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【「女性スペースを守る諸団体と有志の連絡会」案への批判】

 



「女性スペースを守る諸団体と有志の連絡会」(以下「連絡会」という)は、2024年2月4日付、「女性スぺースに関する法律案」「女子スポーツに関する法律案」(第2案)を発表した(https://note.com/sws_jp/n/n52559495ca02)。
しかし、これら法案は、生物学的[生得的]女性にとって非常に危険な規定を含んだものであり、その安全を確保するどころか、女性専用施設・区画(女子トイレ・女湯・女子更衣室等の、いわゆる女性スペース)・スポーツにおける女性の安全を不可逆的に後退させるものたり得る。
 私たちはこの提案に反対する。理由は以下のとおりである。

1 女性の定義に生物学的(生得的)男性を加える暴挙

 性別の定義を第一義的に生物学的[生得的]なものとすることをゆるがせにしてはならないことについては、上記女性の安全・尊厳の保護に関する提言1で述べた。
 女性を守る名目を掲げていても、女性の定義に一部生物学的男性を加えることは、生物学的女性が自らを称する言葉を奪うことであり、暴挙である。
 連絡会提案では女性専用施設・区画とスポーツに関してそれぞれに女性を別定義し立法すべきとされているが、このような定義の解体を認めた場合、その他全てにおいても、場面ごとに女性の定義と権利の線引きを、生物学とは異なるものに取り決め得ることになる。各場面、各法律において「女性」の範囲自体を変えることは、混乱を招く(特に小児や知的障碍者、日本語未習熟者等、複雑な判断の困難な者)。性別は身体による。これは堅持すべき原則である。
 女性の定義を揺るがせにすることは、女性の生活において無用の混乱を招く一方で、女性のための権利活動や統計、医療など必要情報の提供など様々な場面で「女性」とは何を指すのかが曖昧に解体され、必要な是正や訴え、集会、議論などの実行力を毀損、または失う。それは女性の尊厳や自由を毀損することにほかならない。

2 陰茎の有無は性別の指標ではない。陰茎がないことは、女性の性被害がないことも、尊厳が傷つけられないことも意味しない。

 連絡会は、女性専用施設・区画利用における女性の定義を「生物学的女性で戸籍変更をしていない者及び、戸籍変更した男性のうち陰茎を残していない者」と定める(連絡会女性スペース法案第1条)。
 この定義は、従来特例法による男性から女性への性別取扱変更者が陰茎に関して手術を経ていたことから、陰茎を残した者を女性専用施設・区画に立ち入らせないことの確保のためと説明されるところであり、同法案における男女の区分自体が陰茎の有無を指標としてなされている。
 しかしながら、性別が性器の形状のみを意味するのでないことは、上記女性の安全・尊厳の保護に関する提言1で述べたとおりであり、女性専用スペース使用基準に限っても陰茎の有無を指標とすることは不合理である。
 女性専用施設・区画使用において、陰茎がなければ入場を可能とする理由は、①陰茎がなければ性加害ができない②陰茎そのものの外観により女性を困惑させることがない  の2つであると推測される。
  しかし、性加害は陰茎を使用しない内容も多い。陰茎がなくとも、手や唇で触れたり、覆いかぶさったり身体を擦り付けたり等の加害は可能であり、体格差筋力差から、着手に至った場合女性が逃れることは極めて困難である。窃視や盗撮等も陰茎がなくとも可能な性加害である。また、「女性専用」とされている場は更衣や入浴、排泄、生理用品の扱い、授乳など無防備な状況かつ細心の尊重が必要な空間ばかりである。たとえ明確な身体的暴行、盗撮などが行われないとしても、また陰茎そのものの露出がないとしても、それらの場に男性が居ることそのものが女性の尊厳・羞恥を傷つける精神的な虐待となる。同性介護の原則を想起しても、陰茎を使う暴行・露出をのみ懸念しているわけではなく、体格の優劣による暴行や他人に身体を晒すこと自体の精神的負担を考慮していることからも、女性の安全・尊厳・性的身体的プライバシーの保護は決して男性の陰茎の有無によってのみ考えるべきでないことは明白である。

3 現実に「陰茎を残していない」確認を誰がするのか? 確認は不可能である。結果として、どのような男性でも女性専用施設・区画に入りやすく、咎められない状況をもたらすことになる。

 連絡会案のいうように「戸籍を女性に変更した生物学的男性(異性自認男性)は入場可能だが、陰茎を残している場合は入場不可」とする場合、男性の外見(体格、骨格等)の者の入場があっても、不審として入場資格を確認するにあたっては、身分証のほか当該人物の陰茎の状態を確認する必要が発生する。が、現実問題として、たとえ銭湯のような全裸になる場であっても、素裸の陰部を他人がことさらに見て確認するなどは、その陰部がどのような状態であったとしても、極めて本人の性的身体的尊厳を害し、人権侵害に近いというほかない。トイレや更衣室など全裸を予定しない場ではなおさらである。
 実際の陰部確認が人権の観点から困難と言う事実に鑑み、今後身分証に陰茎状態を記載し確認をする方法は考えられるが、それ自体も非常にプライベートな陰部の状態を身分証上で表示させることになり、通常人の羞恥をかきたてるもので、現実的ではない。手術証明書等の携帯を求めることについても、一見してその真偽を確認することは困難であるため、悪質な男性が偽造の証明書を作出し提示することを防止する術がない。
 このように、陰茎の有無の判断は実際には困難である。特に公衆トイレには身分証等確認者を必ず配置することさえ事実上不可能である。トイレのように個室外では服を着た状態では勿論、浴場のように裸で利用する施設であっても、専用の防水テープで陰茎を巧妙に留める手段を用いて女湯に入り男性同士で情報共有している者まで存在する現状において、全ての女性専用施設で「陰茎を残していない」生物学的男性のみを選別することは不可能である。陰茎を残していない生物学的男性を入場可とすることにより、現在女性が自然に行っているように体格や骨格等で男性を認識することで入場不可の人物をはじくことが不可能になり、実質どんな男性でもが女性専用施設・区画に入りやすい危険な状況を作り出す。

4 スペース法4条2項3項関係(公営施設以外では、管理者の判断で女性専用施設・区画入場可能範囲を決定でき、陰茎や戸籍どころか、女性自認だけの男性の入場に「お墨付き」を与えることができること)

 連絡会女性スペース法案第4条は、1項において女性専用施設・区画への女性以外の立ち入りを禁じる一方で、2項においては「特定人の特定トイレ利用につき、管理者が女性の意見を聴取すれば、掲示の上使用許可できる」と定め、3項においては、公的団体以外の施設では管理者が別に定め掲示を行えば1項2項の適用を排除できるとの規定を置いている。(注1)
  (※注1) 第4条 女性スペースには、緊急事態・設備点検等で称呼しつつ入場する場合の外は、政令で定める年齢以上の女性以外の者は入場することができない。
2 前項にかかわらず、特定の女子トイレにつき、管理者が当該女子トイレを通例利用する女性の意向を慎重かつ十分聴取した上で、特定人の入場を別途許容し、その趣旨を女性スペースに明示する場合はこの限りではない。
3 前2項の規定は、国、地方自治体及び公益法人以外の管理者にあって、別に定めかつこれを女性スペースに明示する場合はこの限りではない。      (連絡会女性スペース法案第4条)

 2項については、連絡会により「経産省トイレ事件判決に反しないため」と説明されるところであるが、上述のように経産省トイレ判決はあくまで特定の事案についての判断である。また、本規定は場面を限らない特定人・特定トイレについて、女性の意見さえ聴取すれば、その意見を結論に反映したり、反対女性への適切な対応行ったりしなくとも全面的に管理者の判断で許可できるとする点で、経産省判決よりも過度に広く、女性への不利益をもたらす可能性の高い条項である。
 そればかりか、3項の規定によれば、公営施設以外では、管理者の裁量・判断で全ての男性に利用許可を出すことができる。これまでも施設管理者の権限があったとはいえ、男性の入場は社会通念から鑑みて女性への人権侵害であるという抗議が成立し得た。しかし、本法によれば、女性の定義を生物学以外に新たに設定するばかりか、管理者の許可により男性であっても女性専用施設に入場可能と設定してよいと公認する手段を与えることとなってしまう。これは一定の範囲の男性の女性専用施設への入場に法の後ろ盾を与えることであり、女性はそれらを人権侵害として抗議するすべを完全に失うこととなる。

 管理者が、女性専用施設・区画において男性も利用可能な運用を掲示した場合、実際には女性が安心安全に使える女性専用施設は減っている・なくなっているにもかかわらず、統計には数としてそれが現れてこない。むしろ女性専用施設が増加していると数字上で見せかけることが可能になる。特に排泄の場の不足が不可視化されることは、生活・社会進出といった女性の人生すべてにわたる格差是正を困難にさせる。

5 女性スポーツに男性参加を許容する「身体接触なき場合の、参考記録出場」規定について

 連絡会の女性スポーツ法案は、女性の範囲を生物学的女性のうち戸籍変更を行っていない者としつつも(第2条)、第4条において、「身体接触し合わない種目につき」「参考記録として」女性でない者の参加を許容する文言となっている(注2)
(※注2)第4条 前条の規定にかかわらず、選手が身体を接触しあわない競技種目につき、参考記録として参加を許可する団体はこの限りでない。(連絡会女性スペース法案 第4条)

 しかしながら、女性の身体の保護は、公式な大会と身体が触れ合う競技のみに限らず、全ての女子競技について必要である。「すべての国民が、関心・適性等に応じて、安全かつ公正な環境の下で日常的にスポーツを楽しむ機会が確保されていなければならない」とするスポーツ基本法(前文)に照らし合わせてみても、競技内容や記録の扱いに関わらず男性が女性限定の競技に参入できるとすることは、女性の権利を侵害する。CEDAW(女子差別撤廃条約)においても、女児及び女性が女性のみを対象とするスポーツや体育に参加する機会の提供を求めているが、女子競技と銘打ちながら男性が参加する状態ではこの機会が女性には公正に与えられない。また、身体が触れ合う競技ではなくとも不意な接触や、打球の衝撃などによって女性を危険に晒し得る競技も多くある。

6 「陰茎を残していない」文言の拡大解釈可能性 

 連絡会の女性スペース法案においては、「生得的女性のうち特例法により男性とみなされていない者及び特例法に基づき女性とみなされた者のうち陰茎を残していない者」を女性と定義する(2条1号)。
 しかしながら、この「陰茎を残していない」とは具体的にいかなる状態を指すのか曖昧である。
 特例法の第3条5号における「他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えている」について、女性から男性への変更については、はホルモン投与で肥大した陰核が陰茎の外観を擁しているとみなされ条件を満たしたと判断される例がある。甚だしきは、ホルモンによる陰核肥大ににつき「診断書の通り『矮小陰茎』を認め、外性器は男性型に近似している」とされた例すらあり(注3)、医師の診断自体において陰茎や陰核等の定義自体が拡大解釈されている現状がある。このように、「陰茎を残さない」についても、必ずしも手術による除去のみを意味するのでなく、萎縮状態が医師によりそのように診断される可能性も大いに存するのである。
(※注3)令和 3年 (家) 第335号 性別の取扱いの変更申立事件

 また、男性陰部についての女性へのSRS(性同一性障害者の性別適合手術)の術式についても、陰茎陰嚢を根本から切除する術式だけではなく、陰茎陰嚢の組織や神経を使って膣や陰核を模す術式を選ぶ者も多い。またカウパー腺(尿道球腺)からの分泌液を利用するなどして、性感を保持するなどの術式がある。

 そもそも、陰茎を残していない男性なら女性として受け入れるべきである、なぜなら問題が生じないからであるとすることは、つまり女性が陰茎を使った性暴力や望まぬ妊娠にあわなければ、陰茎を使用しない男性の性加害については全て取るに足るほどの被害ではないと断定することに他ならない。このような目的解釈に基づいて「陰茎を残してない」語義が解釈される場合、「挿入強姦ができない状態ならばよい」として、ホルモン等で萎縮した陰茎で挿入不可能である、勃起不全であって性交不可能である等と医師が判断したケースなどにも適用拡大していくことが懸念される。
 このように、「陰茎を残していない」との定義において解釈が拡大していく危険性が存在することを指摘する。

7.そもそも、特例法適用の前提である性同一性障害(GID)の診断基準が不安定・不確実であり、定義上疾病から除外される動きすらあること

 性同一性障害(GID)については、医師の診断の根拠とされるICD(国際疾病分類)アメリカ精神医学会のDSM(精神疾患の診断・統計マニュアル)、日本精神医学会のガイドラインはしばしば改定や見直しが行われ、GIDと診断される患者の範囲も流動的であり、かつ拡大している。特例法はこの不安定な診断基準等を適用の前提におくものなのである。
 したがって、ある時点での診断基準に基づく条件、またある時点での特例法の要件充足基準(陰茎の有無等)をもとに生物学的[生得的]男性の扱いを変えると定めたとしても、流動と拡大を続ける診断基準、それをもとにした性別取り扱い変更に対し、正当性を担保し続け得る根拠がない。

 6と7について指摘したところを合わせると、何らかの条件付で男性を女性専用施設・区画、女性スポーツ等へ、使用・参加を認めることは、条件の正当性の根拠は薄く、または減衰する運命のものである。
 女性専用施設・区画や女性区分を男性が使用することにつき、「認める」根拠をつくる法の性質と、これにもとづく実際の使用実績が積み重なり、将来において考慮されることで、陰茎有無などの条件は緩和・撤廃へと向かい得ることとなる。


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