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臨床推論 Case172

Clin Infect Dis. 2006 Dec 1;43(11):1436-46.
PMID: 17083018.

【症例】
21歳の既往歴のない女性

【現病歴】
■ 第2子を出産した際に3度会陰裂傷を負い, 縫合処置を受けた.
■ 4日後, 悪寒, 排尿困難, および会陰部痛が次第に増悪し, 臀部と右大腿に放散し救急外来を受診した.

【現症】
■ バイタル:体温37.2℃, 血圧96/57mmHg, 脈拍132回/分, 呼吸数20回/分.
■ 血液検査:HCO3 18mmol/L, Cr 0.7mg/dL, Glu 100mg/dL, TP 5.8g/dL, Alb2.1g/dL. PT12.2秒 APTT 33.7秒 Ht48.3%, Plt242,000/μL, WBC67,000/μL
■ 身体診察:会陰部は青灰色を呈し, 陰唇は浮腫状であった.
■ CT:腹水と腫大した子宮のみ認めた.

【経過】
■ クリンダマイシンとゲンタマイシンで治療開始された.
■ 外陰部の外科的デブリードマンと筋膜切開が実施された.
■ バンコマイシンが抗菌薬レジメンに追加された.

■ 術後, WBC123,400/μLに増加し,PLTは141,000/μLに減少した.

■ 低血圧が持続し, 著明な代謝性アシドーシス(pH 7.15)が生じ, 低マグネシウム血症と低カルシウム血症が発症した. 抗菌薬, 炭酸水素ナトリウム, 硫酸マグネシウム, および大量の静脈内輸液が投与された.

■ 手術直後に心拍数が160~170回/分に増加し, 心停止し死亡した.

■ デブリされた会陰組織検体の細菌培養では, C. sordelliiの多量発育と, Clostridium perfringens, Prevotella loeschii, および他の混合嫌気性細菌叢の中等度発育が認められた.
■ 血液培養は陰性であった.

■ 剖検では, 外陰部は浮腫状で発赤していた. 心嚢腔, 右胸腔, 左胸腔にはそれぞれ80mL, 400mL, 250mLの透明な藁色の液体が含まれていた. 肺, 肝臓, 副腎, 腎臓に中等度の血管うっ血が認められた. 子宮筋層は肥大・過形成し, 子宮内膜の血管内に線維成分の多い血栓がみられた. 子宮頸部は著明なうっ血を伴う浮腫と炎症所見を呈していた. 子宮組織の組織病理学的検査では, 大型の桿菌と様々な変性段階の少数の炎症細胞が認められた.

What's your diagnosis ?








【診断】
Clostridium sordelliiによる敗血症性ショック

【概要】
Clostridium sordelliiは1922年にアルゼンチンの微生物学者Alfredo Sordelliによって初めて分離同定された. 形態とおよび感染臓器に強い浮腫を起こすことからBacillus oedematis sporogenesと命名された. 1927年, 本菌はBacillus sordelliiと改名された. 2年後, 本菌はClostridium oedematoidesと同一であることが示され, C. sordelliiと名付けられた. 形態と生化学な類似性から, C. sordelliiは病原性の高いClostridium bifermentanと言われたが, C. sordelliiは尿素を産生することから区別された. 1970年代後半, C. sordellii抗毒素がClostridium difficileによる偽膜性大腸炎患者の糞便検体の細胞毒素を中和することが発見された. 後に両菌種の病原性分離株が共通の細胞毒素を産生することが示された.

C. sordelliiは嫌気性グラム陽性の芽胞形成桿菌で, 周毛性鞭毛を有する. コロニーは血液寒天培地上で半透明から不透明で, 小さなβ溶血帯を示す. 本菌は土壌中や動物の腸管内に広く存在し, 全人類の0.5%の腸管にも存在する. 多くの株は非病原性であるが, 病原性株は羊や牛で腸炎や溶血性尿毒症を引き起こし, ヒトでは壊死性筋膜・壊疽を引き起こす. 病原性は多数の外毒素があり, 特に致死的な毒素と出血性の毒素について広く研究されている.

【疫学】
■ 文献検索し, 43例のデータを解析した.

▫️ 患者:平均33.6歳 男:女=1:2
▫️ このうち8例(35%)は正常分娩に関連し, 5例(22%)は薬物による中絶に関連し, 2例(9%)は自然流産に関連していた. 死亡率は100%であった.
▫️ C. sordelliiは全症例で関与していたが, 単独は2例のみ, 他は複合感染であった. 他に分離された菌にはC. perfringens, Escherichia coli, ブドウ球菌属, レンサ球菌属, 様々な他の嫌気性菌および大腸菌群が含まれていた.

【産科/婦人科関連感染症】
■ C. sordelliiの感染源は不明だが, 健康な女性の0.5~10%で膣内にC. sordelliiが保菌されている.
■ 分娩や流産後の期間ではClostridium属の膣の保菌率は29%にも及ぶと報告されている.
■ 経膣分娩中の膣への糞便汚染によって膣裂傷や会陰切開部位に感染したり, 開いた子宮頸管を通って子宮に上行感染している可能性がある.
■ しかし, 流産または定期的な子宮頸管拡張・掻爬術に関連してC. sordelliiに感染し死亡した報告されていない.おそらくこれらの状況では膣への糞便汚染の可能性が低いためと思われる.

【中絶】
■ ミフェプリストン(RU-486; Danco Laboratories)は避妊の選択肢として世界中で使用されてきた.
■ ヨーロッパではおよそ200万人の女性がミフェプリストンを使用しているが, C. sordellii感染症や死亡は報告されていない.
■ さらに, 2000年以降, 米国でも60万人以上の女性がミフェプリストン誘発中絶を受けている.
■ 世界的にミフェプリストン関連のMIAに起因するC. sordellii関連死亡は5例報告されており, すべて北米で発生した.
■ 研究者らはなぜ感染が起きたのか原因を特定できていない.
■ しかし興味深いことに, 報告されたC. sordellii関連死亡の80%はカリフォルニア州で発生している.
■ ミソプロストールの不適切な使用, 特に膣内投与が原因である可能性があり, 現在調査中である.

【違法薬物】
■ ヨーロッパと北米の注射薬物使用者における致死的なC.sordelliiによる軟部組織感染症に関するいくつかの研究が発表されている.

■ 我々のレビューでは, 45例のうち10例(22%)がこのカテゴリーに分類され, そのうち50%が死亡していた.

■ 1999年, カリフォルニア州でブラックタールヘロインの「スキンポッピング」に起因する壊死性軟部組織感染症のアウトブレイクが発生した.

■ C. sordelliiは9例の創傷検体のうち6例で同定され, 9例中4例が死亡した.

■ 1992年から1997年, そして1999年にも, カリフォルニア州サンフランシスコ地域で同様の感染症のアウトブレイクが2件報告された.

■ C. sordelliiはそれぞれ9例中4例, 5例中2例で分離された.

■ 2000年から2004年にかけて, 英国では注射薬物使用者における軟部組織感染症の症例がほぼ200例報告された. 入院を必要とする感染症の95%近くが, C. sordelliiを含むクロストリジウム属の菌種によるものであった.

■ 薬物使用の器具や土壌で「カットされた」薬物がクロストリジウム属の胞子で汚染されていたと推測されている.

■ いずれの場合も, 皮下組織への薬物の反復注射により局所的な虚血が生じ, クロストリジウム属の胞子の発芽と増殖しやすい嫌気的環境によって生じたと考えられている.


【他の感染経路】
■ 45例中19例(42%)のC. sordellii感染症は, 非婦人科手術後や, 以前は健康だった男性, 女性, 小児の軟部組織の穿通性, 圧挫, 外傷性損傷後に発生した.
■ これらの19人の患者のうち, 10人(53%)が死亡した.

【臨床症状】


■ 感染の初期症状は悪心, めまい, 倦怠感, 感染部位の軽度の圧痛や発疹である. ほとんどの患者(73%)は発熱がなかった. 入院後数時間で低血圧と頻脈が出現した. 検査所見ではHt値の上昇, WBCおよびPLTの増加, 血清CaおよびTPの低下を示した.
■ 感染が進行するにつれ, C. sordellii感染に特有の6つの特徴的な臨床像が現れた.
▫️「類白血病反応」と呼ばれる著明な白血球増加症
▫️難治性低血圧
▫️重度の頻脈
▫️著明な毛細血管漏出症候群
▫️血液濃縮
▫️持続的な発熱の欠如である.

■ C. sordellii感染症では, WBCは通常急性期(48~72時間以内)に10万/μLを超え, 1例では20万/μLに達したとの報告もある.
■ 同様の類白血病反応はC. difficileおよびClostridium novyi感染症でも特徴的にみられる.
■ 分画では成熟および未成熟好中球(すなわち, 桿状核球, 後骨髄球, 骨髄球)の割合の増加と, リンパ球および単球の絶対数の増加が認められた.
■ 著明に上昇した白血球数は予後不良因子であった.
■ C. sordellii感染症で死亡した患者の平均白血球数は75,000/μLあったのに対し, 生存者では18,000/μLであった.

■ 死亡した白血球数は13,500~19,000/μLであったが2回目以降のデータがないものや免疫不全患者であった.
■ 上昇する白血球数に加えて, 重度の頻脈と頻呼吸を認め, その後腹膜炎と胸水貯留が出現する.
■ この毛細血管漏出は著明に上昇したHt値に寄与した可能性があり, 毒素によって血管内皮の変化が生じていると考えられている.
■ 死亡したほとんどの患者(26例中19例)は, 疾患経過を通じて発熱がみられなかったがなぜかは不明である.
■ 全体として, C. sordellii感染症患者の死亡率は69%近くに達し, ほとんどの患者が低血圧と多臓器不全により発症後数日から数時間以内に死亡した.
■ 剖検所見では感染部位の軟部組織壊死と浮腫が目立った. 顕微鏡検査では, 感染組織に急性炎症変化と血管の局所血栓症が認められた. しばしば, 健常組織と壊死組織の境界には好中球変性が高度にみられた. 1例を除く全例でC. sordelliiが感染部位で同定され, 45例中9例では血液中にC. sordelliiが検出された.

【診断】
■ C. sordellii感染の早期診断は, しばしば困難である.
■ 第一にこれらの感染症の有病率が低いこと, 第二に初期症状が非特異的であること.
■ 経過の初期には, ウイルス感染ともとれる症状を呈し,漠然とした症状と発熱がないことから, 医師は通常, 診断のための追加検査を積極的に行わない.
■ 局所感染の証拠がなく発熱もないことから, 出産, 治療的中絶, 消化管手術, 外傷後に深部感染を起こした患者ではC. sordellii感染の診断が特に問題となる.
■ このような患者は, 肺塞栓, 消化管出血, 腎盂腎炎, 胆嚢炎と誤診されることが多い. 残念なことに, このような診断の遅れは死亡率を増加させ, 局所症状や徴候が明らかになる頃には,患者はショック・多臓器不全になっている.
■ 対照的に, 違法注射薬使用者では, 注射部位の腫脹, 疼痛, 発赤を呈するため, 感染が容易に疑われる. この早期発見が死亡率の低さに寄与していると考えられる.
■ 現在のところ, C. sordelliiを同定する迅速検査法は存在しない.


【治療】
■ C. sordellii感染に対する適切な治療法は,確率されていない. 実際, 症状が現れてから死亡するまでの期間は非常に短いことが多く, 経験的抗菌薬療法を開始する時間はほとんどない. また血液や創傷吸引検体の嫌気性菌培養には時間がかかり, 多くの病院検査室では嫌気性菌の抗菌薬感受性検査を日常的に行っていない.
■ 古い研究による抗菌薬感受性のデータから, C. sordelliiは多くのクロストリジウム菌と同様に, b-ラクタム系, クリンダマイシン, テトラサイクリン, クロラムフェニコールに感受性があるが, アミノグリコシド系およびスルホンアミド系には耐性であることが示唆されている .
■ 毒素合成を抑制する抗生物質(クリンダマイシンなど)は, 他の毒素産生グラム陽性菌による壊死性感染症に有効であることが証明されているため, 治療の補助薬として有用である可能性がある.


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