指定席
リビングにあるテレビの前に、三人掛けのソファーが1脚ある。
退職時に、これが最後の贅沢品買いかとかなり高価な代物だった。
ところが、いつの間にかソファーの右側の席には、クッションが三つ重ねて置いてある。
真ん中の席には、スマホの充電器、小型マッサージ機とドライヤーがいつも置いてある。
何もせず直ぐに座れる席は、左側の一席のみ。
その席に座っていると
「そこは私の席だからどいて!」
と奥様がピシャリと言う。
クッションをどかそうとすると、「高いクッションだから触らないで!」
更に、真ん中の席に置いてあるマッサージ器やドライヤーをどかそうとすると
「今、使うから動かすな」
と高い声で叫ぶ。
最初のうちは、
「この席は、クッションやドライヤーの席なんか!アホちゃうか!」
と大声出して反論したがその度に、
「あんたが座ったら臭いねん!」
「何言うねん!加齢臭をバカにして!」
といつも喧嘩になるので、元来平和主義のこちらは、いつの日からか座ることも無くなった。
ある時、奥様が2週間、家を空けることとなった。
久しぶりの一人暮らしである。
家の中で、誰からも文句を言われず、思う存分好き勝手に使い、実に快適な日々を送った。
勿論、一番にソファーの上でいつも偉そうに我が物顔で鎮座しているクッション、充電器、ドライヤーを床に放り投げた。
ソファーに横になり、ゆったりとテレビを見る。
「ええやないか!」
こんな特等席だったのかと改めて思い知る。
かの奥様の不在が寂しいとは微塵も感じること無く、一人暮らしを思う存分満喫した。
しかし、そんな至福の時間は何故かあっという間に過ぎ去り、いよいよ明日は、このソファーとも以前同様、垂涎の眼差しで見るだけとなる。
なんて事を思っていると、いつのまにかソファーで、ヨダレを垂らしながらうとうとと寝てしまった。
ハッと起きるや一番に、かくある指定席の主人公達を、それぞれ元の位置に戻し、
「はいはい2週間のご無沙汰でしたね」
と仏様のように手を合わせる。
帰宅した奥様が、自分の指定席に鼻をクンクンしながら腰を下ろす
「ここに座った?」
と聞くので
「いいや」
と答える。
「私がいないんだから座ればいいのに」
と何故か満足そうに言う。
『残念でした!言われなくても、ずーとそこで寝てました!
お前が帰る前に、ちゃんとファブリーズしてまんがな!』
とほくそ笑んだ。
しかし、
元々自分で買ったソファーなのに
なんでこうなる!
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