『わたしは樹だ』文 松田素子 絵 nakaban 【わたしの好きな本】

 なんと力強い絵本であろうか。ある"樹"が読者に語りかけるかたちで物語が展開する。樹の声が生々しく直に脳髄に響いてくる。その語りに耳を傾け、樹の姿に目を奪われているうちに、読者は惹き込まれるように生命や自然、地球に想いを馳せるようになる。
 更に驚くべきことには、この絵本のなかではひと言も"宇宙"という言葉がでてきていないのにもかかかわらず、否応なしに宇宙という"全体"をも読者は感じ、意識するようになってしまう。そして気がつけばホリスティック(Holistic)という概念が、その言葉の意味は知らなくとも、愛のように心を包んでいる。
 不思議な絵本だ。降りてきたかのような言葉の数々が生み出すマグマのようなリズムとマンダラのような効果。ミクロとマクロを目まぐるしく行き来させられる視座。
 とにかく松田素子さんの刻印する言葉が樹の根のようにがっしりとしている。そしてその根を支え、時には抗う、岩のようなnakabanさんの絵。否、どちらが根で岩なのかわからないような気もしてくる。こういった言葉と絵の織りなす原始的な交錯が、緻密且つダイナミックなホリスティックを形成し、色彩豊かでありながらも一粒の種の素朴な色をも想起させてくれる。
 この"樹"のような絵本を可能な限り多くの方々にお薦めしたい。2014年の初版発行だが、わたしの印象ではまだまだ世に知られていないのではないかと思う。
 もしこの絵本に出会えたのなら、おそらくほとんどの方がこの絵本の力強さに圧倒されるだろう。その理由のような秘密は刻み付けられている簡素で平易な言葉にある。簡素で平易な言葉の数々が、樹の根や枝や幹や葉のように生き生きと繋がって太古の息吹を脈動させている。少し違う言い方をすれば、各々の言葉が適材適所でいかんなく本領を発揮している。"この言葉が効いているな"と思わせる箇所が随所にある。
 言葉自体が簡素で平易であることには、子どもたちにとって読み易く理解し易い、という利点もある。それはそのままま、この絵本を通じて子どもたちがホリスティックという概念にふれ、感じ、考える最良のきっかけにもなる。
 しかしなによりもまず、大人こそが出会うべき絵本だ。大人はこの絵本によって、細部と全体の分かち難い関連性に意識を向けることができるようになる。細部を大切に想い、その小さな命の役割に感謝できるようになれば、お互いが自ずと関連し合い、支え合い、助け合っていることが自然で本来の在り方であることも実感できるようになる。心や頭だけでなく体ごとそのことを理解できるようになる。この理解に到達した、もしくは憶いだした状態こそが人間の本来の姿である。つまり人間も宇宙の仕組みを内在したホリスティックな存在なのだ。
 そしてホリスティックであることは、環境汚染やエネルギー問題、侵略戦争の解決に必要な態度でもある。人類は大雑把に雑に命を扱っている。そんな人類があらゆる意味での暴力を地球で巻き起こしている。この絵本はそんな"人類という幼い大人"に警鐘を鳴らしている。
 永続的な相互の関連、助け合いこそが全体を創り上げ、維持することを可能にする。そのためには現実世界に、地球にしかと立っていることが前提条件である。この絵本に出会うと"わたしは、ここに、いる"と強く感じ、地にがっしりと足の着いた感覚に捉われる。そしてなにが大切で必要なのかを考えたくなる。言い方を変えれば"ここで生きる"決意をもたらしてくれるのだ。
 これまでホリスティックという言葉に何度もふれてきたが、この言葉のもつ概念については絵本の巻末に簡単な説明書きがある。しかしそもそも、語部の"樹"の悠久の歴史を絵本のなかで共に旅すれば、それがどういうことなのか自ずと理解できるようにもなっている。よってこの言葉を知らなかったとしても絵本鑑賞に支障はない。大丈夫だ。なにも難しいことはない。安心してまずはとにかく、この絵本を開いてみて欲しい。
 最後に参考までに、絵本ナビさんが松田素子さんにこの絵本についてインタビューしてくれているページもご紹介したい。この絵本の背景について知ることのできる貴重で大変素晴らしい内容だ。URLは以下の通り。
https://www.ehonnavi.net/specialcontents/contents_old.asp?id=125

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