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ジャック

 我が家の自称門番、柴犬、雄、家の前を他の犬や猫が通っても吠えもしない。
しかし、食欲は旺盛。食器に餌があっても、
「待て」
と言えば、よだれを流しながらも、
「よし」
というまで絶対に食べない。できた犬だ。
 ボールを投げれば、何度でも喜んで取ってくる。できた犬だ。
が、唯一、残念なことは、突然噛むことだ。家族は皆噛まれた。ひどい時は十三針も縫った。頭をなでようとすればがぶり、近くを歩いていると足をがぶり。いつ噛むかわからない。急に噛みついてくる。できていない犬だ。
 飼い犬に噛まれる飼い主とは、実に情けない。できていない飼い主だ。
漫画の主人公、ブラックジャックでは長いので、ジャックと名付けたが、まさかこちらがブラックジャックのように、傷だらけになるとは夢にも思わなかった。
 散歩は、いつの間にか自分が連れて行くようになった。
仕事で遅く帰っていたこともあり、散歩はいつも夜遅くになる。
休日はこっちの体も動かしていないので、ちょうどいい運動にはなるが、さすがに平日の残業が終わってからは、三十分歩くだけでもしんどい。それも真夜中だ。
 雨の日も、風の日も、雪の日も、たまに飲みで酔っぱらい、今夜はいいかと何度も思う時もあった。
 歩く時は、いつもぐいぐいと先にひっぱられるほど、中型犬にしては力強かったが、年を取るにつれて、だんだんと元気がなくなっていった。
 散歩に出てもすぐ帰ろうとする。
やがて何もないのに、つまづくようになった。餌も残すことは無かったが、一口、二口でやめるように。
 そしてある晩、静かに動かなくなった。
 ジャックが亡くなって思う。
毎日毎夜十三年、本当によく散歩に連れて行ってやったものだ。
 と、しかし、そうではなかった。
私がジャックを散歩に連れて行ったと、恩着せがましく思っていたが、散歩に連れていかれていたのは、実は、私の方だった。
 『毎夜毎夜、寝ようとする時になって、偉そうにリードを付け替え、外に連れ出しやがって、いいかげんにしろよ!なんど噛んでもわからない飼い主だ』
 噛まれた傷跡をそっと撫でていた。

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