『ウクライナから愛をこめて』オリガ・ホメンコ著【わたしの好きな本】

"私たちを攻撃するとき、あなた方が目にするのは、私たちの顔だ。逃げる私たちの背中ではなく、私たちの顔だ。"-『魂の叫び ゼレンスキー大統領100の言葉』監修 岡部芳彦 より-

 まず、純粋にウクライナを応援する気持ちで、ウクライナのことを忘れて見捨ててしまわないためにも、この『ウクライナから愛をこめて』を日本のみなさんにお薦めさせていただきます。
 著者のオリガ・ホメンコさんはキーウ国立大学をご卒業後、日本でお過ごしになり東京大学で博士号を取得されました。現在はウクライナに戻られてお仕事をされているようですが、なにしろウクライナは今戦禍にありますので、詳しい近況は到底わたしにはわかりません。とにかくご無事であることを祈るばかりです。
 この本はオリガさんが日本語でお書きになったものです。完璧な日本語で綴られているのですが、日本人が綴るものとはどこか違う趣きがあります。正確な日本語を自由に応用させていて、品位を保ちながらも解放感があります。日本語がウクライナというフィルター、オリガさんというフィルターを通すことでまた違った「顔」をみせてくれています。そしてその日本語文の細部には、オリガさんの繊細で思慮深く優しいお心と芯の強さが息づいています。
 それに加えて素敵なカバー画と本文カットもオリガさんご自身によるものだそうです。表紙の左上には切手と郵便スタンプがあしらわれ、ウクライナから届いた絵葉書の様な体をなしています。また、ウクライナ国旗のカラーである青と黄色もさりげなくこの本を彩ってくれています。綴られた文章は勿論のこと、この本自体に、本全体に手づくりのように心が込められています。決して雑につくられたものではありません。丁寧に刺繍を施されたヴィシヴァンカのようです。
 本の内容については、まずオリガさんのお言葉をそのままあとがきから引用してみます。
 "…また人の顔で国の顔も成り立つと思う。言い換えれば、この本はいろんな人の「ストーリー」、また「個人史」でもありながら、人の顔で分かるウクライナの社会や歴史の「顔」の本でもある。家族の歴史であり、また町の歴史であり、時代を語るものである。…"。
 次にもう少し具体的に、簡単に、この本がどのような話(エッセイ)で構成されているのか所収の順に挙げてみます。そのことでこの本のなかの様々な「顔」が見えてきて、みなさんがよりこの本とウクライナの雰囲気をつかめると思います。
 まずは、オリガさんのはとこのワレンティナさんのネックレスの話から始まります。以下、革命に翻弄されたひいおじいさんの土地の話、戦後の厳しいスターリン時代のマリーナおばさんの恋の話、戦争で未亡人になったマリアおばあちゃんとウクライナで起きた大飢饉を経験したパーシャおばあちゃんの話、バービイ・ヤールの虐殺と隣に住んでいたユダヤ系の家族のニューラおばさんの恋の話、ニコリャーさんの住んでいた建物とエレーナさんの指輪の話、キーウをオリガさんにガイドしてもらいながら散歩で感じる話、ウクライナ語の子守唄を集める女性の話、ウクライナ正教の聖像画を集める女性の話、サッカーチームのディナモ・キーウやウクライナ国歌「ウクライナは滅びず」の話、週末にダーチャで畑仕事をするようになったウクライナの若者たちの話、ある男性が医者になるきっかけとなった"夢をもらう"話、白パンがいつも食卓にあることに憧れて先生になった女の子の話、空を飛んだトーリャの話、オリガさんによる好きな服の話、出逢いのすばらしさについての話、そしてチョルノーブィリ原発事故にまつわる話…。
 以上のどの話にも青空のような、ひまわりのような切なさがあります。それと同時に、切なさを秘めて前向きに歩む力があります。特に、これらのいくつかの話のなかでしっとりと語られる時代に翻弄された恋模様は、どれも市井の人々の隠された悲哀を垣間見せてくれています。そしてその悲哀のなかには時折、芯が強く愛にひたむきな女性とそれを支える思いやり深い男性が登場します。この本のなかでそういった恋人たちにふれると、どうしても現在のウクライナの状況故に離れ離れになっている多くの恋人たちのことにも思いを馳せずにはいられません。もう二度と逢えなくなってしまった恋人たち、もうお互いの「顔」を見ることもできなくなってしまった恋人たち…。
 オリガさんが仰る「顔」とはどんなものなのでしょうか?「ウクライナの顔」「ロシアの顔」そして「日本の顔」はどんな顔なのでしょうか?それから其々の国の個々人の「顔」は?
 この本の初版は、ロシアによる半島クルィムの一方的な編入の直前の2014年1月に日本で発行されました。そして、初版発行のほんの数年前に起こった東日本大震災での福島の原発事故に寄せて、オリガさんは本書中の『チョルノーブィリのこと』のなかで次のように日本人を励ましてくださっています。
 "一日も早く状況が安定することを祈ります。本当はこんな事故は二度と起きないことを祈ります。生活のありかたも変わると思いますが、心だけは大事にして、落ち込まないことが大事です。前向きで歩いていくしかないから。ウクライナから愛をこめて……。"。
 このオリガさんからのお言葉をそのままお返しするかたちで、今ザポリージャ原発の危機にある、戦禍にある、世界中に避難しているウクライナの人々に、そしてなによりもオリガさんに捧げさせてください。第五福竜丸の帰還した焼津から愛をこめて…。

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