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【創作大賞2024恋愛小説部門】早春賦 #31「ほんものの家族」

前回のお話はこちら》


「ええぞ。俺が、若葉の子どもの父親になったる。」

惣一郎が即行で快諾したので、逆に若葉の方が驚いて、戸惑った。

「……ほんまに?」

「俺は嘘をつかへんし、約束は必ず守る。こないだ、お前がそう言うたやないか。」

「そやけど、モクさん、一生独りで生きて行くって。」

「…ああ、確かに前までは、一生独りで生きて行くつもりやった。けど今は、もう無理やと思うて、あきらめてる。
俺はもう、お前が隣におらへんと、人間らしい生活を送られへん。お前が隣におらへん方が、心が不安定になって危うい。この一週間の冴え返りは、ほんまに、身に染みてこたえた。
そやから、俺がお前の運命の人になる。そう決めた。」

惣一郎は若葉と向き合った。

「…俺も今朝、夢を見た。夢の中にお前の弟が出てきて、『もうすぐお姉ちゃんの子どもに生まれ変わる』って言うてた。多分、あの夢は、俺の潜在的な願望や。
俺は、お前が子どもを産んで、幸せそうにしてるんを間近で見たい。お前の子どもを抱き上げたい。若葉。俺のほんまの家族になって、俺の子どもを産んでくれるか?」

若葉は片手で口元を覆って、涙ぐんでいる。

「あたしも、モクさんのほんまの家族になりたい。モクさんやったら、ええお父さんになってくれる。」

「…そんなら、お前を俺の嫁さんにするってことで、ええな?」

若葉はそれに答えられず、片手で口元を覆ったまま、眼をつむって涙を流している。惣一郎は、若葉の沈黙を引き取って言う。

「…お前、さっきの、子どもの父親になってくれって話、俺が断るもんやと思うてたやろ。俺に断られたら、いさぎよく親父さんに頼る決心がつくと思うて、言うたやろ。」

「モクさん、スーさんの話、知ってたの…。」

「…ああ、そのことで、ママから散々どやされた。けど、心配せんでええ。俺がお前の人生をまるごと引き受けて、お前の代わりに、俺が親父さんに頼る。それで、ええやろ?」

若葉は首を横に振る。

「モクさん。黙ってて、ごめんなさい。あたし、実は、昔……。」

若葉はそこから、なかなか、あとの言葉を続けることができない。

「…無理して話さんでもええ。俺の若葉は、今の若葉だけや。昔の若葉はどうでもええ。」

「いや。モクさんには、ちゃんと話しとかなあかん。この話を聞いてから、あたしをお嫁さんにするんかどうか、決めて。」

若葉は、時折、涙で声を詰まらせながら、話を続ける。

「あたし、高校んとき、親から逃げるためのお金がどうしても欲しくて、それで好きでもない大人の男と、お金で付き合うてたの。正直、父親くらいの年の男に甘えたいって気持ちもあった。あたし、父親に甘えさせて貰うたことが、いっぺんもなかったから。」

「………」

「十年近く前のことやし、福岡でのことやから、もう忘れてたの。そやのに、今になって、こんなことに…。ごめんなさい。あたし、モクさんに軽蔑されるんが怖くて、よう話さんかった。」

「…軽蔑なんかせえへん。俺は人を傷つけてたけど、お前は傷つけられてたんやろ。」

…躰は成長していても、社会をよく知らない未熟な時期に、ろくでもない大人の男に好きなようにされて、たくさん傷ついただろう。今更、傷口に塩を擦り込まれるような目に遭わされて、独りで辛かっただろう。

惣一郎は、若葉を抱き寄せて、背中をさすってやる。

「…高校んときの若葉を、俺が引き取ってやれたら良かったのにな。」

若葉は惣一郎にしがみついて、肩を震わせている。

「…大丈夫や。若葉には俺がついてる。俺が親父さんに掛け合う。全部解決したら、二人で東京に遊びに行こな。」

若葉は惣一郎の腕の中で、うんうん、と大きく二回うなずいた。若葉の背中をさすりながら、惣一郎は真剣に考える。

…そんな男と対峙したら、俺は逆上して、何をしでかすかわからない。なんとしても、親父さんに助けてもらわなければ。
親父さんが俺の頼みを聞いてくれる確証はなくても、俺はタケシの言う通り、腹を括って、しのぎを削るしかないのだ。


続く

前回のお話はこちら》


【第1話はこちら】


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