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臨床推論 Case180

Cureus 16(5): e60260.

【主訴】
呼吸苦

【現病歴】
■  1か月前から徐々に労作時呼吸困難が出現し受診した. 症状は徐々に悪化し, 日常生活に支障をきたすようになった. 胸痛, 咳嗽, 発熱, 体重減少などの随伴症状は認めなかった.近医で胸部X線で右側胸水貯留を指摘され, 精査目的で当院を紹介受診した.

【現症】
■ バイタルサイン:血圧 130/80 mmHg, 心拍数 72回/分, 呼吸数 18回/分, 室内気での酸素飽和度 96%
■ 身体所見:右下肺野で呼吸音の減弱を認めたが, ラ音や喘鳴は聴取しなかった. 頸静脈怒張や末梢浮腫も認めなかった.
■ 血液:WBC 5,060/μL, TP 7.9 g/dL, LDH 132 U/L, 血糖 135 mg/dL, CRP 0.04 mg/dL, TSPOT(-) 抗MAC抗体(-)
■ 胸部CT:肺病変を伴わない右胸水貯留を認めた.

■ 胸水穿刺:褐色 軽度混濁 リンパ球優位(91%) pH 7.53, ADA 23 U/L, LDH 66 U/L, タンパク 3.7 g/dL, 糖 133 mg/dL, 細胞診陰性, 細菌検査(-)

【経過①】
■ 胸膜生検が予定されたがCTで結節陰影が出現した.


■ 喀痰培養提出したが陰性.
■ そのためVATSを実施した.

What’s your diagnosis ?




【診断】
クリプトコッカスによる胸膜炎

【経過②】
■ 右壁側胸膜生検と右上葉部分切除術を施行した.
■ 肺組織の病理学的検査では, PAS染色とGrocott染色でクリプトコッカスと考えられる酵母様真菌を確認し組織培養でC. neoformans が同定された.

■ 壁側胸膜の組織学的解析では非特異的な炎症所見のみで, 酵母様真菌は認めず, 組織培養で真菌の発育も認めなかった.

■ 血清クリプトコッカス抗原検査は陰性で, HIVと悪性腫瘍のスクリーニング検査も陰性だった.

■ フルコナゾール(FLCZ)400mg/日の経口投与を開始し, 副作用なく治療を継続できた. 治療開始後6週間の胸部X線フォローで胸水貯留の徐々に改善を認めた. 呼吸困難は著明に改善し, 通常の日常生活に復帰できた. 24週間のFLCZ投与を完遂し, 6ヶ月後のフォローアップ受診時には症状は消失していた.

【考察】
■ 本症例は, 免疫正常者に発症したクリプトコッカス性胸膜炎の稀な症例である.
■ 肺内病変に先行して胸水貯留が出現し, 確定診断には胸腔鏡下の胸膜・肺生検を要した. 播種性病変がないためFLCZの単剤療法で治療できた.

■ クリプトコッカスは, 腐生性の好気性真菌で細胞内寄生能力を有し, 30種以上が存在するが, ヒトに病原性を示すのはC. neoformansとC. gattiiのみである. クリプトコッカス症は, 悪性腫瘍, AIDS, 移植レシピエント, 免疫抑制治療など, 主に免疫不全患者で発症する.

■ 日本や中国などの東アジアでは, 免疫不全患者の肺クリプトコッカス症の大部分はAIDS関連ではなく, 糖尿病, 膠原病, 癌に関連していた.

■ クリプトコッカスは, 中枢神経系, 皮膚, 血液, 眼, 前立腺, 骨などを含む様々な臓器に感染することが知られている. クリプトコッカスを吸入することで感染が成立するため, 肺が最も一般的な感染部位である. 肺クリプトコッカス症の発症は多様で, 無症候性の孤立性結節から重篤な致死的肺炎まで幅広く, 患者の免疫状態に大きく影響される.

■ 肺クリプトコッカス症の画像所見は多様である. 免疫正常患者では, CTでしばしば境界明瞭な結節を認め, PET-CTでFDG集積を示す. これらの所見は肺癌と誤診されやすく, そのような症例の約30%で誤診されている. 対照的に, 免疫不全患者の胸部画像では, 浸潤影, 空洞, ハローサイン, リンパ節腫脹などを認めることが多い

■ クリプトコッカス性胸膜炎は主に免疫不全患者で発症する. 肺クリプトコッカス症76例のレビューでは, 5例で胸水貯留を認め, そのうち2例が免疫正常者であった. 本症例も, 免疫正常者であった. まとめは以下の通り.

■ クリプトコッカス症の胸水は通常, 滲出性でリンパ球優位で, 主に右側に認められる. しかし, 好中球優位, 好酸球優位, 漏出性の胸水も認められる. 胸水中のADAの上昇が診断の手がかりになるという報告もあるが, 結核性胸膜炎との鑑別が重要である. 胸水または胸膜組織からのクリプトコッカスの検出が, クリプトコッカス性胸膜炎の確定診断となるが, 胸水培養の感度は比較的低く, Youngらは26例中12例(46%)で胸水培養が陽性であったと報告している.

■ 胸水培養によるクリプトコッカス性胸膜炎の診断が難しいため, より侵襲性の低い方法として, 胸水中のクリプトコッカス抗原の測定を診断の選択肢として考慮すべきである. 過去の報告では, クリプトコッカス性胸膜炎における胸水中クリプトコッカス抗原検査で80%(8/10)が陽性で, 胸水培養が陰性の場合でも診断に有用であった. 本症例では胸水中のクリプトコッカス抗原検査は実施されなかった.

■ クリプトコッカス症に対する抗真菌薬治療は, 通常, 患者の免疫状態, 基礎疾患, 髄膜脳炎などの播種性病変の合併の有無によって異なる. 免疫不全者のクリプトコッカス性胸膜炎の症例の中には, 播種性病変としてアムホテリシンで治療されたものもあれば, FLCZのみで治癒したものもある. 過去の症例報告から, 胸膜や胸水に真菌を認めない胸膜炎単独の症例では, FLCZの単剤療法が有効である可能性がある. ドレナージを行うかどうかは個々の症例による. 本症例では, 肺と臓側胸膜以外に病変を認めず, FLCZの単剤療法に良好な反応を示した.

■ クリプトコッカスは主に肺の病原体で, まず肺に感染し, その後血行性に全身に播種する. 本症例では, 肺内病変に先行して胸水貯留が出現したメカニズムは不明だが, 肺の微小病変が胸腔内に直接浸潤した可能性がある. また, 本症例は免疫正常者であったため, 何らかの局所的な免疫応答の異常がクリプトコッカスの増殖を許容した可能性がある. 

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