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臨床推論 Case157

Clin Case Rep. 2022 Apr 15;10(4):e05740.
PMID: 35441013

【症例】
57歳 男性

【主訴】
左手のしびれと跛行

【既往】
高血圧 糖尿病

【現病歴】
■ 2ヶ月前からの左手のしびれと跛行を主訴に入院された.
■ 同時期からのめまいと平衡感覚障害あり, 2週間前からの左手指のレイノーと疼痛も認めている.

【現症】
■ 右血圧140/90 mmHg 左橈骨動脈の脈拍は微弱で左上腕の血圧は80/44 mmHgと左右差あり.
■ 血液, 心電図, 胸部Xpは特記なし.
■ 頸動脈エコーで収縮期と拡張期で椎骨動脈のblood flowが逆転していた.

■ 造影CTは以下の通り.

What’s your diagnosis ?







【診断】
鎖骨下盗血症候群
Subclavian steal syndrome(SSS)

【経過】
■ 左鎖骨下動脈起始部付近に不整な同心性壁肥厚と部分的な内腔狭窄を認めた. 両側椎骨動脈と左椎骨動脈起始部より末梢の左鎖骨下動脈は, 正常に描出されており左椎骨動脈から左鎖骨下動脈末梢部への血流供給を示唆している.
■ 心臓血管外科に紹介され, 血管内鎖骨下ステント留置術を受けた. 著明に改善し6ヶ月間の経過観察でも症状の再発はなかった.
■ 当院での初回フォローアップ時に頸動脈のドプラ超音波検査を行ったところ両側椎骨動脈の収縮期・拡張期の血流は正常であ

【考察】
■ 椎骨動脈の近位部(すなわち椎骨動脈起始部より近位)の鎖骨下動脈の閉塞または狭窄により, 末梢側の圧が低下➡︎圧力差が生まれ, 同側の椎骨動脈で逆行性血流が生じる. このように血液は脳底動脈領域から鎖骨下動脈に灌流するようになり, 上腕の灌流低下を補う.

Circulation. 2014;129:2320–2323

■ 55歳以上に多く, 男女比は2:1である. ほとんどの患者は無症状である. しかし同側上肢への代償性血流の過剰により, 椎骨脳底動脈が虚血になり神経症状を呈することがある. Willis動脈輪の後交通動脈により維持される主要な側副血行はも頸動脈閉塞性病変の併存により虚血になることがある. また内胸動脈バイパスグラフトを有する患者ではSSSがあると冠動脈血流低下を起こすことがある.

■ 動脈硬化症が最も一般的な原因であり, 次いで血管炎, 胸郭出口症候群, 医原性でも起きうる. 特に若年患者では孤立性左鎖骨下動脈を伴う右側大動脈弓などの先天性異常も原因となりうる. 左右比4:1で左側に多い. 動脈硬化性は男性および50歳以上の年齢層で多い.

■ 臨床症状は大きく神経症状と上肢症状の2つに分けられる.
▫️前者には複視, めまい, 失神, 運動失調, 頭痛, 構音障害, 痙攣, 精神変化, 耳鳴り, 失語症などがある.
▫️上肢症状には麻痺, 間欠性跛行, 錯感覚, 指の壊疽などがある.
▫️身体所見では両側上肢の血圧差が15mmHg以上, 障害側の脈拍微弱, 鎖骨上窩の雑音, 同側上肢の萎縮性変化などが見られる.

■ドプラ超音波検査, MRA, CTAなどの様々な診断法を用いて確定診断を行う.診断基準には鎖骨下動脈または腕頭動脈の閉塞または著明な狭窄, 椎骨動脈血流の逆行, 両側椎骨動脈および脳底動脈の血流は保たれている, が含まれている.

■ 軽度の症状の場合は内科的治療と経過観察で対応可能である.アスピリン, スタチン, β遮断薬,ACEが推奨される.

■ 重度の症状を有する患者には何らかの血行再建術が必要である. 両腕の血圧差が40〜50mmHg以上の場合も治療が必要である. 外科的治療としては頸動脈-鎖骨下バイパス術, 腋窩-腋窩バイパス術, 頸動脈転位術などがある. このうち頸動脈 - 鎖骨下バイパス術はリスクが低く長期的に経過がよいため最も行われている. これは無症状の患者に対しても椎骨脳底動脈不全症状の進展を防ぐために行われることがある. またバルーン血管形成術と適切なステントも行われる.

■ SSSは左鎖骨下動脈の狭窄/閉塞によるものが多いが右側動脈閉塞の報告もある. Budincevic Hらと Aseem WMらは両側SSSを報告しており, 前者は有意な症状を伴わなかった. 本症例では左側病変であり, 動脈硬化症が原因となっている. 同様にLum CFらとPsillas Gらの報告例では眼症状と聴覚症状が認められたが, 本症例ではみられなかった. また異常な眼球運動と眼振が認められた研究もある. Komatsubara Iらの症例研究では失神と上肢の脱力が認められた. さらに1例では悪心と嘔吐もみられた. 本症例で特徴的な症状は, 罹患側上肢の指のチアノーゼである.

■ したがって両側上肢の脈拍と血圧に差がある患者はSSSを評価する必要がある. 本疾患はあらゆる症状を示す可能性がある. 片側上肢の疼痛, 麻痺, 異常知覚, 指のチアノーゼなど. 同様に特に高血圧や糖尿病などの併存症を有する患者ではめまい, ふらつき, 運動失調, 難聴, 耳鳴, 視力低下などのたった一つの神経症状でも起きうる. 症状のある患者には早急な治療が必要である.

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