おしゃれ

おしゃれ、と聞くと母を思い出す。

若い頃、好きで美術館に通いつめ、世界中の有名な画家の絵をいっぱい見て色を覚えた、とよく言っていた。


もともと、美的感覚も優れていて、身に着けるもの以外にも、食器やクルマまで、ハイセンスなものを選んだ。

あまり見たことない、ちょっと目を惹く、いかにもいいなぁと思う、綺麗な色と柄の生地を買っては、私達のワンピースやブラウスを作ってくれた。

それを着ていると、必ず、いいね、と褒められたから、幼いながら誇らしかった。

母は若い頃、会社に来ていくブラウスが、お気に入りは1枚しかなかったから、仕事から帰ると毎日洗濯して、翌朝もアイロンをかけてそのブラウスを着ていったし、電車に乗る時も、スカートがしわにならないよう、決して座らなかったらしい。

そんなおしゃれな親から、なぜ私や妹のような、おしゃれに無頓着で、センスない子供が生まれたのか、母もがっかりしたことだろう。

それに気づいたから、母は私達に考える余裕などないくらいに、自分の趣味の洋服を着せ、カバンを持たせ、靴を履かせたのかもしれない。

それが良かったのか、どうなのかわからないけれど、自分で選ぶことができない大人になったことは、確かだ。

すべて与えられて成長したから、欲しいという欲求がそもそも湧かないし、母が余りにもセンスが良かったことも、かえって劣等感を強めたようにも思う。

自分にはセンスがない、と決め込んでいたから、好みがわからなくなってしまったのは私の責任だけれど。

そんなこんなで、本当は自分が何が好きなのかを、遅ればせながら探っている毎日なのだ。


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