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臨床推論 Case181

Clin J Gastroenterol. 2018 Aug;11(4):338-342.
PMID: 29417387.

【症例】
50歳男性

【主訴】
右上腹部痛

【既往/治療歴】
十二指腸潰瘍

【現病歴】
■ 前日からの右上腹部痛を主訴に来院した. 痛みは徐々に増強し, 心窩部と右肩に広がり, 食事ではなく呼吸に伴って変化した. 発熱や消化器, 泌尿器症状はなかった. 既往歴は40歳時の十二指腸潰瘍. 妻以外との性交渉や性感染症の既往は否定した.

【現症】
■ バイタル:問題なし.
■ 診察:腹部右上部と心窩部は軽度硬く, びまん性に圧痛を認めたが, 腹膜刺激症状はなかった.
■ 血液検査:WBC 9200/μL(好中球68.6%)と上昇, CRPと肝酵素は正常であった.
■ 造影CT:肝周囲と骨盤の液体貯留, 早期相での肝被膜の造影効果が見られた.

What’s your diagnosis ?








【診断】
Fitz–Hugh–Curtis syndrome(FHCS)

【経過】
■ 尿検体でクラミジア・トラコマティスDNAが陽性, 淋菌DNAは陰性だった.
■ HIV, 梅毒, B型肝炎, C型肝炎の血清検査は陰性だった.
■ 上部消化管内視鏡で, 十二指腸球部にSakita-Miwa分類のH1期の十二指腸潰瘍を認めた.
■ 患者は十二指腸潰瘍とクラミジア・トラコマティスによるFHCSと診断された.
■ 診断のための腹腔鏡検査は拒否された.
■ レボフロキサシン点滴 (500mg/日) とオメプラゾール内服 (20mg/日)を開始した.
■ 数日以内に症状と腹水は完全に消失した.

【考察】
■ 本症例は2点の重要なな臨床的意義がある. 第一に, 男性でもFHCSが起こりうることを示す. FHCSは主に出産年齢の女性に見られ, 原因はクラミジア・トラコマティス感染である. 我々が知る限り, 男性のFHCS報告例は11例しかない. 6例は淋菌が原因菌で, 残り5例ではクラミジア・トラコマティスは検出されなかった. 本症例では尿検体でクラミジア・トラコマティスDNA陽性, 淋菌DNA陰性だった.

■ 第二に, FHCSの臨床像と経過は男女で類似しているが, 同一ではない. 本症例の右上腹部痛は, 女性のFHCSでも見られる. この症状は胆道系疾患など様々な疾患を示唆するが, 本症例では血液検査やCTで胆嚢炎の所見はなかった. FHCSでは, 右上腹部痛は肝前面と腹壁の癒着を反映し, 呼吸に伴って変化すると考えられる. 一方, 女性では骨盤の炎症により下腹部痛と異常帯下を伴うことが多い. FHCSを引き起こす男性の尿道炎は通常無症状なので, 下腹部痛を伴わないのかもしれない.

■ FHCSの機序は十分解明されていない. 女性では感染した卵管から傍結腸溝を介して菌が放出され, FHCSに至る可能性がある. 男性では肝被膜への血行性またはリンパ行性の感染が主因と考えられる.

■ 腹腔鏡や開腹手術はFHCSの確定診断に有用である. いずれもバイオリン弦様の癒着を検出し, 肝被膜病変の検体から原因菌を同定できる. しかし侵襲的なため, 臨床の場では尿, 血液, 分泌物から原因菌を分離し, 造影CTを行うことで診断される. 本症例では腹腔鏡や開腹を施行しなかったため, 他の報告同様, 症状, 造影CT, 血清検査, 臨床経過からFHCSと診断した.

■ 造影CTは肝被膜の造影効果を検出できるため, FHCSの早期診断に役立つ. 早期相の被膜の造影効果は, 炎症による肝被膜の血流増加に起因すると考えられる.

■ 原因菌に対する速やかな抗菌薬治療は慢性合併症を防ぐために必要であり, 早期FHCSでは早急な治療で治癒に至る. 腹腔鏡や開腹による外科的癒着剥離より非侵襲的で安価な治療法である.

■ FHCSは男性でも起こりうる. したがって, 早期診断と治療は女性だけでなく男性にも必要である. 胆道系疾患の有意な所見がない男性が右上腹部痛を訴える場合, FHCSを鑑別にあげる必要がある.

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