臨床推論 Case182
Surg Case Rep. 2021 Feb 15;7(1):47.
PMID: 33590344
【症例】
23歳女性
【主訴】
腹痛
【既往】
クラミジア感染症
骨盤内膿瘍
子宮内膜症
【現病歴】
■ 以前他院で骨盤内膿瘍の治療を数回受けていた. CTガイド下ドレナージが行われ症状は改善した. 血性膿性の排液を認め, 培養検査でEscherichia coliは検出されたがクラミジアは検出されなかった. 骨盤内膿瘍の治療中に行った尿検体のPCRではクラミジア感染は陰性だった. また感染巣の詳細な検索のため下部消化管内視鏡検査を行ったところ, 子宮内膜症を疑う腸管所見を認めた.
■ 再発性の骨盤内膿瘍は子宮内膜症が原因として考えられていた. 子宮内膜症に対して内服治療中に骨盤内膿瘍を繰り返したため, さらなる検査と治療のため当院婦人科に紹介となった.
■ その後, 腹痛が再燃し当院に救急搬送された.
【現症】
■ 診察:臍下部に限局した圧痛と腹膜刺激症状を認めた.
■ 血液:白血球12,800/μL, 血小板224,000/μL. PT-INRは0.97. T-bil 1.6mg/dL, Alb 4.3g/dL, AST 22U/L, ALT 35U/L, ALP 239U/L, CRP 0.71mg/dL.
■ CT:closed loop を伴う小腸閉塞と少量の骨盤内膿瘍を認めた. 肝表面の造影効果も認められた.
【経過①】
■ 既往歴と臨床所見から, 子宮内膜症感染によるE.coli の骨盤内膿瘍による腸閉塞が疑われたが, 術前の確定診断には至らなかった.
■ 診断と治療を目的に腹腔鏡手術を行った. 術中, 肝臓から骨盤にかけて線維性癒着を認めた. 臍下部の癒着により小腸loopが形成され, 骨盤内にも線維性癒着と腹水を認めた. 子宮は確認できたが卵巣は骨盤内の癒着のため確認できなかった. トライツ靱帯から100cmの小腸に腸閉塞の原因となる癒着を認めた. 他にも腹腔内全体に複数の癒着とbandを認めた. 癒着によるbandを剥離し腸閉塞を解除した. その後小腸全体をチェックし他に異常がないことを確認した. 小腸は浮腫状だったが壊死はなく, 腸切除は行わなかった. 術中, 骨盤を含む腹腔内の腹水を可能な限り吸引・洗浄した. 明らかな膿瘍形成は認めなかった.
■ 術前に提出した血液検体でクラミジア・トラコマティス抗体IgA が陽性, IgG は陰性であった.
What’s your diagnosis ?
【診断】
FHCSによる腸閉塞
【経過②】
■ 特徴的な術中所見とC.トラコマティス抗体の結果から, 最終的にクラミジア感染による癒着が原因の小腸閉塞と診断した.
■ クラミジア感染に対してはレボフロキサシン, 大腸菌などの嫌気性菌感染に対しては術前後にセフメタゾールとクリンダマイシンで治療した.
■ 癒着剥離により症状は改善した. 術後経過は良好で, 術後5日目に退院となった.
【考察】
■ C.トラコマティス株は3つのbiovarに分けられ, さらに血清型によって亜型に分類される. そのうち, 生殖器biovar(血清型D-K)が最もSTDに関連している. 女性では, C.トラコマティスによる生殖器感染の70-80%は無症状だが, 15-40%は上部生殖器へ上行し, PID, 卵管卵巣膿瘍, 肝周囲炎(Fitz-Hugh-Curtis症候群, FHC), 不妊症, 子宮外妊娠などの重篤な後遺症を引き起こす可能性がある.
■ また, C.トラコマティスによる生殖器感染は癒着や腸閉塞を引き起こすことが報告されている. 造影CTでは早期相で特徴的な肝下部の濃染像を示す. バイオリン弦様癒着と呼ばれる線維性癒着はFHCSの典型的な腹腔内所見である. バイオリン弦様癒着を認める場合のクラミジア腹腔内感染の陽性率は80%以上と報告されている. 本症例でもCTで肝表面の造影効果を認め, 肝臓上のバイオリン弦様癒着などの特徴的な腹腔内所見を認めた. 骨盤内にも軽度膿性の腹水を認めたが, 手術時点では原因は不明であった. 本症例ではIgAが陽性でIgGが陰性であったため, 抗体検査からクラミジア感染の活動期であることが示唆され, 線維性癒着が生じる時期としては早期である可能性が考えられた. 肝周囲のバイオリン弦様癒着や他の腹腔内癒着が半透明の膜様組織であったという術中所見からも, まだ活動期であることが示唆された.
■ 本症例のように活動期でもクラミジア感染による腸閉塞が起こり得ることも示唆された. IgGが偽陰性であった可能性やIgG陰性の時期がIgA陽性感染の早期と一致した可能性も考えられたが, 術中所見を含め総合的に判断し, 活動期のクラミジア感染による腸閉塞と判断した.
■ 腸閉塞の原因は, 癒着(74%), クローン病(7%), 腫瘍(5%), ヘルニア(2%), 放射線(1%), その他(11%)である. その中でもクラミジア感染による腸閉塞は極めてまれであり, 術前診断は困難と考えられる.
■ クラミジア感染による腸閉塞は1899年に初めて報告され, 現在までに本症例を含めて英語論文で7例の報告がある. 本症例を含め5例で診断と治療目的に手術が行われており, 術前診断の困難さを示唆している. 一方, 2例では抗菌薬とドレナージ(胃管含む)による保存的治療で改善している. CTで肝表面にFHCを疑う所見を認めたため, クラミジア感染による腸閉塞と術前診断できた症例は1例のみであった.
■ 表に示すようにクラミジア感染による腸閉塞に対して腹腔鏡手術が行われたのは3例である. 開腹手術を行った2例のうち1例で小腸切除が行われている. 一方, 腹腔鏡症例では腸閉塞解除のためのバンド切除のみが行われ, 小腸切除は行われていない. 最近では保存的治療に抵抗性の腸閉塞, 特に原因不明の腸閉塞に対して腹腔鏡手術が行われる傾向にある. 本症例でも腹腔鏡下に線維索の剥離が可能で腸閉塞が解除された. さらに骨盤内や肝表面にPIDを示唆する所見が確認された. 腹腔鏡手術を選択する利点は低侵襲性だけでなく, 適切な腹腔内観察に適していることかもしれない. C.トラコマティスの検査法には, 罹患部位の子宮頸部擦過物や尿検体を用いた細胞培養法, 抗原検査(酵素免疫測定法など), 遺伝子検査(PCRなど), 血清抗体検査などがある. 細胞培養法が検査の標準とされているが, 施設の状況や技術, コストを考慮する必要がある. 一般的には抗原検査と遺伝子検査の組み合わせで現在の感染を診断する. 血清抗体検査は感染初期に抗体価が上昇しない可能性があるため補助的に用いるべきである. しかし, 検体採取が困難な場合(骨盤内感染や妊婦など)や不妊症のスクリーニングには血清抗体検査が有用である可能性がある.
■ 本症例では膿瘍からの細胞培養やPCRではクラミジア感染の時期が不顕性であったためC.トラコマティスは検出されなかった. クラミジア感染による癒着性腸閉塞に関しては, 血清抗体検査で証明された感染の既往と現在の感染の両方が診断に有用である可能性がある. 術中所見とC.トラコマティス抗体IgA陽性の両者からクラミジア感染による腸閉塞と診断した. 女性の原因不明の腸閉塞症例ではクラミジア感染の鑑別のために検査を考慮すべきである. 特に本症例のように若年女性や, CTで閉塞部位が骨盤のやや上方であればクラミジア感染を疑う必要がある.
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