イベルメクチンがCOVID-19の死亡率を92%減少させると主張する研究には、その方法論に重大な問題があります。
【全主張】
イベルメクチンにより、COVIDの死亡リスクを92%低減することが査読付き研究で判明した。
NIHは現在、COVID-19療法としてイベルメクチンを掲載している。
【詳細な評定】
誤解を招く記述:
Kerrらの研究にはいくつかの重大な欠陥があります。
特に、COVID-19を発症した人が、実際のイベルメクチン使用量に関わらず、イベルメクチン常用者から除外されるような方法でデータを解析していることです。
このため、COVID-19患者はイベルメクチンの常用者グループに含まれず、このグループは非常用者や非使用者に比べてCOVID-19による死亡のリスクが低いように見えるのです。
事実無根:
NIHは最近承認されたCOVID-19治療法のリストにイベルメクチンを追加してはいません。
NIHは、臨床試験を除いて、イベルメクチンによるCOVID-19の治療を行わないよう引き続き勧告しています。
【キーポイント】
抗寄生虫薬のイベルメクチンは、COVID-19の予防や治療に有効かどうかを判断するために多くの研究が行なわれています。
これまでの大規模な無作為化比較試験では、COVID-19患者におけるイベルメクチン治療による効果は検出されていません。
【レビュー】
2022年9月上旬、イベルメクチンがCOVID-19の死亡率を92%減少させたという研究結果を主張するソーシャルメディアの投稿や記事が多数出回りました。その一例がThe Blazeによるこの記事で、ソーシャルメディア分析ツールCrowdTangleによりますと、Facebookでの11,000以上のシェアを含め、ソーシャルメディア上で20,000以上のエンゲージメントを獲得しています。この主張は、雑誌『Cureus』に掲載されたKerrらの研究に基づいています[1]。
この主張は、音楽ビデオ監督のRobby StarbuckによるFacebookの投稿や総合格闘家のJake Shieldsによるこのツイートに見られるように、NIHがイベルメクチンをCOVID-19治療に認定しているという別の主張と連動することがありました。Starbuckの投稿は、NIHのCOVID-19治療ガイドラインのウェブページを参照しており、そこには現在COVID-19に対する有効性が評価されている薬剤が列挙されています。
しかしながら、以下に説明するように、最初の主張は根拠がなく誤解を招くものであり、2番目の主張は不正確なものです。
Kerrらの研究は、バイアスを生む方法を用いており、結論の信頼性に大きな限界をもたらしました
本研究では、ブラジルのイタジャイ市におけるCOVID-19予防プログラムの臨床データベースのデータを用いて、イベルメクチンの定期的な使用がCOVID-19死亡リスクに影響を与えるかどうかを評価しました。プログラムは 2020 年 7 月から 12 月まで実施されました。著者らは、イベルメクチンを定期的に使用している人と、イベルメクチンを不定期または全く使用していない人の間でCOVID-19死亡率を比較しました。その分析に基づき、彼らは「定期的な使用者の死亡率は、非使用者に比べて92%低い」と結論付けました。
しかしながら、この研究を調査した科学者達は、イベルメクチンがCOVID-19の死亡リスクに及ぼす影響について、信頼性のある結論を出すことが出来るような方法で研究が行なわれていないことに気付きました。
実際、著者らは2022年1月に同じデータセットに関する研究を発表し、イベルメクチンを予防的に使用した場合、COVID-19の死亡率と入院を半分に減らすことが可能だと主張したのです[2]。その研究も同様に、方法論的な欠陥があるとして非難を浴びました。このHealth Feedbackのレビューで、その研究についての科学者のコメントを読むことが出来ます。
著者の方法に関する重大な問題の一つは、医師のKyle Sheldrick氏の好意により、シンガポール国立大学の生物学教授であるGreg Tucker-Kellogg氏が指摘したものです。著者らは、イベルメクチンの常用者を、プログラムを通じて「合計180mg以上のイベルメクチンを服用した人」と定義し、不定期使用者を「プログラムを通じて、合計60mgまで服用した人」と定義していたのです。
但し、注意点として、プログラム参加者がCOVID-19を発症した場合は、イベルメクチンを使用しないことが推奨されました。イタジャイのCOVID-19予防プログラムに関するこの詳細は、同じデータセットを使用した著者らの最初の研究でも述べられています[2]。
「参加したイタジャイ市民がCOVID-19で病気になった場合、初期の外来治療でイベルメクチンや他の薬を使用しないよう勧められました」
この詳細は、最近の研究からは欠落しています。
著者らが正規ユーザー(プログラム終了までにイベルメクチンを合計180mg以上服用した人)を定義したため、研究中にCOVID-19を発症してイベルメクチンの服用を中止した人は、それまでイベルメクチンを定期服用していたとしても正規ユーザー群から除外され、代わりに非正規ユーザー群または中間ユーザー群(プログラム終了までにイベルメクチン60~180mgを服用した人)に入る可能性が極めて高かったのです。
これには2つの問題があります。第一に、COVID-19と診断された人は、それまでイベルメクチンを常用していたとしても、常用者のグループから除外されるため、常用者のグループには、COVID-19にかからなかった人が多く含まれることになることです。つまり、COVID-19の患者さんはイベルメクチンの非正規・中間使用者に多く存在するのです。実際、著者らは、プログラム期間中にCOVID-19を発症した7,228人のうち、正規ユーザーと見做されたのは283人(3.9%)に過ぎなかったと報告しています。
このことは、イベルメクチン使用に基づいてCOVID-19の死亡リスクを計算する際に明らかな偏りをもたらします。何故なら、COVID-19を全く発症しない人だけが正規使用者に含まれる可能性が高くなるためです。そして、COVID-19を発症しない人は、そもそもCOVID-19で死亡するリスクはないのです。このような偏りがあると、イベルメクチンを定期的に使用している人は、不定期に服用する人や全く服用しない人に比べて、COVID-19で死亡する可能性が低いかのように見えてしまうのです。
第二に、著者らが設定した定期的使用の定義と組み入れ基準に基づいて、イベルメクチンの中間量を服用した人々は、この研究から完全に除外されているように思われます:「113,844人の被験者のうち、8,325人(7.3%)がイベルメクチンを定期的に使用し、33,971人(29.8%)がイベルメクチンを不定期に使用しました。合計で88,012人の被験者が今回の解析の対象となりました。残りの71,548人(62.8%)は60mg~180mgの中間量を使用しており、本解析の対象には含まれていません」[強調表示]。
そして、研究期間中にCOVID-19に感染した7,228人の参加者のうち、32.8%がイベルメクチンの中間量を使用し、これはイベルメクチンを使用したCOVID-19患者のほぼ1/3に相当します。 全体として、著者らの方法には大きな限界があり、もし感染前のイベルメクチン使用パターンも考慮し、中間投与群の転帰も含めたら、著者らの結論はどうなっていたかという疑問が生じます。 疫学者のGideon Meyerowitz-Katzは、著者らが2型糖尿病や高血圧などの既往症など特定の交絡因子を説明した一方で、収入等他の交絡因子の潜在的影響を説明しなかったことも指摘しています。合計で88,012人の被験者が今回の解析の対象となりました。残りの71,548人(62.8%)は60mg~180mgの中間量を使用しており、本解析の対象には含まれていません」[強調表示]。
そして、研究期間中にCOVID-19に感染した7,228人の参加者のうち、32.8%がイベルメクチンの中間量を使用し、これはイベルメクチンを使用したCOVID-19患者のほぼ1/3に相当します。
全体として、著者らの方法には大きな限界があり、もし感染前のイベルメクチン使用パターンも考慮し、中間投与群の転帰も含めたら、著者らの結論はどうなっていたかという疑問が生じます。
疫学者のGideon Meyerowitz-Katz氏は、著者らが2型糖尿病や高血圧などの既往症など特定の交絡因子を説明した一方で、収入等の他の交絡因子の潜在的影響を説明しなかったことも指摘しています。
交絡因子とは、実験の結果に影響を与えるが、その実験で研究されている変数ではないものを指します。例えば、科学者が心臓病の原因について研究することがあります。赤身の肉を食べると心臓病のリスクが高くなることが観察されるかもしれません。しかし、赤身の肉をよく食べる人は、タバコもよく吸うという可能性もあります。このような場合、赤身肉の消費ではなく、タバコの喫煙が心臓病リスクの背後にある真の影響であることを説明する1つの可能性があります。この場合、タバコの喫煙は交絡因子になります。
このことは、このような交絡因子を考慮しないと、科学者が研究で観察した効果の原因について、いかに誤った結論を導き出すことになるかを示しています。
Meyerowitz-Katz氏はまた、この研究のタイトルにいくつかの不正確な点があることを指摘しました。例えば、この研究は前向き観察研究であると主張しているが、実際は後向き観察研究です。
大規模なランダム化比較試験により、イベルメクチンはCOVID-19患者にとって有益でないことが既に判明しています。2022年6月、これらの臨床試験を分析したCochrane Systematic Reviewが報告されました[3]。
ブラジルの12の公衆衛生クリニックで実施されたTOGETHER試験では、イベルメクチン(体重1キログラム当たり400マイクログラム)を1日1回3日間投与されたCOVID-19患者679人とプラセボを投与された他の679人が比較されました。その結果、治療割り付け後28日以内のCOVID-19による入院またはCOVID-19の悪化による救急外来受診と定義された試験の主要な結果に差がないことが報告されました[4]。
マレーシアで実施されたI-TECH試験では、標準治療とイベルメクチンの経口投与を発病1週間目に5日間行った患者を調査しました。研究者達は、イベルメクチンを投与された患者と標準治療のみを受けた患者の間で、重度のCOVID-19を発症する可能性に差はないことを検出しました[5]。
まとめとしては、ヒトでの臨床試験を含め、これまでに得られた証拠では、この薬物がこの病気に対して有効であることは示されていません。そして、Kerrらによる研究の結論は、その方法論的欠陥のために信頼性が低く、イベルメクチンがCOVID-19に無効であることを示す現在の一連の証拠を覆すには不十分であるということです。
NIHはCOVID-19をイベルメクチンで治療しないよう勧告しており、この勧告は今も変わっていません
NIHが最近、COVID-19の治療薬としてイベルメクチンを追加したと主張するソーシャルメディア投稿もありました。例えば、StarbuckによるこのFacebookの投稿は、NIH COVID-19治療ガイドラインのウェブページを参照しており、そこには現在COVID-19に対する有効性が評価されている薬剤がリストアップされています。
しかしながら、イベルメクチンは2021年6月の時点でこのページに掲載されており、ウェブページのアーカイブを比較すれば分かりますが、最近追加されたものではありません(下記参照)。
実際、NIHのページで「イベルメクチン」をクリックしただけで、NIHは臨床試験を除いて、COVID-19の治療にイベルメクチンを使うことを推奨しないことを明言しているのです。
引用文献
1 – Kerr et al. (2022) Regular Use of Ivermectin as Prophylaxis for COVID-19 Led Up to a 92% Reduction in COVID-19 Mortality Rate in a Dose-Response Manner: Results of a Prospective Observational Study of a Strictly Controlled Population of 88,012 Subjects. Cureus.
2 – Kerr et al. (2022) Ivermectin Prophylaxis Used for COVID-19: A Citywide, Prospective, Observational Study of 223,128 Subjects Using Propensity Score Matching. Cureus.
3 – Popp et al. (2022) Ivermectin for preventing and treating COVID‐19. Cochrane Database of Systematic Reviews.
4 – Reis et al. (2022) Effect of Early Treatment with Ivermectin among Patients with Covid-19. New England Journal of Medicine.
5 – Lim et al. (2022) Efficacy of Ivermectin Treatment on Disease Progression Among Adults With Mild to Moderate COVID-19 and Comorbidities: The I-TECH Randomized Clinical Trial. JAMA Internal Medicine.