見出し画像

   「公式見解のウソ」(高橋博子)

3・11の戒めを忘れてしまっていいのか!?
ジャーナリストの目線で迫る
ドキュメンタリー写真歌集に寄せて

『フクシマ・アンソロジー:ジャーナリストの写真歌集』
(西里扶甬子、かもがわ出版)

http://www.kamogawa.co.jp/

 高橋博子奈良大学教授から、以下のような推薦文が届きました。
 高橋さんは、広島・長崎原爆や、米ソ冷戦下での放射性降下物の影響を受けた核被災者の実態について、歴史的検証を続けてこられた方です。著書に、『核の戦後史 Q&Aで学ぶ原爆・原発・被ばくの真実』(木村朗との共著、創元社)などがあります。

高橋博子奈良大学教授

 2011年3月の東京電力福島第一原発事故当時、私は息子が1歳だったので、とりわけ被曝の影響を恐れていた。しかし、テレビに出てくる「専門家」は内部被曝の説明はせず、外部被曝線量のみを強調していたので、インターネットを通して、ドイツやノルウェーのサイトからの原発事故による放射性降下物情報を天気予報のように日々確認していた。当時は被曝の影響を重視する報道をしていたのは、テレビや新聞ではなく、週刊誌が中心だったので、週刊誌を各誌購入した。
 
 しかし原発報道に勢いがあったのは2011年夏までで、あとは、NHKの「ネットワークでつくる放射能汚染地図」などの番組や、朝日新聞の「プロメテウスの罠」などの新聞連載はあったものの、全体としては原発事故についての報道は急速になくなっていった。そうした中で2012年、インターネットを通じて知ったドイツの公共テレビZDF (Zweites Deutsches Fernshen:ドイツ第2テレビ)のヨハネス・ハノ東アジア総局長のレポートする「フクシマの嘘」という番組が深刻な状況を伝えていた。とりわけ被曝問題、甲状腺癌、汚染土、汚染水問題について「公式見解」との矛盾をついて辛辣に伝えていた。
 
 私はやがて本書の著者である西里氏と出会う。数多くの海外メディアのコーディネーター・プロデューサーを務め、当時ZDF東京支部にいた彼女は、「フクシマの嘘」の取材者として広島の私の研究室に訪れた。安倍晋三首相(当時)が原発事故は「アンダー・コントロール」でなんの心配もないと、2013年9月にブエノスアイレスでの国際オリンピック委員会(IOC)の総会でオリンピック招致のため演説したが、それを契機に、「フクシマの嘘」の第2弾がはじまった頃である。彼女が日本での取材を丁寧にコーディネートしていたからこそ、被災者の声がドイツの人々に届き、日本の人々に届いていたのである。
 
 本書は、ZDFに2016年まで15年勤めた著者が、「フクシマの嘘」やその後フリーランスになってからの取材の中で書き溜めた詩と映像からの写真で構成される。登場するのは懸命に原発事故について発信してきた人々である。冨岡の松村直登氏、名嘉幸照氏。希望の牧場の吉沢正己氏、飯館村の田中一正氏、伊藤延由氏、そして長谷川健一氏。内部被曝研究者である木村真三氏、双葉町元町長の井戸川克隆氏、浪江町・真言宗大聖寺住職の青田敦郎氏と妻の真紀子氏、子ども脱被ばく裁判原告団長の今野寿美雄氏、そして顔と名前が出せない形で訴えてきた甲状腺裁判の原告。
 
 原発事故から11年経った今、ドイツが脱原発へと舵を切った一方で、日本は原発を再稼働している。“フクシマの嘘”はますますひどくなり、除染土、除染水、風評加害など、原発による被害を矮小化して見せかける言葉に満ちている。被害を伝えることは誤っており「差別や偏見を助長する風評が広がる」と、官邸ぐるみで被害者の声を押しつぶす政策に満ち溢れている。安倍首相(当時)が「アンダーコントロール」と述べたように、文字通り言論が統制(コントロール)されているのである。
 
 ぜひ本書を読むことによって、嘘に固められた言葉ではなく、著者が被災者を取材する中で紡いだ胸に突き刺さるような言葉を、受け止めて欲しい。

           ◇    ◇    ◇

岸田文雄首相は、来夏以降に新たに7基の原発の再稼働を進め、さらに新増設を検討する方針を示しました。
福島原発事故以来封印していた政策を転換し、原発推進に大きく舵を切ろうというのです。
ウクライナでのザポロージャ原発問題が危機を迎えているこの時期に、3・11の教訓はもはや忘れ去られてしまったのでしょうか。

*『写真歌集』の一部を紹介します。

息絶えし母牛の側うずくまる子牛を見たとその人は言う 農場に置き去りにされた牛が餓死する様をなす術もなく見守った。最初の夏はウジとハエの地獄だった。
病えてその身の一部切除され 復興阻害の加害者と呼ばれ 311子ども甲状腺がん裁判で、首から上は撮影禁止という条件で会見に出席した原告6人の一人


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?