星の落伍者

 満天の星空の夜のことです。ある星の落伍者が地球に堕ちました。宇宙にはあまりにもたくさんの星があるので、ひとりぐらい星であることから落伍したところでどの星もそのことに気がつきませんでした。
 同じように地球でも、堕ちてきた星の落伍者の存在に気づく人はひとりもいませんでした。なぜなら星の落伍者は透明で人間には見えなかったからです。星は落伍すると透明になってしまうのです。そうやって星ではなくなります。なぜなら目に見える光を放てなくなるからです。そうは言ってもある人々はこの夜、自身の夢のなかでこの落伍者の存在を感じることができたのです。
 この星が落伍した原因は星座の配列や星の運行に馴染めなかったことにあったようです。それに加えてこの落伍者は、星に人間の運命が刻まれているという説にも懐疑的でした。さらに言えば光り方や光の色も他とはだいぶ異なっていました。
 このようにあらゆる面で周囲とは違っていて、夜空で皆と同じことを当たり前のようにできなかったがために、この星は落伍してしまったようなのです。つまり存在感のすべてが夜空から浮いていて、それでもどうにか必死に夜空に浮いていたのに、ついに耐えきれずに堕ちてしまったのです。
 地球に堕ちた星の落伍者は、いつも夜空から眺めていた地球の様子を実際に間近で目の当たりにして愕然としました。人間たちのほとんどが夜は眠っていたからです。いつも遠い夜空から暗い地球を眺めていても、そんな細かいところまではわからなかったのです。自分たち星は夜はぱっちりと目醒めているのに、人間たちはその逆に眠っていることに落伍者は戸惑いを隠せませんでした。
 落伍者は人間たちが夜中は楽しく笑っているのだと夜空でずっと勘違いしていました。なぜなら夜でも暗いなかで地球の至る所で街の光が灯っていたからです。ところが実際は逆で、眠っている人間の多くが悪夢にうなされているようなのです。眠っているのにまだ苦しまなければならないのです。落伍者の微かな記憶では、星の世界ではそんなことはたしかなかったはずです。
 悪夢にうなされている人間は落伍者の目には星のように瞬いて見えました。それを目印に、落伍者はうなされている人の夢に飛び込んで悪夢を見ている人々を笑わせることにしました。
 落伍者は人間の悪夢のなかに唐突に紛れ込みました。そして色々なおかしなことを言ってみたり、おどけてみたり、夢のなかの怖い人を邪魔してその人まで笑わせたり、道化師のように大仰に振る舞って悪夢のなかの人々を涙がでるまで笑わせました。そうやって色々な人々の夢を渡り歩きました。そんなこんなで悪夢を見ていた人たちは大笑いしながらすっきりと目を覚ましたのでした。
 ところがこうして朝がきた時に強い陽の光が星の落伍者を直撃し、落伍者の存在を消滅させてしまいました。そしてなぜか落伍者の影だけが地球に残されました。実は透明だったにもかかわらず影だけは隠せていなかったのです。強烈すぎた陽の光が、逆に影を地球に焼きつけてしまったのです。哀しき星影の誕生です。
 地球に残ったところで星影にはやることがありませんでした。星影では人間の夢に紛れ込むこともできませんでした。何度か試してみたのですが動けませんでした。
 星影を見て時折くすっと笑ってくれる人がいました。星影はそれで少しだけほっとして、自分でも自分を笑ってみるのでした。

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