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【創作大賞2024恋愛小説部門】早春賦 #03「バー・こずえ」

前回のお話はこちら》


翌日の16:00。若葉が出勤すると、カウンターの中には既にママの着物姿があった。

「あら、若葉ちゃん。おはようさん。」

ママが妖艶に微笑む。

七十近いはずなのに、ふっくらとした頬は白くつややかで、紅い小さな唇は口角がきゅっと上がっている。優し気に垂れ下がった目元と、口元のほくろが、ゾクリとするほど色っぽい。新地の女ではあるが、他のクラブのママとは違い、さほど髪型を大仰にはせずに、ちんまりと上品にセットしている。

ママは「おはようさん」と挨拶してくれたが、若葉はママが住むマンションに居候しているので、ついさっきまで一緒だった。ママは髪をセットするために若葉より先に部屋を出て、ここで再び、若葉と顔を合わせたのだった。

「ママ、おはよう。」

若葉は店内を見回すが、まだモクさんの姿はない。
若葉は、今日も露出度が高い格好をしている。大胆なオフショルダーのセーターに下着が見えそうで見えないギリギリ丈の黒革のタイトスカート、スエードのニーハイブーツという服装で、テーブルを拭き清めたり、花のガラを取ったり、せっせと店内を整備する。

そうこうしているうちに、モクさんが出勤してきた。若葉は昨日の失態を思い出してドキリとする。

モクさんは、黒シャツと黒パンツの上に、スタンドカラーの黒いロングコートを羽織り、くすんだ青色のマフラーをぐるぐると巻いている。
相変わらず一言も発せず、ママや若葉からの挨拶に対し、顔を背けたままで小さく頷く。

そして自宅から持参した保冷バッグを開き、幾つかのタッパーを取り出して、カウンターの上に並べる。若葉はその中身を確かめながら、冷蔵庫の中に整然と並べていく。
店内に厨房設備がないため、かつて料理人だったというモクさんが、自宅でフードを作ってくる。おつまみと冷菜だけだが、気の利いたものを作るので、お客からとても評判が良い。

この図体のでかいおっさんが、大きな手をちまちまと動かして美味しい料理を作っていることが、若葉には不思議でならない。実際、お皿に料理を盛り付けているときのモクさんの繊細な箸使いを、若葉は不思議な生き物を見るような目で眺めている。

そうこうしているうちに18:00となり、カウンター十二席とソファ席四セットの店内に、常連客が少しずつ集まってきた。

「ひょー、若葉ちゃん、今日もナイスバデーやなあ。まぶしすぎるわ。」
「ありがと。ヨシさんもイケオジやで。」

若葉は愛想よく答えるが、古くからの常連客の目当ては、自分ではなく、ママだ。ママはいつも嫣然として、黙ってお客の話に耳を傾けている。

「若葉ちゃん、ちょっとこっちに座ろうや。」

そう言って、若葉に好色の目を向けるのは、ソファ席に座る三十代・四十代のお客だ。若葉の腰に手を回し、抱き寄せようとするお客もいる。

「ツチダさん、気持ちはようわかるけど、我慢してちょうだい。ここはスナックやなくて、バーやのよ。ね?」

ママが優しく諫める。ママは「バー・こずえ」の観音様だ。若葉は、ママの忠実な下僕である。


続く

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