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落馬

 いよいよ春最後のG1。
ここぞと待っていた自分の本命馬を軸として、総流しで馬券を買う。
この馬さえきてくれたら、後はどの馬がきても絶対に勝つ。
もう半分勝った気持ち。

 ファンファーレが高鳴り一層、心を盛り立てる。
知らない隣のじいさんと肩がぶつかる、後ろの誰かの新聞がこちらの頭に当たっている、右手に持った赤ペンが前のおっさんの服に付いている、が全く気にならない。
 異様な雰囲気だ。
皆、かたずを飲んで、オーロラビジョンを睨みつける。

『ガシャ!』

ゲートが開くと同時に各馬が一斉にスタート。
と、直後に我が本命馬の騎手が、もんどりうって落馬。
どうやら動かず頭を打ったようだ。
その間わずか数秒。
「あ~~」
わずか一分あまりのレースが、とてつもなく長く感じる。
 眼はうつろに、ただ虚しい映像を見つめるだけ。
大きなため息と震える肩。
 やっとゴールかと思ったら、先頭は空馬になった我が本命馬。
「ここで一着になってどうする!」(騎手が落馬した時点で失格である)

 財布の中は、わずかの小銭を残すだけとなり、馬券が散らばる会場を後に、寂しく自転車に乗って帰る。

 目の前の信号が赤から青になり、元気なくこぎ出す。
と、ペダルが縁石にひっかかり、自転車が大きく前に倒れる。
それにつれられ、身体も前にもんどりうって自転車から落ちてしまった。
 どうにか両手を着くが頭を打ったらしい。

「こっちも落馬かよ!」

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