【Zatsu】Tokyo フェアリーテイル
――ようやく落ちついてきたよ。どうもありがとう。
さて、お礼と言っては何だが、きょう俺が目にしたことを、ありのままに語ろうと思う。まあ、話半分で聞いてくれ。
「妖精は存在する」と言ったら、みなさんは信じるだろうか。俺は信じなかった。少なくとも昨日まではね。
つい数時間前、そろそろ陽も傾いたころ、俺は嫁さんとスーパーへ買い出しに出かけた。いつもの路地をまっすぐ駅のほうへ歩いていく。たわいもない話をしながら歩いていたんだ。すると、遠くから男性がひとりこちらに向かって歩いてくる。
もういい時間だ。並びには居酒屋も数件ある。どこかの店から出てきたんだろうな、男はややおぼつかない足取りで、それでもゴキゲンな雰囲気をまといながら、なにやら歌謡曲を口ずさんでいる様子。
路地の一本道。互いに近づいていく。最初はたいして気にならなかったのだが、距離が縮まるにつれて、男のくちもとに違和感を覚えた。
なんだろう? 口の周りがよく見えない。目を凝らしてみるが、ゴニョゴニョと映像がぼやけている。
50m――30m――そして10mほどに近づいたとき、その理由が分かった。俺たちは目を見張った。
くちもとがぼやけていた理由はこれだった(意味ですか? 知りませんよ、そんなもん)。レロレロしながら、歌(?)のような音を発しながら、男が近づいてきた。く、くる! すれ違う瞬間、高まる鼓動ッ!
ドックン、ドックン……🫀))
トクン、トクン……い、行ったか。
そのとき、となりの嫁さんが虚空を見つめたままうつろな表情でつぶやいた。
「……フジオ魂、か」
「え?」
「いや、これが不二夫魂ってやつね」
「俺も、本物を見たのは初めてだ。黄昏時(誰そ彼時)には異形のものと出会うと聞くが」
「ねぇ、時代が動く。こうしちゃいられない。行きましょう」
嫁に手を引かれて歩き出しながら「それにしてもあの親父はいったい」そういって後ろを振り向くと、もうそこに男の姿はなかった。
ここは路地の一本道。たったいますれ違ったばかりなのに。もしかすると、あの男は……。
「妖精は存在する」と言ったら、みなさんは信じるだろうか。これは、たまたまきょう俺の身に降りかかったこと。
そして、次に妖精を目にするのは、あなたかもしれません。