【あたおか発言】戦後の朝鮮半島からの日本人引き揚げに関するデータを歪曲する投稿がなされています。

第二次世界大戦後、朝鮮半島に住んでいた数十万人の日本人が、親日的な主張を広めるために韓国人のふりをしていたとするFacebookへの投稿を、歴史学者が論破しました。この投稿は、東アジアの隣国間の歴史的緊張を煽るもので、学者はAFP通信に対し、戦後、半島に住んでいた日本人はほぼ全員送還されたと語っています。

9月19日にFacebook上で共有された韓国語の画像には、「親日派の協力者が多い理由」と書かれています。

1910年から1945年の第二次世界大戦終結まで、日本の植民地支配下にあった朝鮮半島には200万人の日本人が移り住んだと主張しています。

日本が降伏して戦争と朝鮮半島の支配が終わると、130万人の日本人が帰国しましたが、70万人は朝鮮半島に残り、「アイデンティティを変えた(=韓国人のふりをした)」と主張しています。

2023年9月26日に取得されたFacebook上のデマ投稿のスクリーンショット

日本による韓国統治は、論争が多く険悪な植民地時代の遺恨を残したことは、今も隣国間の良好な関係を妨げています(アーカイブ・リンク)。

韓国の尹錫烈大統領は、増大する北朝鮮の核の脅威に対する関係を改善するために、日本との歴史的論争を収めようとしています。しかしながら、この目的のための彼の政策や発言は、日本の植民地支配について謝意を示していると感じている多くの韓国人から激しい批判を受けています。

この画像は、尹氏を「本物の日本人以外の何者でもない」と批判しています。

Facebookの投稿(こちらこちらこちらこちら)でも、この画像が共有されています。

人口統計

日本の植民地支配時代に朝鮮半島に移り住んだ日本人の数は、1945年に朝鮮半島の南半分を占領した日本の植民地政府と米軍政府が保管していた人口統計記録によりますと、100万人を超えることはありませんでした。

歴史学者で韓国・霊山大学の元教授である崔永鎬氏は9月25日、AFP通信に対し、学者の森田芳夫氏による資料(アーカイブ・リンク)を引用し、「終戦前の植民地政府による最後の公式数字に基づくと、1944年5月には朝鮮半島に合計712,583人の日本民間人がいた」と述べています。

送還に関する最も信憑性の高い情報源の一つは、森田氏の著書であり、彼は日本の「世話会」と呼ばれる市民団体の事務局長としての経験に基づいて本を著しています、と崔氏は述べています。

世話会」とは、人々の世話をするグループという意味で、日本が降伏した後に結成され、 日本人民間人の引き揚げを組織する上で重要な役割を果たしました(アーカイブリンク)。

19世紀後半から1944年5月までに日本の植民地政府によって実施された人口調査から引用された、森田氏の韓国における日本人人口の推定値の完全な表は、歴史家李淵植氏による2009年の研究アーカイブリンク)で見ることが出来ます。

1876年から1944年までの朝鮮半島における日本人の人口推移を示す
李氏の研究のスクリーンショット。英訳はAFPによる

グラフによりますと、日本が朝鮮半島を35年間統治していた間、朝鮮半島の日本人人口が100万人を超えたことは一度もありませんでした。ピークは1943年の75万8595人でした。

森田氏のデータは、ワシントン大学の日本近現代史専門家であるLori Watt氏も2009年の著書 「帝政が帰還する時:戦後日本における引き揚げと社会復帰」において(アーカイブリンクはこちらこちら)引用しています。

Watt氏もまたアメリカの推定を引用し、「1945年9月には推定72万100人の日本民間人(38度線以北に28万5000人、以南に43万5000人)と29万4000人の陸軍兵士が朝鮮半島に居住」と書いています。

他の研究では、日本人帰還民の規模について、こちらこちらこちらといった異なる数字を使っており、中には92万人と推定しているものもあります。しかしながら、どの研究も200万人という数字は出していません(アーカイブリンクはこちらこちらこちら)。

引き揚げ

1946年1月、アメリカ軍政府は、半島の権力移譲に必要な者を除く全ての日本人に帰国を命じましたアーカイブリンク)。

ワシントン大学のWatt氏は、1946年に軍政府が「指定した者以外の全ての日本人は、可能な限り早く韓国を去らなければならないと命じました」とし、「残った者は処罰されると付け加えました」と書いています。

そして「世話会」と米軍の努力によって、「比較的平和的な住民移動が実現した」と彼女は付け加えています。

これとは対照的に、ソ連に占領された半島の北半分の状況はそれほど平和ではなく、ソ連軍による財産の略奪が蔓延したため、日本人は南半分に逃げ込んだのです、と歴史家の李氏は述べています。

「1946年12月、事実上全ての日本人が北朝鮮を去った時、ソビエトはソビエト占領地域からの日本人の送還について米国と合意に達しました」、と李氏は彼の研究の中で述べています。

韓国の釜慶大学の歴史学者である孔美姫教授も、1946年に米国が強制した人口移転命令の結果、朝鮮半島に日本人は殆ど居なくなったという見解に同意しています(アーカイブリンク)。

更に、米国務省の公文書館によりますと、1945年12月14日、当時の在韓政治顧問代理が米国務長官に提出した外交文書には、米軍政府が韓国の独立を達成するための政策の第一歩として、「全ての日本軍」を送還すべきであると記されていました(アーカイブリンク)。

崔氏も孔氏も、親日政策を広めるために残留日本人が韓国人のふりをしたという主張には「歴史的根拠がない」と述べています。

「これを真実だと信じたい人もいるかもしれませんが、解放後、韓国人の間に反日感情が蔓延したことから、その可能性は極めて低いでしょう」と崔氏は付け加えました。

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