲及び乙の罪責について論じなさい(住居等侵入罪及び特別法違反の点を除 く。)。
1 甲は,新たに投資会社を立ち上げることを計画し,その設立に向けた具体的な準備を進めてい たところ,同会社設立後の事業資金をあらかじめ募って確保しておこうと考え,某年7月1日, 知人のVに対し,同年10月頃の同会社設立後に予定している投資話を持ち掛け,その投資のた めの前渡金として,Vから現金500万円を預かった。その際,甲とVの間では,前記500万 円について,同会社による投資のみに充てることを確認するとともに,実際にその投資に充てる までの間,甲は前記500万円を甲名義の定期預金口座に預け入れた上,同定期預金証書(原本) をVに渡し,同定期預金証書はVにおいて保管しておくとの約定を取り交わした。同日,甲は, この約定に従い,Vから預かった前記500万円をA銀行B支店に開設した甲名義の定期預金口 座に預け入れた上,同定期預金証書をVに渡した。なお,同定期預金預入れの際に使用した届出 印は,甲において保管していた。
2 甲は,約1年前に無登録貸金業者の乙から1000万円の借入れをしたまま,全く返済をして いなかったところ,同年7月31日,乙から返済を迫られたため,Vに無断で前記定期預金を払 い戻して乙への返済に流用しようと考えた。そこで,同年8月1日,甲は,A銀行B支店に行き, 同支店窓口係員のCに対し,「定期預金を解約したい。届出印は持っているものの,肝心の証書 を紛失してしまった。」などとうその話をして,同定期預金の払戻しを申し入れた。Cは,甲の 話を信用し,甲の申入れに応じて,A銀行の定期預金規定に従って甲の本人確認手続をした後, 定期預金証書の再発行手続を経て,同定期預金の解約手続を行い,甲に対し,払戻金である現金 500万円を交付した。甲は,その足で乙のところへ行き,受け取った現金500万円を乙に直 接手渡して,自らの借入金の返済に充てた。なお,この時点で,乙は,甲が返済に充てた500 万円は甲の自己資金であると思っており,甲がVから預かった現金500万円をVに無断で自ら への返済金に流用したという事情は全く知らないまま,その後数日のうちに甲から返済された5 00万円を自己の事業資金や生活費等に全額費消した。
3 同年9月1日,Vは,事情が変わったため甲の投資話から手を引こうと考え,甲に対し,投資 のための前渡金として甲に預けた500万円を返してほしいと申し入れたところ,甲は,Vに無 断で自らの借入金の返済に流用したことを打ち明けた。これを聞いたVは,激怒し,甲に対し, 「直ちに500万円全額を返してくれ。さもないと,裁判を起こして出るところに出るぞ。」と 言って500万円を返すよう強く迫った。甲は,その場ではなんとかVをなだめたものの,Vか ら1週間以内に500万円を全額返すよう念押しされてVと別れた。その後すぐに,甲は,乙と 連絡を取り,甲がVから預かった現金500万円をVに無断で乙への返済金に流用したことを打 ち明けた。その際,乙が,甲に対し,甲と乙の2人でV方に押し掛け,Vを刃物で脅して,「甲 とVの間には一切の債権債務関係はない」という内容の念書をVに無理矢理作成させて債権放棄 させることを提案したところ,甲は,「わかった。ただし,あくまで脅すだけだ。絶対に手は出 さないでくれ。」と言って了承した。
4 同月5日,甲と乙は,V方を訪れ,あらかじめ甲が用意したサバイバルナイフを各々手に持っ てVの目の前に示しながら,甲が,Vに対し,「投資話を反故にした違約金として500万円を 出してもらう。流用した500万円はそれでちゃらだ。今すぐここで念書を書け。」と言ったが, Vは,念書の作成を拒絶した。乙は,Vの態度に立腹し,念書に加え現金も取ろうと考え,Vに 対し,「さっさと書け。面倒かけやがって。迷惑料として俺たちに10万円払え。」と言って,V の胸倉をつかんでVの喉元にサバイバルナイフの刃先を突き付けた。Vは,このまま甲らの要求 - 3 - に応じなければ本当に刺し殺されてしまうのではないかとの恐怖を感じ,甲らの要求どおり,「甲 とVの間には一切の債権債務関係はない」という内容の念書を作成して,これを甲に手渡した。 そこで,甲がV方から立ち去ろうとしたところ,乙は,甲に対し,「ちょっと待て。迷惑料の 10万円も払わせよう。」と持ち掛けた。甲は,乙に対し,「念書が取れたんだからいいだろ。 もうやめよう。手は出さないでくれと言ったはずだ。」と言って,乙の手を引いてV方から外へ 連れ出した上,乙から同ナイフを取り上げて立ち去った。
5 その直後,乙は,再びV方内に入り,恐怖のあまり身動きできないでいるVの目の前で,その 場にあったV所有の財布から現金10万円を抜き取って立ち去った。

(解答例)
1 Vに無断で銀行預金を払戻した点について
  甲とVとは、現金500万円について、投資会社による投資にあてる目
 的に指定したのみならず、甲名義の定期預金口座に入れて、その定期預金
 証書をVが預かった。これは、Vが500万円について、甲に一般財産と混
 和しないで別途管理するように委託したものであるから、「他人の物」で
 あると言える。
  なお、払戻しの時点で占有は銀行にある。甲としても定期預金証書をV
 に預けているので甲は払戻し権限に欠けることを認識していた。
  とすれば、Cに虚言を述べ錯誤に陥らせ定期預金証書という証明書を交
 付させた行為は詐欺(法246条1項)であり、それを用いて、A銀行B支 
 店占有下にある500万円を窃取行為は窃盗(法235条)であり、自己
 占有下に500万円を置き、それを自らの借入金の返済に当てた行為は横
 領罪(法252条)を構成する。
  しかし、これら一連の行為は、V所有の500万円を領得するために用
 いられたものであるから、横領罪にすべて吸収され、横領罪一罪が成立す
 る。
2 Vに債権放棄させた点について
  甲は返還義務を負う500万円につき、V方を訪れ、乙と共同で、Vをサ
 バイバルナイフで脅迫し債権放棄の念書を書かせている。これは、脅迫を 
 用いて、500万円の返済を逃れるという「財産上の不法の利益」を得た
 から、甲に、共同正犯(法60条)として、強盗利得罪(法236条2
 項)が成立する。
3 乙が現金10万円を奪取した点について
  乙は、2の行為直後、畏怖して身動きができないVの状態を利用して、
 10万円を奪取しているので、強盗罪(法236条1項)が成立する。乙
 が2の行為を利用しているのであるから、甲も共同正犯として罪責を負う
 のであろうか。
  甲としては、乙が10万円の奪取の共謀を意思表示をしたときに、拒否
 するという明確な意思表示をした上、サバイバルナイフを取りあげている
 し、その後、立ち去って、乙の行為に関与していないのだから、共犯関係
 からの離脱が認められ、罪責を負わない。
4 よって、甲には横領罪(法252条1項)と強盗利得罪(法236条2
 項)が成立し、両罪は併合罪(法45条)の関係になる。
                              以 上
  
  


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