無意味・大げさ・わざとらしい JAR〇に言ったらどうじゃろ?
仕事もスポーツも集まりも行事でも 何でも。
何もかもが「いかにもしてます!」で溢れすぎだ。
歩くときには えっほえっほ
物を持てば よいしょよいしょ
部活をやらせれば 意味のない声だし
pcで仕事させてみれば パチパチパチ・・タアンッ!(enter)
歩かせれば かかと カツっカツっ!
店員をやらせれば 「いらっしゃいませええ~~」
何もかもが わざとらしく 不気味である
俺にはお互いが強烈な「不安」を隠しあっているように映る。
私がここにいていいのか?
この関係性でいいのか?
この場の存在意義があるのか?
やることなすことすべてが空しいと気づいたとき、(気づかざるを得ないのだが)この場この人この関係性がどうなってしまうのか?
そういった根源的な不安を、わざとらしい動作と会話で覆い隠す。
そういうごまかしで なんとか 毎日を繋いでいるのだ。
根源的な不安は そんなことでは無くならないことを知れ。
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