百花繚乱のエリチェレン(第4話)【ユグドラシルの予言】
「ちょっと。どういうことなんですか!」
「今奴が言った通りだ!」
ヘファイスティアはそれ以上説明せず、業火を浴びせ続けた。ユグドラシルは微動だにせず、炎を受け続けている。
「無駄だと分からないかなぁ?」
ユグドラシルはのんびりとした口調で窘める。抵抗する気は毛頭ないようだ。
だが、ヘファイスティアも無策というわけではないようだった。炎を囮に後ろに回り込み、短剣でユグドラシルの背を刺し貫いた。
「アンフィスバエナの毒ねぇ。多少は考えたようだけど、所詮は定命の浅知恵といったところだね。秘匿協会などと大仰な名を名乗っていても、その程度というわけか」
どうやら、カリアスから奪った毒を剣に塗って使ったらしい。
「そこのエリチェレンには有効だろうが、生命力の象徴たるこの僕に、そんなものが効くわけ無いだろう? そもそも、僕は毒竜ニズヘグに四六時中根っこを噛まれているんだから、慣れっこだよ」
「不発だったか」
ユグドラシルの腕が泡立ち、弾けた。どうやら血と一緒に毒を排出したようだ。
「そんなことより、だ」
ユグドラシルは胡座をかいて座り込んだ。
「君たちもあの星を見ただろう? いずれ僕にかかり切りというわけにもいかなくなる。東方の大地から、救世主が誕生するのだから」
「世迷い言を。ヘロデが幼児を全員殺している」
「そんなのは徒労に終わるよ」
奇しくも、ユグドラシルは師匠と同じことを口にした。
「予言というのはね。どうあがいても成就してしまうから予言なんだ。彼は救世主であり、世界の王となるだろうよ。秘匿協会が真に追うべきは、そっちじゃないのかな?」
ユグドラシルの言うことには、一理あるような気がした。
「これはこれは。ユグドラシルどの。言ってくださればご挨拶しましたのに」
モリアが慌てて戻ってきた。
「なんだ、まだ帰ってなかったのか。挨拶なんて要らないよ。それとも、君たちの挨拶は相手に炎を浴びせることなのかい?」
「申し訳ありません。部下の教育は徹底します」
どうやら秘匿協会のトップらしきモリアも、ユグドラシルには頭が上がらないらしい。
「まぁ、今後ともよろしく頼むよ。それよりそこのエリチェレン」
「はい。私でしょうか?」
「君以外に誰がいるんだ? 師匠たるカリアスの生首がそこにあるが、どうするね?」
何を意図した質問なのだろうか? 普通にローマ郊外に埋めるのがいいかと思っていたのだが。
「さっき言った通り、僕は生命力の象徴たる世界樹だ。そこの生首からカリアスを再生させることも容易いが、どうするかね?」
私は逡巡する。師匠の死をなかったことにできれば、また一緒に旅ができる。また愛しい師匠に会える。だがそれが、自然の摂理に反する禁忌であることくらい、理解していた。
「やりません。師匠はそんなことを望んでいないでしょうから」
「フッ、死者の気持ちがわかるかのような物言いだな。まぁいい。そこまで言うなら放置してやるよ」
そうとだけ言い残して、ユグドラシルは姿を消した。
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